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第13話 ボルキ菌の猛威

◆ワイン部門統括責任者執務室


「来たわね、ルーチェ。貴方このブドウを見て何か感想は無いの?」


机の上に並べられているのは、奇跡のワインの原料となるブドウだった。


「ええ、そうですね。昨年同様ここまでは順調な出来かと」


その発言を聞いたクーラは、ふんぞり返っていた体勢を前のめりにすると、机をドン!と叩きつけた。


「貴方は私を馬鹿にしているの!?これの何処が順調なのよ!」


ルーチェは自身が動揺している事に気が付く。自分の目には、このブドウは特に問題が無いように思える。しかし、目の前にいるクーラは明らかにこの出来を不服としている。まさかと、ルーチェの頭に一つの考えが過った。


これだけ天候に恵まれていながら、昨年と同等程度の品質しか作れていない事に苛立ちを覚えている?

確かに今年は、日中に雨が降ることもなくカラッとしているし、朝方にかけては畑近くを流れる川の影響で霧も十分に発生している。


奇跡のワインを作るうえで、これ以上ない天候に恵まれているといえるだろう。


没落したとはいえクーラは貴族の出身だ。イラリアが残していった資料を読み解けるだけの教育を受けてきた可能性もゼロではない。その上で彼女は昨年を上回る成果を求めている、という事か。


いつしか、イラリア様と同等の作品にさえ出来れば彼女に近づけると勘違いをしていた。昨年の彼女よりも恵まれた環境に立っているにも関わらずだ。そんな自分の甘さをクーラに指摘されているというのか。


「申し訳ございませんでした。クーラ様」


気が付けば謝罪の言葉が出ていた。その言葉を聞いたクーラは美しい自慢の髪をかきあげる。


「ふん!素直に認めたわね。それで一体貴方は、この責任をどう取るというの?言っておくけど、これは大変な事態よ。貴方一人のクビでどうにかなる問題では無いわ!」


如何にも怒っているという表情と声を発していたが、クーラの内心は安堵と歓喜に満ちていた。


良かった。やはり私の責任では無かった。一瞬とはいえ、この男とあの女のせいで生きた心地がしなかった。


(その責任はしっかり取って貰うわよ)


「ク、クビですか?それはいくら何でも。いえ、確かに私の責任でも御座いますが……これからはクーラ様を筆頭に部門一丸となって業務に望みたく存じます」


クーラはご満悦だ。いつも自分に対して敬語を使えど、どこか見下した態度を取っていたこの男。それが今はどうだ?言葉を選び私に慄いている。気に入らないのはこの期に及んで、まだ次があると思っていることだ。


しかも『私の責任でもある』だと?まるでこの私にも責任の一端があるような発言だ。


「口を慎みなさい!ブドウが萎びた姿になるまで報告を怠った、その責任は重大よ!」


「萎びた、姿ですか?」


ここに来てルーチェはようやく、自身とクーラの意思が上手く疎通できていない可能性を感じた。


「あのクーラ様。整理させて頂きたいのですか、貴方はこのブドウの何処にご不満があるのでしょう?」


クーラは立ち上がると机をありったけの力で叩きつけた。


「あんたは一体何年間ブドウを見ているのよ!こんな萎びたブドウがあるわけないでしょう!?」

「まさかとは思いますが……これはこういうブドウですよ。イラリア様が特殊に培養された菌を付着させることで、ブドウ内の水分を蒸発させ糖度を高めると同時に香りを一層芳醇なものにします。これをワインにすると、はちみつの様なトロっとした最高のデザートワインになるのです。萎びているのは中の水分が蒸発しているからです」


クーラは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、直ぐに鋭い眼光をルーチェに向けた。


「は、はあ?そんなブドウ普通あるわけないでしょ!貴方は私を馬鹿にしているの」


ルーチェは最早隠そうともせずに溜息を吐いた。


「お言葉ですが、普通では無いから《《奇跡》》というのです」


クーラはその場に崩れ落ちた。前身をカタカタと震わせ青ざめた表情を浮かべる。


「……何よ、それ。そんなの分かるわけないじゃない」


その姿をルーチェは冷たい眼差しで一瞥すると、無言で部屋を後にする。そして心の中で思った。


(頼むから、もう余計なことはしてくれるなよ)



◆絶望の足音



翌日の早朝


大きな欠伸をしながら、一人の男がブドウ畑へと向かっていた。


「慣れないもんだな。早起きというのは、仕事といえどやはり眠いな」


部門の人間でローテーションを組み、早朝の畑を確認する為である。


「一日、見ないところで何も変わらないだろうに」


不満を漏らしながら、奇跡のワイン用のエリアに立ち入りいつも通り確認作業をしようとした。


しかし……ブドウを見た時、男は愕然とした。遅れてワナワナと震えだす。


「な、何だよ!これは?」


奇跡のワインの原料となるブドウを、ボコボコとした異質な何かが真っ黒に覆い尽くしていた。


「うっ……!」


近くで見れば見る程、その醜悪な様に男は戦慄を覚える。


「た、大変だ……!す、直ぐにルーチェさんに報告しないと」


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