プロローグ⑤:耐久力のテスト
敏捷力のテストが終了するまでに、3時間以上が経過した。昼を過ぎた頃、多くの受験者が昼食休憩を期待する中、ドワーフの女がカエリオンの元へ近づく。
「これで敏捷テストは終了だ。最後までやり通した者を称える。
さて、こちらが次の審査官――銀ランクの『闘士』グランナ・レイムドールだ」
グランナは裸足で、筋肉質な体に質素な服、金色の腕輪と巨大な数珠を身につけている。
「皆さん、こんにちは。『食事をさせろ』とか『休憩は?』とか言う声が聞こえるようだね。
実はそれこそが私のテストの一部なんだ。トルガちゃん、お願い!」
トルガが重たい荷車を引き、中身の石を地面にぶちまける。
眼鏡をかけた魔術師センバリスが杖を振り、石を整然と並べる。
「ありがとう、センバリス。第三のテストは簡単だ」
「全員同時に、1時間これらの石の上に膝立ちし、頭に水の入ったバケツを載せる。水を一滴でもこぼすか、膝を石から離したら失格」
トルガが木製バケツを載せた別の荷車を引き、センバリスが魔法で水を満たす。
「各自、バケツを持って好きな場所に移動してください。全員の準備が整い次第、開始を宣言します。私が終了を告げるまで、膝を上げたりバケツを下ろしたりしてはいけません」
一人の受験者が手を挙げる。
「あ、あの……レイムドールさん。砂時計とかないんですか? 残り時間がわからないと……」
「絶対に駄目だ」グランナはきっぱり言い放つ。「精神的な耐久力も試している。残り時間がわからない状況で耐えられるか――それも実力のうちだ」
受験者たちは列を作り、バケツを受け取って石の上に陣取る。ロリアンは列に並び、手にしたバケツを観察する。
『ほぼ満杯だが……縁まであと3センチほどあるか。高さからすると……水量は6~7リットルくらいか。バケツ自体を含めれば、重さは約8キロ……トルガのハンマーよりは軽いな』
彼は石畳の端っこを選ぶ――大勢の視線を避け、気が散ったり、緊張して弱気になるのを防ぎ、集中できる場所だ。
『石の表面は滑らかだが分厚い。膝を傷つける突起はない……しかし、この日差しでじりじり熱くなっていくはずだ』
グランナが追加で説明する。
「膝に厚着するのは構わん。ただし、金属や革の防具は禁止だ。『単なる衣類』と認められるものだけが許可される。そうでなければ脱いでもらうし、拒否すればその場で失格だ」
その時、巨大な半オークが手を挙げた――
「頭に乗っけてもいいだか? ウチの畑じゃそれで運ぶっつーの」
グランナは即答する。
「持ち方は自由だ。失格条件は膝を石から離す、水をこぼす、不正な膝プロテクターの3つだけだ」
全受験者が位置についた。腹の鳴る音もあちこちから聞こえる。ロリアンは開始の合図を待ちながら、バケツを頭上に載せる準備をする。
「よし、全員準備完了だ。第三テスト、開始!」
ロリアンが石の上に膝をつく瞬間、熱と痛みが襲う。両腕を伸ばしてバケツを頭上で安定させながら、彼は計算する。
『1時間で影の角度は15度動く……腕の影の位置を目印に時間を測れる』
バケツがグラつき、水が揺れる音がする。
『危ない! 縁までの余裕はあるが、急な動きは禁物だ……1時間、完全に静止しなければ』
腕の痛み(ハンマーの後遺症)、空腹、暑さによる汗――そして石の温度が徐々に上がり、膝の痛みが増していく。ズボンが唯一の救いだった。
『……準備は万端だった。水分補給も規則的にしてきたから、脱水症状の心配はない。だから、空腹感もそれほどじゃない』
開始10分後、前方の男性が気を失いバケツを倒す。グランナは黙って彼を担ぎ、治療班へ運んだ。
『気を紛らわせないと……痛みと不安で押しつぶされそうだ。そうだ……この数年で学んだことを復習しよう。知力のテストに役立つはず』
時間が過ぎる。容赦ない太陽が照りつける。雲ひとつない空の下、さらに3人が脱水で倒れる。
ロリアンは小柄で痩せた体を逆手に取る――バケツの縁が日陰を作り、水の冷たさがわずかながら体を冷やす効果をもたらしていた。
グランナは最初から受験者たちの間を歩き回り、不正行為がないかチェックしている。
