第18話
「うーん。やっぱり何か違いますね。ルカさんのお料理と何が違うのでしょう」
御夕飯を作り一口味見した時に、そんな言葉が出てしまいました。ルカさんに教わったことで上達したはずなのですが何か物足りないですね。
「…少し寂しいです」
此処に来てからは毎日3人でご飯を食べていました。それが余りにも自然なことになっていたので、一人の食事はお料理の味以上に味気ないものです。
「早く帰ってきませんかね」
少々センチな気持ちになっていた時に、コンコンとドアを叩く音が聞こえました。
「はい。どちら様でしょうか?」
ドアを開けると、そこには一人の青年が居ました。ルカさんと同い年位ですかね?
「こんばんは。イラリアさんですよね?初めまして。エルモ・アクイラと云います。ルカとは幼馴染なんです」
「はあ」
ルカさんの御友人でしたか。切れ長な目が印象的で、朗らかといったルカさんとは対照的な雰囲気の方ですね。
「突然すいません。ルカから貴女が何か困っているかもしれないから、様子を見て欲しいとお願いされまして」
「あらあら、それはご丁寧にありがとう御座います。すいません、私ったら。どうぞお上がりになって下さい」
私はエルモさんを室内へとお招きします。
「そうですか?それではお言葉に甘えて」
申し訳なさそうに、エルモさんはゆったりとドアをくぐります。そして、思い出したかのように仰いました。
「あ、そうでした。ご飯はもう済みましたか?宜しければ、これ食べて下さい。我が家自慢の鶏肉と卵です」
エルモさんがお持ちになっていた紙袋の中からは、新鮮そうな鶏肉と、大ぶりな卵が姿を現しました。
「あら、すみません。こんなにお気を使って頂きまして。御夕飯は丁度準備をしているところでした」
少し考えこむかのようなエルモさん。
「…もし宜しければ、この鶏肉を俺が調理してもいいですか?」
「そ、そんな申し訳ないですよ」
「いえ、普段からリュカの作る皿を食べている貴女に、食べ比べて欲しいんです。俺の料理がどうなのかを」
「えっと、それはどういう事でしょう?」
「あいつは、料理人としての俺のライバルですから」
ニカッとした笑みを浮かべたエルモさんは、どこか楽しそうです。
ううん、悩ましいですね。わざわざ私の為にお時間を割いてくれた方に対して、お料理までして頂くなんて。ですが、ルカさんの料理のライバルという言葉が非常に気になりました。
若しかして、ルカさんと同じ位お料理が上手なのでしょうか。
……キュル~
お腹の音が鳴ってしまいました。これは相当恥ずかしいですね。
「アッハッハ。聞いていた通り面白い方ですね。真剣な表情で考えこんでいるかと思ったら」
お腹を抱えて笑うエルモさんに、私は恥ずかしさからそっぽを向きました。
「直ぐできますから!少々お待ちを」
気が付けば、エルモさんはお料理を始められました。調味料など何処に何があるのかを把握されている様です。今までにも、ここでお料理をされたことがあったのでしょう。
先ほどからいい匂いが室内に充満しており、期待値がどんどん上昇していきます。これは、バターの甘くてコクのある香り。それがほんのりと焦げた香りは、それだけで堪らないものです。加えてお肉を揚げるいい音も聞こえてきました。
「さあ、どうぞ」
エルモさんが作って下ったお料理は、鶏肉に衣をまぶし油で揚げたものでした。骨も付いており非常にボリューム感のある見た目をしています。先ほど感じたバターの香りは、かかっている黄色いソースに使わているようですね。
「それでは、いただきます」
フォークで切り分け一口運んだ瞬間、まさに至福というべき味と香りが口いっぱいに広がりました。お肉の甘みと旨味が強烈なのに、かかっているソースのお陰なのか、いくらでも食べられるような気がします。このソースからはバター以外にも爽やかな柑橘類の香りがします。
「美味しいです!」
「それは良かった」
エルモさんの表情は満足気です。
流石に作って頂くだけというのは忍びないですし、私も誰かとお話をしたかったので、そのままエルモさんと食卓を共にしました。
「それで、ルカの皿と比べて如何でした?」
私は思わず腕を組むと思案気な表情を浮かべました。
「うーん。難しいご質問ですね。何と申しますか、ルカさんの作る皿は、優しい味わいで家庭的なので毎日でも食べたくなるような落ち着いたものですね。エルモさんの皿は高級店で出されるような、そんなインパクトに溢れたものでした。方向性が違うので甲乙がつけ難いです」
その言葉を聞くと、エルモさんは少し嬉しそうな表情をされます。
「甲乙つけ難い、ですか。俺もあいつにようやく並べたのかな…」
それから食事が終わるまでの間、世間話しをしました。エルモさんのお家では畜産業を営まれているという事で、リュカさんが時折出してくれるお肉料理の殆どは、エルモさんのお宅のものを購入されているとの事でした。そして、ルカさんのお母様からお料理を習ったことなどを聞かせて頂きました。
「さてと、それではそろそろお暇させて頂きます」
そう言うと、エルモさんは帰り支度を始めました。
「困ったことがあれば、いつでも言って下さいね。仲間も連れてお伺いしますよ」
「ありがとう御座います。はい、その時は宜しくお願い致します」
そして、エルモさんはドアを開けて帰路につかれました。
「さて、明日に備えて準備しましょう」
美味しいご飯を食べさせて頂き元気が出ました。本当に美味しくて、ルカさんのお料理とも遜色がない逸品でした。
それでも何故か思ってしまうのです。やっぱり、あの人の作るご飯が食べたいと。
コンコンと、再びドアをノックする音が聞こえました。
あら、エルモさんでしょうか。忘れ物ですかね?
「はーい、今開けますね」
ですが、ドアの前に立っていた方を見て私は驚愕する外ありませんでした。
どうして、この方がここに…?
私は、その方が発する言葉に耳を傾けました。
「…そうですか。分かりました、少し考えさせて下さい」
そうですよね。気が付けば、ずっとここに居る事が当たり前だと思っていました。ですが、そういう訳にもいかないのでしょうか?……この状況、ポジティブに捉えるならば保険が出来たとも言えるのかもしれませんね。
コンクールが終わるまでは。せめてその時まではルカさんたちの傍に居たい。
そう願いながら、私は静かに目を閉じて今後の事を考えました。