プロローグ①:ロリアン
ロリアンは13歳の少年だ。
少し背が低く、痩せていて、長い黒髪を結んでおり、どこか中性的な雰囲気を漂わせている。
彼はヘスペリア大陸の中心に位置するエルドール王国の小さな町――ダンロレンに住んでいた。
朝を迎え、ロリアンは家族と共に朝食をとる。
父親のアルヴェドロスは町の鍛冶屋で、髭面の大男。陽気だが傲慢で、特にロリアンをからかうのが好きだった。
「おはよう、お姫様。今日も楽な仕事で終わるのか、それともようやく男の仕事を探す気になったか?」
アルヴェドロスは、ロリアンが華奢で女の子のように見えることを公然と嘲り、失望を隠さない。息子を辱める機会を決して逃さないのだ。
ロリアンはいつものように黙って俯き、食卓に着く。隣では母のヴィレリアが無言で大麦パンを渡す。
彼女は感情を表に出すことが稀な、冷たく距離を置く女。母としての役割を果たすだけで、ロリアンに愛情を示すことはなかった。
父の嘲りも、母の無関心も――ロリアンの心に深く突き刺さる。
『……早くここを出ないと、僕は……』
朝食後、ロリアンは町の図書館で働くため、司書見習いとしての日々に向かう。
『体力のない僕のような者には、頭で勝負するしかない……。せめて、目さえ良ければ』
ロリアンは近眼だった。眼鏡のない世界で、視力の弱い少年が務まる仕事は限られている。
図書館での日課はいつも同じ。本や巻物の整理、写本の作成、蔵書の目録作り、来客対応――。視力の問題はあっても、仕事はこなせた。
『……まあ、顔を本にくっつければ、なんとか読めるから』
図書館のガミガミ女管理人は、追加の仕事を押し付けるために現れる。常に不機嫌そうな顔がデフォルトのあの女だ。
「ロリアン、今週中に『魔術学』の蔵書全部を目録化して報告書を出しなさい。いつものようにサボるんじゃないわよ!」
『【サボる】って……? 僕はいつだって全力でやってるのに。完璧以上を求めてるのか、それともただ僕が嫌いなのか』
ロリアンがこの仕事を続ける理由は二つあった。
第一は、ここで働けば無料で勉強できること。魔法の基礎、薬草学、経済、哲学、宗教、文化……料理や成功術の本まで読み漁れた。
『ねえ、知ってる? 【エポワース】っていうチーズは臭すぎて、ガリア王国じゃ馬車への持ち込みが禁止されてるんだって。それから、ノルドハイムの王国には【ハーカル】って料理があって……腐ったサメを数ヶ月も土に埋めてから干すんだよ。……え? そんなの気持ち悪い? はは……僕も最初はそう思ったけど』
こういう豆知識を、誰かと雑談で話せたら……。友達がいれば。
だから彼は学び、覚え、独り言で寂しさを紛らわせる。
『ねえ、【成功の秘訣】って知ってる? 各言語で決まり文句を一つ覚えることなんだ。だから僕も、ヘスペリアの主要言語で【キス未経験だけど…いつかしてみたい】って言えるように練習したよ』
ガリア語:
« J’ai jamais embrassé quelqu’un… mais j’aimerais bien essayer »
(ジェ・ジャメ・アンブラセ・ケルカン… メ・ジェメライ・ビアン・エセイエ)
バヴァリン語:
« Ich habe noch nie jemanden geküsst… aber ich würde es gerne mal tun »
(イッヒ・ハーベ・ノッヒ・ニー・エマンデン・ゲキュスト… アバー・イッヒ・ヴュルデ・エス・ゲルネ・マール・トゥーン)
ヘレニア語:
« Δεν έχω φιλήσει ποτέ κανέναν… αλλά θα ήθελα »
(デン・エコ・フィリシ・ポテ・カネナン… アラ・タ・イセラ)
ノルドハイム語:
« Jeg har aldri kysset noen før… men jeg har lyst »