ロリアンは地理の復習を始める。
『ヘスペリア大陸は東西約2,500km、南北1,800km。エルドール王国は大陸の中央より西に位置する。他に8つの王国がある』
・『ガリア王国――エルドールの南西500km。芸術と美食とワインの国。吟遊詩人の発祥地でもある』
・『バヴァリン王国――北東400km。鍛冶屋と戦士の国。ビール、軍律、そして……ドラゴンが頻繁に出没することで有名だ』
・『バルコヴィア王国――南東1,200km。魔術に関する闇のセクトが多く、さらに闇の生物が跋扈しているとも言われる。非常に危険な地域だ』
・『ヘレニア連邦――バルコヴィアの南1,500km。都市国家の連合によって成り立つ国で、【民主政治】と呼ばれる珍しい政治形態を採用している。哲学や演劇の中心地としても知られる』
・『アルビオン島国――北西800km。騎士道と古代ドルイド魔法の地。孤立ゆえに謎が多い』
・『イベリア海上王国――南西1,000km。海洋貿易と探検家の国。西方未知の島々へ航海すると言われる』
・『ノルドハイム王国――北1,400km。極寒の地にある部族社会で、北西の海を荒らす海賊の多くがここ出身だという噂もある』
・『アナトリア神聖国――南東1,800km(ヘレニア以東)。寺院と古代遺物の宝庫。ヘスペリアと東方大陸の架け橋』
・『そして大陸の東端にはルスカン帝国がある――エルドールから600kmに位置し、さらに東方へ3,000km以上も領土が続くとも、冒険者の間で噂されている。距離があるため詳細は不明だが、非常に広大な国家であることは確かだ』
・『そして……未踏の地。ガリアとヘレニアの間(南900km)。千年前に滅んだ古代帝国アウレリオの跡地だ。
僕が勉強したアウレリオ語の故郷……。滅亡の原因も、現在の状況も、冒険者ですら近づかないため、地図に載っていない』
40分以上が経過した。その間、痛み、疲労、空腹、灼熱――あるいはそれらの総攻撃に耐えきれず、多くの受験者が脱落していった。
ロリアンの身体は自動運転モードに入っている。全身が痛みに包まれ、手足は痺れ、胃は空腹で痙攣し、顔は汗でびしょ濡れだ。
『集中しろ……影の角度は約10度移動した。あと20分だ……瞑想法の呼吸術を使おう。
1,200秒……数を数えながら呼吸を整えれば、時間を短縮できる』
目を閉じて呼吸に集中するロリアン。周囲にはまだ多くの受験者が残っている。40人ほどが脱落したが、時間が経つにつれ、脱落者は減っていた。
魔女(最初のテスト):身体が震え、泣きそうな顔。
巨漢:腹の虫が皆に聞こえるほど鳴っているが、本人は平然としている。
半オーク:手を使わず頭にバケツを乗せて平衡を保ち、どうやら居眠りまでしているようだ。
さらに15分後――ロリアンの限界を超えていた。
『ちきしょうっ、いつ終わるんだ……!? 影はもう15度まで動いてるはず……そろそろ終わる頃だ。ここまで耐えたんだ……あと数分、何分でもいい、負けるもんか……!』
視界がかすみ、軽い眩暈。腕の感覚がなくなり、バケツが危うくなる。
さらに数分が経過し、その間に10人ほどが脱落、あるいは水をこぼして失格となった。その時――
「終了! 1時間経過! バケツを下ろし、石から離れよ!」
グランナの声が響き渡る。
魔女はバケツを放り投げ、その場から走り去って嘔吐する。巨漢は急いで立ち上がり、「飯はまだか!」と叫ぶ。半オークはグランナの声で目を覚ます――驚いたにも関わらず、バケツを落とさなかった(本当に寝ていたのだ)。
ロリアンはただバケツを地面に置く。腕はぐにゃりとし、脚の感覚はまだ戻らない。立ち上がろうとするが、震える脚と血流が戻る痛みに苦しむ。
グランナが近づき、声をかける。
「よくやった、小鬼! ここまで耐えられるとは思わなかった」
ロリアンは息切れしながら、かすかに返事をする。
「あ……ありが……とう……。僕……自身も……驚き……だ……。弱いより……ただの……頑固者……かも……」
「そうだろうな。大丈夫か? 回復役の魔法使いを呼ぼうか?」
「……はい……お願い……します……」