花水木
開花したばかりの、瑞々しい花水木のような笑顔を見せてくれた。彼女は明るくなった。俺の知らないところで。久方ぶりの再会で、俺の心はかき乱された。いら立つ俺を、みじんも気にとめず、彼女は近況報告をし始めた。
やはりこのたび、奇跡的な出会いに恵まれたと、目を細めて話した。転職に運良く成功したらしい。
「人間はね、まともな会社で働けたら、一生懸命になるものよ」
世を達観したような生意気な言葉も、彼女はのたまった。俺は、薫風に包まれる彼女を睨みつけ、黙して話を聴いた。
彼女と俺は約一年前に、この職場で出会った。同い歳だが、職歴は俺の方が十年先輩なので、ユニークな彼女は俺のことを「先生」と呼んでくれた。プライドが高い俺は、内心嬉しかった。
彼女は従業員間の人間関係に馴染めずにいた。「腹を割って話せる人はあなただけ」だと、俺と二人だけになるたびに、そう吐露した。
彼女は半年ももたなかった。火山が噴火し、啖呵を切って辞めて行った。
「あなただけには悪いことをした。つまらない愚痴のオンパレードを聴いてもらって、甘え過ぎていた」
辞めると宣言した際、俺には申し訳なさそうに謝ってきた。謝らなくて構わないのに。気が強い反面、優しいところがある彼女を、密かに惚れていた。
「先生、永遠の別れね」
仏頂面なままの俺の合わせ鏡のように、彼女は愛らしい笑顔で、素っ気ない言葉を言い放った。そして、未練らしいオーラは一瞬も醸し出さずに、俺のことなど頭の片隅にもないかのように、颯爽と帰って行った。彼女の中では、前職場と、そして俺とは、決着がついているのだと、弾む背中を見て痛感した。
彼女が帰ってから、缶コーヒーをガブ飲みした。好きなブランドをわざわざ選んだのに、その時に限っては美味く感じなかった。八割飲み残したところで、空き缶入れのごみ箱に、1メートル先から投げ捨てた。ごみ箱にかけられたビニール袋に、缶に残っていたコーヒーが無数の黒い染みのように飛び散った。俺はその汚らしい風景から目をそらした。そしてため息を一つついて、仕事に戻った。