第1話 追放と旅立ち
「イラリア、今日限りでお前はクビだ」
急な呼び出しをいただき、何事かと思ったら、まさに晴天の霹靂でした。
この方はグリアム様。
城内で人員の配置を担当されている、とてもお偉い方です。
「あら、それは残念です……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
冷静さを装いつつも内心では混乱していました。何か不手際があったのかと、ぐるぐると定まらない思考に耽ってしまいます。
「お前のような田舎者に、この城の名を冠するワインを作っては欲しくないということだ。しかもワイン部門の統括責任者だと?馬鹿げている」
「そう申されましても……私は辞令に従っただけですので」
「黙れ!減らず口を叩きおって」
いいか!と憤りを隠さず、グリアム様はお話を続けられました。
「お前も知っての通り、この国はワインの輸出によって莫大な富を築きあげてきた。ワインは、我が国の経済を支える最も重要な位置づけ、象徴なのだ。だというのに、その統括責任者がお前のような田舎出身で気品のかけらもない小娘だと?他国からもいい笑いものだ」
小娘、とは少々複雑ですね。顔立ちが幼いのは仕方のないことかと。
「はあ。私の生い立ちはひとまず置いておいて。後任の方はお決まりなのでしょうか」
「ふん、教えてやる義理もないが良いだろう。クーラだよ。お前も知っての通り、副統括責任者だ。適当な人選といえるだろう」
クーラ様ですか?……ああ、思い出しました。とてもお綺麗な方でしたね。ただ残念なことに、お話をしたことがほとんど無かったので忘れていました。
あの方は、虫が苦手だとブドウ畑にはお顔を出されていませんでしたし。それに、アルコールの匂いがきついからと醸造所でもお見かけしたことがありませんでした。私の主な作業場でもある、研究所にもいませんでしたし。
普段はどこにいらっしゃったのかしら?
「そうですか、残念です。今年は過去に類を見ない素晴らしいワインができそうでしたので」
「そんなことは知ったことか。どうせ今までもこの国の持つ素晴らしい土壌や天候に頼ってワインを作ってきたのだろう。この地があれば、誰にでもできるのだよ。たまたま、お前の作った変わり種が評価されたからといって、いい気になるなよ!」
「はあ。誰にでもですか……」
それに、変わり種とは随分な言い方ですね。作るの、すごく大変でしたのに。
「理解したか?なら、さっさと荷をまとめて明日の朝にでもこの城を立ち去れ」
どうやら、これ以上の対話は不可能なようですね。
「承知いたしました。それでは明日にはこのお城を出ていきます。長い間お世話になりました」
グリアム様ったら、こちらを見てもくれませんのね。片手で小動物を追い払うような動作をしていらっしゃる。さすがに傷つきます。
グリアム様の部屋を出ると、一人の美しい女性と目が合いました。私を嘲笑うかのような表情で見つめています。おや、クーラ様でしたか。
「こんにちは。クーラ様」
「あら、ごきげんよう。どうかされましたの?ひどく落ち込んだ表情をされていますわよ」
「ええ。実は本日付けでお城をクビになってしまいまして」
あら!と、白魚のような御手でご自分の口元を覆われました。
「それは驚きですわ。その件で、私もグリアム様に呼ばれたのかしら?」
あらあら、声が弾んでとても嬉しそうです。何か良いことでもあったのでしょうか?
「ええ、そうだと思います。私の後任は、クーラ様になるとおっしゃっていましたので」
「そんな大役が務まるか不安ですわ。ですが、後任として一生懸命頑張らせて頂きますわね」
「仲間の皆様を、ブドウをよろしくお願いいたします」
激励を兼ねて握手を求めましたが、急いでいるからと断られてしまいました。土にまみれたこの手で、あの柔肌に触れようとするのは失礼でしたでしょうか?
