第4話 そうして私達は巡り合う
イラリアは、ヴェント王国に降り立っていた。
「うん。やはり素晴らしいところですね」
国境を越えて生い茂る山林を馬車が走っている最中、美しいブドウ畑が見えたので思わずここで止めて欲しいとお願いをしたのです。
整備された畑。その横には小川が太陽を反射してきらきらと流れていました。山林の中でしたが、畑付近の木々は整備されていて、暖かい日の光が心地いいです。
「……いい風」
ヒューと吹き抜ける風が全身を包み込み、火照った身体を冷ましてくれました。ブドウもきっと、今の私と同じ気分なのだと思います。
(うん……素晴らしい環境ですね)
もっと近くで見てみたい。そう思い少しだけ歩み寄った時です。
十歳位の可愛らしい女の子が、ブドウを一粒摘まんで食べているのが見えました。モグモグと夢中になってとても美味しそうに食べていますね。
女の子も私に気が付いたようです。手に付いた果汁をゴシゴシとお洋服で拭うと、小さなお口を開きました。
「お姉ちゃん、ここで何しているの?」
「あら、ごめんなさい。貴方の食べてるブドウが美味しそうだったので、ついつい見てしまいました」
女の子は、ぱあっとした笑みを浮かべます。
「そうでしょ!うちのブドウは凄く美味しいんだよ。食べてみて!」
そう言うと、数粒を摘まんで私に差し出してくれました。折角のご厚意ですので、有難く頂戴することに。うん……ほのかな酸味に程よい甘み。そして特徴のある甘い香り。
「とっても美味しいです!」
思わず笑顔が零れます。正直お城の件が堪えていましたが、気が晴れたように感じました。私たちはブドウを通して仲良しになりました。
女の子の名前はアミちゃん、というそうです。ご家族で農家をされているそうで、特にブドウが大好きだと教えてくれました。
そんな風にアミちゃんとお話をしている時です。
「こんにちは。我が家に何か御用でしょうか?」
突然背後から声を掛けられて、私はビクッ!と身体を震わせてしまいます。後ろを振り返るとそこには一人の青年が立っていました。
柔らかい陽射しのような髪をした、温和そうな方です。年齢は私よりも少し下でしょうか?
「こ、こんにちは。すみません、この畑が余りに綺麗でしたので、つい」
「そうですか。それはありがとう御座います。そういう事でしたらお好きなだけ見て行って下さい……でも、こんな辺境の地にわざわざ畑を見に来られたのですか?」
その視線でようやく気が付きました……普通はこんな状況警戒されますよね。だから私は、隣国のお城でワインを造っていたこと、そして突然職を失って旅に出たことを素直にお伝えしました。
「急にクビだなんて、それはお辛かったですね。長旅でお疲れでしょう。宜しければ我が家で休まれていきませんか?」
「そうだよ、お姉ちゃん。来てよ」
優しい方々です。初めて会った私に対して親身になって心配してくれるのが伝わってきます。
「ありがとう御座います。ご迷惑でなければ、お邪魔しても宜しいでしょうか」
そうして私は、お家にお邪魔させて頂くとになりました。
「宜しければお召し上がりください。アミの好物なんです」
渡して貰った器の中には牛乳が入っています。その中には、乾燥した様々な果実がぷかぷかと浮かんでいました。
「うわあ、とても綺麗ですね。お気遣いありがとう御座います」
スプーンで一つすくってみます。これは、苺ですね。乾燥によって凝縮された甘みと、牛乳のコクがお互いを引き立てあっていて絶品です。
「とても美味しいです!……それと申し遅れました。私はイラリア・アマーレと申します。どうぞイラリアとお呼び下さい」
その言葉を聞くと、お二人は嬉しそうに顔を綻ばせました。
「お口に合ってよかった。僕は、ルカ・ファルコです。アミとは年の離れた兄妹なんです。僕の事もルカとお呼びください」
ご兄弟でしたか。言われてみればよく似ています。アミちゃんも将来は凄い美人になりそうですね。
「改めて、ルカさん、アミちゃん。この度はありがとうございます。実は凄く落ち込んでいたのですが、お二人の優しさと美味しい果物で元気いっぱいになりました」
