2 東京、涙のあとに――美咲の新たな旅立ち
東京の喧騒が溢れる街角で、美咲は新居となるはずだったアパートを後にした。春の陽気は心地よく、新緑の葉が光を浴びてキラキラと輝いている。しかし、その美しさが彼女の心には響かない。失恋という重たい荷物を背負っていたからだ。
「また東京か…」と美咲はぼんやりと思った。この街に来て数年、多くのことを経験したが、幸せという感情はいつも一時的なものだった。特に恋愛に関しては。
彼女の足取りは自然と、親友絵里が経営するカフェ「Sunny Spot」に向かっていた。そのドアを開けると、馴染みの香りが彼女を迎え入れた。
「美咲ちゃん、こんにちは!今日はいつもより早いね?」と絵里が明るく声をかけてきた。彼女の髪はいつものようにポニーテールで、その笑顔が店内を明るく照らしていた。
「うん、ちょっとね…」と美咲は苦笑いを浮かべながら席に着いた。「絵里、ちょっと相談があるんだけど、時間大丈夫?」
「もちろん!」と絵里が答え、注文を取りに来た山田太郎、絵里の夫も一緒に近づいてきた。「美咲ちゃん、何か飲む?僕たちの新しいブレンドコーヒー、試してみない?」
「あ、じゃあそれで。ありがとう、山田さん」と美咲は微笑みながら応じた。
しばらくして、絵里と山田が彼女のテーブルにコーヒーとサンドイッチを運んできた。食事が始まると、美咲は深呼吸を一つして、重い口を開いた。
「実はね、田中くんと…婚約破棄されちゃったの」
絵里と山田は一瞬で表情を曇らせた。「えっ、マジで?何があったの?」と絵里が急いで尋ねた。
「彼、新しい彼女ができたみたいで…。それで、もう私とは無理だって」と美咲は苦笑いを浮かべながら話した。
山田が眉をひそめながら言った。「それは厳しいね…。でも、美咲が悪いわけじゃないから、自分を責めないでね」
「うん、ありがとう」と美咲は感謝の意を示した。彼女の心は重かったが、友人たちの温かさが少し癒された。
「大丈夫、美咲。いつでもここに来て、何でも話して」と絵里が手を握り、励ました。この親友の存在が、美咲にとってどれほどの支えになっているか、彼女自身が一番よく知っていた。
「ねえ、この後、時間ある?もしよかったら、少し新しいプロジェクトの話を聞いてほしいんだ」と山田が提案した。彼はいつも美咲のクリエイティブな才能を高く評価しており、彼女の意見を求めていた。
「ええ、いいよ」と美咲は頷いた。新たな始まり、そして未来への希望について少しずつ考え始めることが、彼女にとっての次のステップだった。
美咲はカフェの小さなテーブルに座り、絵里と山田が向かい合って座るのを見ながら、心の中でほっと一息ついた。絵里の温かい手作りサンドイッチを前にして、美咲は田中との破談のショックを少しずつ消化していた。
「山田さん、家具の件ありがとう。でも、もう一度前の家に戻ることになるとは思わなかったわ。」
山田は頷きながら、慰めの言葉をかけた。「大丈夫、美咲さん。僕たちがいるからね。何か手伝えることがあればいつでも言ってください。」
絵里も同意するようにうなずき、美咲の手を優しく握った。「美咲、田中くんのことはショックだったと思うけど、これで新しい一歩を踏み出せるわよ。私たちがついてるから。」
美咲は微笑みを返しながらも、内心では田中が新しい恋人と幸せになることを願いつつ、自分も前に進むべきだと強く感じていた。サンドイッチを一口かじりながら、彼女は思い出した。
「絵里、山田さん、実は私、新しいプロジェクトについて考えているの。デザインの仕事をもっと自分のスタイルでやりたいって思ってて。」
山田が興味深そうに尋ねた。「へえ、それは面白そうだね。具体的にどんなプロジェクトなの?」
美咲は少し緊張しながらも、自分の夢を語り始めた。「実は、私、個人でフリーランスとして働きたいの。今までの経験を生かして、自分だけのデザインスタジオを持ちたいんだ。」
絵里は目を輝かせて応援の言葉を送った。「素晴らしいわ! 美咲がクリエイティブな才能を存分に発揮できる場所を作るのは、まさにピッタリだと思う。」
「ありがとう、絵里。それに、失恋を乗り越えて、新しい自分を見つけるのも大事だと思うの。」
その時、美咲の携帯電話が軽く振動し、新しいメッセージの通知が表示された。画面を見ると、田中からのメッセージだった。「美咲、話があるから会えないか?」
美咲は一瞬で心が乱れたが、すぐに自分を取り戻し、絵里と山田に笑顔で言った。「大丈夫。私、これからもっと強くなるから。田中くんとのことは、もう過去のこと。今は私の未来に集中するわ。」
絵里と山田は感動して、美咲を固く抱きしめた。外の通りは夜になり、東京の街灯がぼんやりと灯り始めていた。美咲はこの瞬間、自分の新しいスタートを心から感じていた。