◆グリアムの執務室にて
「やあ、クーラ。よく来たな」
「グリアムさまぁ。この度は無理を聞いて下さり感謝いたしますわ」
甘い声色を出しながら、クーラはグリアムのすぐ横に腰かけると、そっと自身の両手を彼の太腿へと乗せた。
「私にかかればこのくらい容易いことだ。今年はあの小娘の言う通り、過去に類をみないワインができるだろう。素晴らしい天候に恵まれているからな。国内のみならず、他国からの評価もかなりのものになるだろう。そうなれば、手柄は統括責任者のお前と、そんなお前を推薦した私のものになる」
「ええ。ご期待に添えるよう全力を尽くしますわ」
「そうだ。私の為に励めよ」
「……はい!」
クーラは我慢できないと言わんばかりに、グリアムへと抱き着く……そして、嗤った。
(フフフフッ)
歪んだ笑み。それが溢れ落ちるのを我慢できなかった。こんな貌、この男にバレるわけにはいかない。
この男を利用して、やっとこの地位まで登り詰めた。あの邪魔だった田舎者を遂に追い出せたんだ。この私を差し置いて目立ちやがって!以前から目障りだったのよ。
でも、それも過去のこと。これで私がこの国の顔になるのね。近い将来訪れる未来に想いを馳せて、恍惚とした表情を浮かべてしまう。ああ、ワインのリリース時にはインタビューをいくつも受けることになるだろう。美しいワインの作り手として、その名はきっと他国にまで及ぶことになる。
農業などという芋臭いものに興味はない。しかし一国の経済を支えるアイテムなのだから、そこは妥協してやるか……婚約者には王侯貴族の中から、吟味して飛びきりのを選ぼう。そう、私の将来は約束されたも同然だ。
(その際は、この男もさっさと切り捨てる)
「グリアムさまぁ~」と耳元では甘い声で囁きながらも、彼を見下す目は、一層冷たく鋭利なものへと変わっていく。
その視線の先には、窓辺に飾られた白い薔薇と何故か伏せられた写真立てがあった。
◆仲間との別れ。旅立ち
「これで全部かしら?」
グリアム様に、明日の朝には出ていくようにと言われてしまいましたので、自室に戻り荷造りを行っていましたが、ようやく終わりました。すっかり深夜になってしまいましたね。
(コンコンコン)
あら、ノックの音。誰かしら、こんな時間に?
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します」
「あら、どうしましたか?皆様お揃いで」
扉を潜ってきたのは、私が統括責任者を務めていたワイン部門の方々でした。
「聞きましたよ。今日でお辞めになると」
「どうして教えて下さらなかったのですか?」
「私は一体、これから誰にワイン作りを教わればよろしいのですか!?」
あらあら、矢継ぎ早に質問されましても、私の口は一つだけですし、困りましたね。
「落ち着いてください。皆さん。まず最初に……」
私は深々と頭を下げました。
「ごめんなさい。私も今日初めて告げられたのです。皆様への挨拶は、明朝に伺おうと思っていました。だって皆さん、いつもお忙しくて疲れているでしょうから」
「水臭いですよ。それに、一番忙しいのはあなた自身じゃないですか」
ルーチェ。私の右腕なんて呼ぶのはおこがましいですが、本当に色々と手伝ってくれましたね。私が悩んでいる時はずっとそばで話を聞いてくれた。すごく頼りになる男性です。
「何のために私たちがここに来たと思っているんですか?」
ジーラ、あなたのワインに対する情熱は、もしかしたら私以上かもしれません。果汁を発酵させている時、毛布1枚にくるまって問題がないかと一晩中、樽の中を我が子のように見守っていましたね。あなたはきっといい母親になります。
「「今晩は夜通し呑みましょう、イラリア様」」
他のみんなも本当にありがとう。ここで皆と働けて本当に楽しかった。何かと至らない私を今日まで支えてくれて……本当に。
「あっ……ッッ……!!」
瞼の奥が熱いです。おかしいですね。楽しかったのに、なぜ私は泣いているのでしょう?
冗談です。さすがの私にだってこれくらいは分かります……寂しいのです。大好きな皆さんと離れ離れになってしまうのが。
だから、私はこの言葉に精一杯の想いを乗せました。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「「「大変お世話になりました!!!」」」
その後は、皆で作ったワインを皆で飲みました。
ラベルに記入されたヴィンテージを見ながら、この年はこんなことがあったね、なんて、思い出話にも花を咲かせました。時間が止まれば良いと初めて本気で思いました。
けど、楽しい時間はあっという間です。夜も明けて旅立ちの時が訪れてしまいました。
「我々にできることがあれば、何でもお伝えください。何を差し置いても必ず向かいます。」
「皆ありがとう。最高のブドウが、最高のワインができることを楽しみにしています」
そして、私を乗せた馬車は走り出します。私の姿が見えなくなるまで、皆は大きく手を振ってくれていました。
「さて、とりあえず隣国をぶらりと旅でもしてみましょう。貯蓄も少しはありますし、なにか美味しい物でも食べながら身の振り方を考えましょうか」
でも、今はすごく眠い。隣国といっても丸2日はかかる長旅です。今はただ、何も考えずにゆっくりと休みましょう。
そうして私は目を閉じました。
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