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第10話 母との思い出

◆仮病


「お姉ちゃん大丈夫!?待っててね。お兄ちゃんに言ってくるから」

「あっ、え、大丈夫ですよ。あ、アミちゃん待って!」


私の制止は間に合わず、ピューと子供特有のスピードで駆け出してしまいました。


どうしましょう。と考えている暇もありませんでしたね。


バン!とドアが開きました。


「大丈夫ですか?!イラリアさん」


ハアハアと息を切らしたルカさんがいらっしゃいました。ああ、もう。何でこの兄妹はこんなにも俊敏なのですか。


ただ、無用な心配をお掛けして申し訳ない気持ちになりました。これは反省ですね。


「え、ええ。大丈夫で……」


私が言い終わる前にピタッと少しだけ温かい何かが、おでこに触れたのです。


「うーん。熱は無いようですね」


それは、ルカさんの手でした。


「ひゃぁ!」


と、声を上げると思わず一歩下がります……あ、焦りました。


「あれ、どうかしました?」


ルカさんはキョトンと不思議そうな表情で私を見ていました。


なんで、この人はこんなにも自然に異性の体に触れられるのでしょうか。もしかしたらルカさんは俗にいう遊び人なのかもしれません。


「ほ、本当に大丈夫ですから」

「本当ですか?顔赤いですけど」


誰のせいですか! 心を鬼にしてお説教をしようとした時です。


「疲れが出たのでしょうか?丁度夕飯時ですし何か作りますから。大事を取ってベッドで休んでいてください」


……ふむ。


「何かって、何ですか?」


うーんと、ルカさんは思案気な表情をされます。


「そうですね、何か消化にいいもの。柔らかめに茹でたパスタですとか、野菜のスープ。後はリンゴを使ったリゾッ…」

「それです!」


驚いた表情のルカさん。


「で、ですから、リンゴのリゾットで手を打ちます」

「わ、分かりました。少し待っていてくださいね」


ルカさんは去り際に手を打つ、って何だろう?と呟かれていました。



◆ 家族の絆とは



欲望に負けて嘘を付いてしまったことを反省しつつも、私はウキウキとした気分でベッドに腰掛けていました。


すると、ドアのノックの後にルカさんがお盆を持ってお部屋に入って来てくれました。


「お待たせしました。ご飯持ってきましたよ」

「わあ!ありがとう御座います」


うーん、いい匂いです。ご飯というよりはお菓子の様な匂いがしますね。ベッドに腰掛けたまま、ルカさんの持つお皿を覗き込みました。


ゴクリ、と思わず喉がなります。


「美味しそうです」


うっすらと黄色味がかったご飯の中には、小さく角切りにされたお野菜とリンゴが散りばめられていました。そして、その上には薄くスライスされ、ほんのり焦げたリンゴと焦げ目のないリンゴが綺麗に重なり合って盛り付けられています。


それはまるでお花の様です。


「ほんのり焦げている方は、表面にはちみつを塗って低温で軽くあぶったものです。はちみつには殺菌作用があると言われているので」


成程、それは素晴らしいアイディアですね。


「では、いただきます」


私がそう言うと、ルカさんがスッとリゾットを乗せたスプーンを私の口元に差し出しました。


「はぇ?」


思わずルカさんを見上げます。私の驚いた表情をみたルカさんは、数秒止まると顔を赤くして慌ててお皿を机の上に置きました。


「す、すいません!」


ルカさんも、ご自分の行動に恥ずかしさを覚えたようです。


「本当にすいません。母やアミにしていたら、つい癖になっていて」

「お母様。ですか?」

「え、ええ。母は病気で自分の余命が長くないと分かった時、この家で余生を過ごすことに決めました。最初は良かったのですが頻繁に熱が出たり、だんだんと一人で食事を摂ることさえ難しくなっていきました」


ルカさんは、お母様が写っている集合写真の縁を優しく撫でます。


「母に食事を食べさせてあげるのが僕の日課になっていました。母のベッドに座るイラリアさんを、母に重ねてしまったのかもしれませんね」


私は先ほどの事を思い出し自分が恥ずかしくなりました。手で熱を測ってしまったのも、お母様のことが原因だったのでしょう。


彼にとって食べさせて上げる行為は、悲しくもご家族との絆を表現するものなのかもしれません……。


なのに、説教だの遊び人だのと。思わずうな垂れてしまします。


「あ、すいませんでした。こんな話をしてしまって。どうぞ冷めないうちに食べてしまって下さい」


お皿を差し出すルカさん。顔は笑っているのに、目は寂しそうです。


……ああもう!


私は目を瞑ったまま、口を開けました。


「ひ、一口だけ食べさせてください」

「えっ?」


ルカさんは少しだけ戸惑っているようです。


「は、早くしてください」


恥ずかしいですから。


カチャっという、お皿とスプーンが僅かにぶつかる音がして、近くにいい匂いが伝わってきます。


『ハムッ』


「お味は如何ですか?」


目を開けると、ルカさんが嬉しそうに笑っています。ほんの少し涙を浮かべて。


「おいしい、です」


本当は味なんてよく分かりませんでした。


「それは良かった……イラリアさん。ありがとう御座います」


そう言い残すとルカさんは部屋を後にしました。


彼が去った後、一口リゾットを口に運びます。


「うん、やっぱり美味しい」


野菜の自然な旨味に、リンゴの持つほのかな酸味とはちみつの甘い芳香。


そのお皿は、とても甘酸っぱいお味でした。


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