7 春のカフェで――美咲と絵里の小さな約束
春の温もりがまだ肌に心地よい東京の午後、佐藤美咲は鈴木絵里のカフェで、小さな猫、ミミと遊んでいた。ミミは美咲の指先が動くたびに小さな体をくねらせ、狩りの訓練のように飛びついてくる。その純粋な動きが、美咲の心を少しずつ癒していた。
「美咲、お昼ごはん、そろそろ作ろうか?」絵里がキッチンから声をかける。彼女のカフェは小さいながらも温かみがあり、地元の人々に愛されていた。
「うん、手伝うね」と美咲はミミをそっと床に下ろし、絵里の隣に立った。二人は手際よく野菜とフルーツを切り始める。絵里が扱うナイフの動きは、まるでダンスのように流れる。
昼食の準備中、美咲はふと絵里を見た。彼女はいつも支えてくれる親友で、失恋の痛みから立ち直るのを手助けしてくれた。その親友が自分の夢を追いかけている姿は、美咲にも前向きな影響を与えていた。
テーブルに料理が並び、二人は向かい合って座った。美咲は絵里が気を使わないように、先にフォークを持ち、彼女の気配りを感じさせることなく食事を始めた。
「美咲、カフェのこと、ちょっと相談があるんだけど」と絵里が切り出した。彼女の表情には少し心配の色が見えた。カフェを開いてからの彼女の努力と、それに伴う不安が交錯する。
「何かあったの?」美咲は絵里の手を握り、励ますように微笑んだ。
「うん、実はね、最近、新しいコンペティションに応募してみたの。でも、そのリスクがちょっと怖くて…」絵里の声は少し震えていた。
食事を進めながら、美咲は静かに聞いていた。絵里の冗談を交えた話し方が、徐々に彼女の本来の明るさを取り戻していくのが感じられた。
「でもね、そんなこと言っても、やっぱり挑戦しないとね!」絵里が笑顔で言うと、美咲も力強く頷いた。彼女たちの間には、深い信頼と支え合う強い絆があった。
食後のひと時、美咲はふと、元彼・田中健のことを思い出した。彼との別れは突然で、心の準備ができていなかった。けれど絵里との今日の会話が、彼女に自分自身と向き合う勇気をもたらしていた。
「絵里、ありがとう。君がいるから、私も前に進める気がするよ」と美咲は心から感謝の言葉を述べた。
絵里は優しく微笑みながら、「いつだって、私たちはお互いの支えだよ」と答えた。