(イェイ・ハル・アルドリ・キュセット・ヌーエン・フール… メン・イェイ・ハル・リュスト)
ロリアンは独り笑いして、すぐに赤面した。……自分でもこの惨めさが分かっているのだ。
第二の理由は、この仕事の報酬だ。知性以外に取り柄のない少年にとって、一日銀貨1枚(§1)は十分すぎる。家族の援助、夢のための貯金、たまの無駄遣い――。
両親が冷たくても、ロリアンは家計を助けようとする。役に立ちたいから。……もしかしたら、態度が変わるかもしれないから。
父は鍛冶屋、母は織工。貧しくはないが、年に何度かは厳しい日々が訪れる。
『今月こそ、アウレリオ語の文法書の最終巻を買えるかな……』
午後、ロリアンは訓練と勉強の時間を取る。「ロリアンのダンジョン」――彼がそう呼ぶ、町外れの古びた廃墟。
廃墟へ向かう途中、木刀で遊ぶ少年たちの姿が目に入った。
「なあ、ロリアン。うちの妹、もう着ないドレスあるけど、欲しいならあげるよ? あはは!」
体が弱く、中性的な見た目のロリアンは、少年たちからも少女たちからも疎まれている。
やがて、彼はダンロレンの郊外――町と森の境にある廃屋に着く。15年以上も前に捨てられた、誰も寄り付かない場所だ。
その廃屋には、ロリアンが貯金で買った品々が隠されていた。
書籍類:
『剣術の基礎』
『魔術入門』
『救急救命・薬草学』
『サバイバル技術』
『ヘスペリア怪物図鑑』
『知覚種族の地理誌』
『アウレリオ語の文法書』
装備類:
細身のコリシュマルド剣
オーダーメイドの革鎧
冒険者用革靴
剣帯と鞘
『僕は……夢を叶える! 必ず冒険者になってみせる……どんな代償を払っても!』
冒険者――この世界で最も人気のある職業だ。
戦士、魔法使い、聖職者、吟遊詩人、盗賊……彼らは珍品を求め、怪物を狩り、侵略者を討ち、未踏の地を踏破し、人々を救う。常人には不可能な偉業を成し遂げ、命を懸けて働く――その見返りは公正な報酬だ。
特に若者たちに人気で、多くの少年少女がヘスペリア中に名を轟かせる冒険者に憧れる。
ロリアンは箒の柄を手に、剣術の型を練習しながら、冒険者になるための条件を頭の中で反芻する。
『冒険者ギルドの合格率は30%……新人の死亡率は43%……下位ランクで2年以内に成長できない者の脱落率は61%……』
リスクも困難も分かっている。トップクラスの冒険者だけが名声と富を得られ、大多数は王国騎士並みの収入で、常に死と隣合わせだ。
『戦闘スキルと、クエストに役立つ特殊能力が必要だ……そうでなければ、僕は……ただの非力なガキのまま……』
ロリアンは8歳の時に冒険者を志して以来、自分で作ったトレーニングチェックリストを一つずつ確認しながら、箒の柄で突きの練習を続けた。
「よし……基礎剣術はチェック済み。コリシュマルドの扱いにも慣れた」
「応急手当――治癒魔法の使えない状況でも自力で傷を処理できる」
「サバイバル技術――単独行動時の生存率向上」
「ヘスペリアの生物・知覚種族の弱点知識……力勝負を避けるために必須だ」
ふと、彼はアウレリオ語の文法書に目をやる。千年前に滅んだ帝国の失われた言語――彼の誇りだ。
「……そして、アウレリオ語。これが僕の最大の強みかもしれない。知性しか取り柄がないなら、エルドールで誰も知らない古代語を極める。いつか役に立つ……たぶん。『成功者の指南書』には、変な趣味を持つべしって書いてあったし」
箒を置き、大切なコリシュマルドを手に取る。金貨2枚(ɖ2)を叩いて買った一品だ。
鞘から慎重に抜き、藁を詰めた袋に向かって突きの練習を始める。
「さて、本番だ。まずは――《明晰視》」
ロリアンが目を閉じ、集中する。両手の人差し指がマナの輝きを帯び、瞼に触れる――その瞬間、瞳がかすかな光に包まれた。
