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3話 契約と焦燥

 薄暗い室内。

 窓の外に浮かぶ白銀の月が、冷たい光を僅かに投げかけている。その光の中で、瀬紀はゆっくりと瞼を持ち上げた。


『応えてはくれないか』


 彼の目の前には、金属で作られた銀色の古書が、意思を持つかのように宙を漂っていた。


 レガリア。

 それは瞑想のような精神を研ぎ澄ませての対話を通して、その力を得られるとされている。しかし、彼の問いかけに応える事なく、レガリアはその場で静かに漂うのみ。


『やり方に問題があるのか、それとも……いや、違うな』


 焦燥感が募り、集中できないのが原因だ。

 このまま続けても埒が明かないと判断をすると、彼は右手を広げる。そこには確かに存在しなかったはずの、一枚の黒いカードが現れていた。


 名はパーソナルカード。

 それは、デモンズ・ハートとなった者が、呼び出せるようになるできるアイテム。彼らの個人情報が記されている。


 カードには、瀬紀の名と共に、意味ありげな数字が散りばめられている。彼の視線は、その中の一つの数字に向けられていた。


『残り92日、か』


 レガリアを手に入れるまでに、想像以上の時間を費やしてしまった。

 このまま瞑想を続けるべきか?だが、刻々と迫る死の影が脳裏を掠め、集中など到底できるはずもない。


 再び重い瞼を閉じ、今度は内なる闇へと意識を沈めていく。

 否、答えは既に決まっている。これは、迫りくる寿命の終わりに抗うためのリスクを負う儀式に過ぎない。


「たかが92日。今更、この命を惜しむのもバカらしい」


 そう独りごち、瀬紀は静かに立ち上がると、身支度を始めた。


 レガリアは、契約を結んだだけでその真の力を発揮するわけではない。

 契約の後には、眠れる力を呼び覚ます必要がある。瞑想を通じた精神的な対話は、その手段の一つに過ぎない。そして、もう一つの方法――それは、生命の危機に瀕すること。


 ──死の淵を彷徨うほどの極限状態に身を置いた時、運が良ければ、レガリアはその沈黙を破り、囁きかけてくる──


 翌朝、瀬紀は陰鬱な空の下、ダンジョンの前に一人佇んでいた。


 ダンジョンの入り口。

 それは、歪んだ現実を切り取る額縁を連想させる枠だった。ここが地獄への入り口だ。


 流阿は固く目を閉じ再び開く。


 彼の見る世界の様相が一変した。

 周囲の時間は凍りつき、景色は油絵のように滲み歪んでいる。


 彼の身にも変化が起きていた。

 瀬紀の白目は不気味な暗黒に染まり、瞳孔は煮えたぎるような赤熱を帯びている。


 背中には、切り裂かれた夜の帳のような、片翼の黒い翼が顕現していた。

 それは、片翼の悪魔を彷彿とさせる異形だった。


 同時に、鈍い光沢を放つ銀色の液体が意思を持つかのように彼の肉体を這い上がり、全身を覆っていく。そして、全身が金属の殻に包まれた刹那、サイバーアーマーへと変化した。


 同時に、異様な空間が片翼と共に消え去る。


 これもまた、デモンズ・ハートに与えられた能力の一つだった。


 ダンジョンの前に一歩踏み出すと、瀬紀がパーソナルカードを掲げる。

 すると、彼の姿はまるで幻のように掻き消えた。


 次に彼が現れたのは、じめじめとした湿気が肌にまとわりつく。どうやら洞窟の中のようだ。


 光源は一切ない。

 しかしデモンズ・ハートと一体化したサイバーアーマーの高性能センサーが、周囲の状況を教えてくれている。


 先程の異形へと変貌し、身に纏ったサイバーアーマーは、単なる防具の枠を超える。

 それは、デモンズ・ハート達と完全に一つとなり。常人には扱いきれない無数の機能やセンサーですら、生来の能力のように操ることを可能とする。すなわち彼らは、最新の科学技術と一つとなった生体兵器と呼ぶべき存在と化すのだ。


「15階層か……」


 かつて、この階層より先に足を踏み入れることはできなかった。いや、限界を超えれば進めたかもしれないが、それは無意味な行為だ。


 デモンズ・ハートもモンスターも、それぞれ固有の理力と呼ばれる力を持つ。


 理力。


 それは、個々の存在が持つ法則であり、能力の根源となる。相手の理力に対抗し、上回ることができなければ、傷一つ与えることすら難しい。逆に、自身の理力が相手の攻撃を防ぐ限り、傷を負うことはない。


 また、理力を持つ者達は、地球の物理法則とは異なる法則の中で活動している。そのため、常識では考えられない速度で移動したり、魔法のような現象を引き起こしたりすることが可能となる。


 しかし、Noナンバーは、その理力そのものの力が弱い。それは、彼らがデモンズ・ハートとして目覚めた際に、特性を与えられなかったためである。


 特性がある者にとって、15階層など通過点に過ぎない。しかし瀬紀は、16階層以降に棲む魔物たちの理力に阻まれ傷一つ付けられなかった。


 瀬紀は無機質な光沢を放つ左腕を見下ろす。

 そこには、漆黒の刃、デッドリーブリンガーを収納した手甲が装着されている。それは、マキナと呼ばれる、デモンズ・ハートが持つ切り札の一つであり、それ自体が強力な理力を宿している。


 身につけようとも、所有者の理力を直接的に底上げするわけではないが、それでも格上の敵を倒すための切り札にはなり得た。


『それも、この階までだったがな』


 デッドリー・ブリンガーを駆使し、この階層のモンスターを、辛うじて葬ることはできた。しかし、それが瀬紀の限界だった。


 彼は岩肌に囲まれたダンジョンの天井を見上げていた。瀬紀が、生命を賭けるのは、この階層ではない。


 13階層。


 そこは、かろうじてデッドリー・ブリンガーを除く瀬紀の攻撃が通用する場所。


 だからこそ、ここが彼にとっての限界地点。生命の危機に瀕するには、最も都合が良い、彼にとっての地獄の入口であった。


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