第14話 黒い絶望
◆やるべき事
ルーチェは、寝室から畑へと全力で走っていた。
異変を知らせてくれた部下の話が本当ならば、以前、イラリア様に聞いていた最悪の状況と酷似する。クソッ!ここまで順調だったというのに。あと少しだったというのに……頼む!頼むから何かの間違いであってくれ。
しかし、畑を見た彼はへなへなとその場に崩れ落ちた
「なん、でだよ……?」
ブドウは黒いカビに覆われ見るも無残な姿だった。ブドウだけではない。葉も茎も、全体をみっちりと黒く醜悪なそれが覆っていた。
絶望。その言葉だけでは語り尽くせないほどの黒い感情が、ルーチェを覆い尽くす。
一体イラリア様に何とお伝えすればいいのだ。誰よりも楽しみにされていたのに。我々に託して下さったのに。一瞬、彼女の悲しそうな表情が頭を過った。
「クソッ!しかし、動かなければ!考えなければ」
そうだ、やるべきことは沢山あるのだ。原因の究明、この件の報告に後処理。このワインの穴埋めは?評判は諸外国にまで行き届いている。こんなことがばれたら、我が国の評判はガタ落ちだ。
考える事が多すぎて、頭の回転が追い付かない。しかし、着実に全てをこなさなければならない。冷静になれ!自分に喝を入れると、俺は城内へと歩を進めた。先ずは今後の方針を固める必要がある。そのためには関係者に声を掛けて、会議を開かなければ。
◆緊急会議
城内の一室
主要な面子が揃ったところで、ルーチェは椅子から立ち上がる。
「皆様。話は伝わっていると思いますが、非常に不味い事態となりました。奇跡のワインの原料となるブドウが完全に腐敗しました。当然ですが今年はもう奇跡のワインを作ることが出来ません。そこで、今後の対応をお話したく思います。話の取りまとめは、カルロ様にお願いすることになりました」
「それで、畑の様子はどうなんだ?」
声を発したのはカルロ。現在は食品部門全般の統括を務めている。つまりは、ワイン部門を管理する立場だ。
「はい。イラリア様のデータ通りなら使いもにならないでしょう。そして、このまま放置していては、スペースを無駄に遊ばせることになります。直ぐにでも畑を整備して少しでも早く、正常な状態を取り戻す必要があるかと」
その言葉を聞き、カルロは顎に手を当てる動作をした。
「真っ当な意見だな。それと、この事を城外に知られるのは良くない。今年は不作でリリース出来ないというのならばまだしも……こんな馬鹿げたミスが原因だと知られるのは最悪だ」
カルロはおもむろにある人物に視線をやる。
「お前もそう思うだろ?……ワイン部門統括責任者のクーラ殿」
顔面蒼白のまま、クーラはただ立ち尽くすことしか出来ない。
あの後、直ぐに調査が行われた。原因の究明は困難を極めるかと思ったが、予想の外あっさりと判明してしまう。ほんの数枚だけ過去の作業指示書を捲るだけで原因は明白となったのだ。
[水のかけ過ぎ]
これが原因だと知られれば、城としての権威に関わるだろう。ヒューマンエラーにしても、余りにも杜撰な管理体制だと揶揄される事は想像に難くない。
つかつかと、クーラに近づくカルロ。
「それで、何か申し開きはあるか?なあ」
クーラは何も言えず立ち尽くすのみだ。口をカタカタと震わせるが、そこから言葉を発することは出来ない。
「おいおい、だんまりは無いだろ。お前の話を聞いてやろうって言っているんだぜ?……どうなんだよ?なあおい!!」
カルロは激昂した。近くにあった椅子を思いっきり蹴り上げると室内にはガンッ!と大きな音が鳴り響く。
「お前のクビでどうにかなる問題じゃねーんだよ!これはな、下手したら国の尊厳が失われる。それほどの大問題なんだよ!分かってんのか!?」
全身をビクッと震わせるクーラ。震えながらも、なんとか言葉を絞り出す。
「た、大変申し訳ございませんでした」
ぼろぼろと涙を流すクーラを一瞥すると、カルロは蹴とばした椅子を元の位置に戻した。
「本当に余計なことしやがって。お前の処分は今後人事部の方から正式に通達されるだろう。間違っても、この事を城外の人間に話すんじゃねえぞ!」
そうして、同席していたワイン部門の者達向けて言葉を発した。
「当然お前らもこの事は他言無用だぞ。諸外国からも注目されている商品だ。流石に何も言わずに販売中止という訳にもいかない。記者の連中へ流す内容は、俺が上と話し合って決定する。奇跡とまで評されたワインだ。今から代替品を用意するのは厳しいだろう。しかし、他のワインだけでも昨年以上の評価を貰えるように精を出せ……以上だ!解散」
入り口近くで蹲るクーラを、各々が侮蔑の眼差しを向けてから部屋を後にした。その後、クーラもフラフラとした足取りで部屋を出て行った。
「ああ、ルーチェ。お前は少し残ってくれ」
「何でしょうか。カルロ様」
「ああ。先ほども言った通りだが、他のワインだけでも上手くいくように頑張ってくれ。それと、クーラがこうなった以上、今後はお前主導で動いて貰うことになるだろう。恐らくそんな内容が近いうちに発表されると思う。尻拭いのタイミングになってしまって悪いが、頼んだぞ」
「かしこまりました。全力で業務に臨ませて頂きます」
「ああ。それじゃあ大変だろうが、畑の後処理も任せた」
一礼して去っていくルーチェの背中を見送り、カルロは不満げな表情を浮かべた。
そして、誰もいない部屋で一人呟く。
「なんか、匂うんだよな。この件も」