その言葉を聞いて、アミちゃんは嬉しそうに私の腰に抱き着きました。可愛いです。
「そう言って貰えて僕たちも嬉しいです。農家冥利に尽きます。もう直ぐここも閉業してしまうので、沢山食べていって下さいね」
「えっ?」
こんなに美味しい果物を作れるのに、それは勿体ない事です。
「お兄ちゃん。何とかならないの?私お手伝い頑張るよ」
「ごめんな。兄ちゃん頑張って街でお金を稼ぐからさ。そしたら、きっとお父さんも良くなるからな」
アミちゃんは今すぐにでも泣き出しそうです。けど、ルカさんの表情はそれよりも悲しいお顔に見えます。
「あ、あの。差し出がましいかもしれませんが、何かあったのですか?」
「……父が病で倒れてしまいまして。現在はお城のある街で療養しています。父が居なくなった影響で、どうしても仕事が立ち行かなくなってしまいまして」
「そうでしたか。でも、先ほど畑を拝見したところ、とても綺麗に整備されているようにお見受けしましたが」
「ええ。果物だけなら我々と、時々知り合いに手伝ってもらって何とかすることが出来ました。ただ、我が家は農家であると同時にワインの醸造家でもあるのです。そのワイン作りの責任者である父が倒れ、ワインが作れなくなってしまいまして……そうなると、どうしてもお金が足りないのです。父の入院費も捻出しなけばいけません」
「ワイン……そんなご事情があったのですか」
ルカさんは力なく項垂れています。その手は弱々しく震えていました。
「ええ、我が家のワインは量は決して多く作れませんが味は確かでした。それが逆に価値を高めることになり高値で取引されたのです。我が家の稼ぎ頭は父の作るワインです。何の知識を持たない僕が、満足な出来栄えのワインを作れるはずもありません。それならいっそ廃業して、街で職を探そうと決めたのです。自分の不甲斐なさが恥ずかしいですが」
畑を見れば直ぐに分かりました。
ルカさん、それにアミちゃんも、この畑をとても愛しています。こんな時、私は何て言って差し上げればいいのでしょうか。いえ、言葉だけではいけませんね。彼らは必死に戦っているのです。
そして、幸運にも私の唯一の取り柄が優しい2人を助けてあげられるかもしれません。
どうせ暇な身ですしね。
「あの、もし宜しければ、そのワイン作りを手伝わせて頂けませんか」
ルカさんは驚いた、という目でこちらを見ています。
「お心遣いはとても嬉しいです。でも先ほど言った通り、父の作るワインは値段相応に期待値も高いのです。イラリアさんはお城でワイン作りをされていたかもしれませんが、全工程を高水準でこなせる方でないと父の代わりは難しいかと。それに、お恥ずかしい話ですがお支払いできるお金もありません」
「えっと、お金は結構なのですが……」
そうですよね。私はクビになった身ですし、ご不安になるのも無理はありません。それに何度も言うのは良くありませんよね。
ここが引き際なのでしょうか。
その時、ふと隅の本棚に収納されている広報誌が目に留まりました。
「あれは確か」
ルカさんは私の目線の方向に目を向けられます。
「ああ、あれは有名なワインコンクールで昨年優勝を収めた【奇跡のワイン】が特集されているものです。父が持ってきたのですが僕はまだ読んだことがありませんでした」
広報誌を手に取るとルカさんはパラパラとめくり始めます。その手があるページで止まりました。
「えっ……!」と目を見開き、広報誌と私の顔を交互に何度も見続けています。
『特集!奇跡のワインを作り上げた若き天才醸造家・イラリア・アマーレに迫る』
そのページには恥ずかしながら、私の写真が載っていました。
「……あのイラリアさん?僕、本当にお金無いですよ」
「ええ。これは落ち込んでいた私を励まして頂いた些細なお礼ですから」
「え、ええと。それでは本当に手伝って頂けるのですか?」
私は背筋をピンと伸ばしました。
「はい。喜んで」
こうして私はファルコ家でご一緒にワインを作ることになりました。
とても楽しい日々になりそうです。