「《明晰視》……レベル1の初級魔法。使用者の視認能力を向上させ、遠距離や微小な対象を明晰に捉える……普通の人なら。僕の場合、たった10分間だけ常人並みの視力が得られるだけだ」
《明晰視》の効果で、ロリアンの視界がクリアになった。普段なら50cmまで近づかないと見えない袋の小さな的も、今は鮮明に見える。
「……よし!」
素早く剣を抜き、袋に描かれた8つの的のうち6つを正確に貫く。残り2つは2cmほどの誤差で外れた。
「命中率75%をキープできてる。日々の成果だ」
次の魔法に集中すると、体が一瞬、微かに輝いた。
「《内なる力》!」
再び剣を振るい、小屋の壁に何度も突きを放つ。木材に穴が開くほどの威力だ。
「《内なる力》……レベル1の身体強化魔法。10分間だけど、僕の力なら木材を貫けるレベルまで上がる」
最後に、小屋の屋根(高さ約2m)に登り、もう一つの魔法を発動。体が淡い光に包まれると、そのまま地面へ飛び降りた――光は衝撃と共に散った。
「《魔術の盾》……レベル1の防御魔法。物理ダメージを一部吸収するが、吸収量はたかが知れてる。油断は禁物だ」
夕暮れ時、汗だくで疲れ切ったロリアンは地面に寝転がった。彼の日課は――剣術の訓練1時間、魔法の修練1時間、そして残りの時間を書物での勉強に費やす。8歳で進路を決めて以来、毎日がこの繰り返しだった。
「僕は……もう……準備ができた。そろそろ……ギルドの試験を受けるときだ……」
エルドール冒険者ギルドの選抜試験――半年に一度のこの日を、ロリアンは5年間待ち続けていた。ついに、その時が迫っている。
この物語は、あるYouTuber「Souzones」さんの配信を観ていたことがきっかけで生まれました。
彼は、学生時代に憧れていたけれど遊べなかった「テーブルトークRPG(D&D)」を、大人になってからYouTubeチャンネルで仲間たちと一緒に実現しました。
毎週3〜5時間のセッションが配信されていて、シリーズのタイトルは「Império Caído(ポルトガル語で『堕ちた帝国』の意味)」です。
内容はシリアスながらも、彼のチャンネルらしく、仲間との面白いやり取りが満載でした。
それに影響を受けて、「自分なりのD&Dをやってみたい!」と思い、この『ドーン・オブ・チャンピオンズ』を書き始めました。
これはある意味、「一人で遊ぶD&D」、僕の想像力だけで展開するセッションです。
物語の雰囲気は少年漫画風で、ルールもかなりシンプルにしています。実は「D&D4D(Dungeons & Dragons For Dummies)」という簡易ルールブックまで自作して、物語の中の行動や選択にちょっとしたランダム性を加えています。
完全に自分の思い通りに物語を動かすのではなく、ちょっとした「運」も取り入れることで、より自由で予想外の展開が生まれたらいいなと思っています。
僕はブラジル出身で、今もブラジルに住んでいます。この作品は、日本の読者の皆さんにも読んでもらえるように、日本語に翻訳しました。そのため、登場人物のセリフに不自然な表現やミスがあるかもしれません。事前にお詫びしておきます。
実はまだ日本語は初心者レベルで、JLPTのN4の範囲を勉強しているところです。でも、少しでも読みやすく自然な日本語になるように、全力で翻訳しました。
もし文法の間違いやおかしな表現などに気づいたら、遠慮なくご指摘ください。僕はかつて漫画家を目指していましたが、絵のスキルがプロのレベルに遠く及ばず、夢を諦めました。
その分、小説では本気で「質の高い作品」を皆さんに届けたいと思っています。
時差の都合で返信が遅れることもあるかもしれませんが、できるだけコメントにはきちんとお返ししたいと思っています。
もしこの物語を楽しんでいただけたら、ぜひ続きを追いかけていただけると嬉しいです!