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舩旅

作者: カケル

 船の旅。

 海外行きフェリーに乗って、俺は外の風を感じていた。

 海面に反射する太陽光、鼻をくすぐる潮の匂い、髪を噴き上げる冷たい海風——。

 人の多い場所は苦手なため、船尾方向の陰になるところに、天上からも見えない位置で黄昏ていた。

「んだよ、こんなところにいたのか」

「夏目」

 肩を組んでくる彼に、俺は反射的にその顔を見る。

「風邪ひくぞお前」

「着こんでるから平気だ、それにバカは風邪ひかないし……」

 上着のポケットに手を突っ込みながら船の手すりに肘をつく俺。

「暗いなあ光汰あ、お前名前負けしてんだよ」

 頭を指でつついてくる夏目。

「もっと人前に出りゃあ人気者に成れたかもしんねえのに」

「俺には似合わないよ」

「んだよ、卑屈だなあ。高校の演奏会、ぜってえ歌手に成れると思ったんだぜ?」

「それは嬉しいよ。でも、俺よりも凄い人なんていっぱいいるしさ」

「それを打ち負かしてこそだろ。情けないなあ」

「はは」

 乾いた笑みを浮かべて相槌を打つ。

「誤魔化すなよ」

「お前の説教はこりごりだって」

「それだったらお前の悟りにもこりごりだっての」

 諦め癖というか逃げ癖というか。

 俺はとにかく挑戦してこなかった。

 だからこそ努力をしてこなかった。

 結果がこれ。

 だから海を見ながら黄昏てる。

 いや、一応努力はした。

 そう、一応……。

 で、今ここに居る。

「今回は息抜きにせっかく来たんだ。韓国に行って、こうパーッとハッちゃけようぜ」

「そう……だな」

 曖昧に答えながら、俺は海を見た。

 俺の憂いに比べたら、目の前の光景は何と壮大なのだろう。

 自然のまま、自然そのものに、目をチカチカさせられる。

「なあ夏目」

「なんだ?」

「俺らってホント親友だなッ」

「だな。腐れ縁だよ」

 小学生から高校までずっと一緒で、こいつが俺をいつも引っ張っていた。

 大学の時に別れ、社会人になったときは同僚として再開した。

 あの時は多大に目をぱちくりさせて、指を差し合って驚いたっけ。

 その日の帰りに飲みに行ってさ。

「お前がいなきゃ、俺は今頃どうなってたことか」

「部屋の隅で丸くなってたんじゃねえの?」

「かもな」

 教育熱心な両親のもとで育った俺。

 元気いっぱいな両親のもとで育った夏目。

 何がどう転んで出会いに繋がったのか見当もつかない。

 まるで神様のいたずらだ。

「俺なんてほっといて別の奴と付き合うべきだった」

「んだよ、そんな寂しいこと言うなって」

 ワハハと俺の背中を叩く夏目。

「いや、付き合うべきだったよ」

「いっ……」

 上着のポケットから取り出したスタンガン。

 一瞬にして夏目の身体に電気が走り、彼はその場に倒れた。

「なん、で、光汰……」

 気絶した夏目。

 俺は彼の上着の内から、小さなナイフをスッと取り出した。

「さようなら……夏目」

 俺たちは金がなかった。

 奨学金、生活苦、低賃金——それに次ぐ借金。

 強盗先がまさかのヤクザとか笑えない。

 見つかった嬢ともみ合って殺してしまった俺たち。

 飛ぶしかなかった。

「……すまない……」

 夏目の身体を抱えて、手すりから押し上げて海へ。

 船から離れていく彼の身体。

 見えなくなるまで見ていた。

「いや……許さなくていい……」

 今の僕は暗い顔だろう。

 光汰って名前ほど、僕は何にも輝いてはいない。

 何も。

「…………」

 自分の部屋へと戻ろうとする。

 憂鬱だった。

 けれどその憂鬱はすぐに霧散する。

 ある声によって。

「なんだ、手間が省けたな」

 振り返ると、顔に傷の入った四十代の男が一人。

 いや、あの嬢の父親ッ。

「な、なんで――」

口元にハンカチを添えられた。

 意識が薄れる。

「本当は国内で殺して沈める予定だったが、少々泳がせてよかったな」

 足から力が抜けて崩れ落ちる。

「豆知識として、船は俺たちが危惧・重宝する移動手段でね」

 抱えられて、手すりに乗せられる。

「今回は後者だ」

 朦朧とする中で、身体が落ちた。

 浮遊感、そして重力。

 頭が上を向き、スローな景色で見た、こちらを見る彼の顔。

 爽やかに殺意と憎悪を膨らませた恐ろしい男の顔だった。

 遠のいていく間に思う。

 嗚呼、まだある意味楽だな、と。

 水とぶつかる音と感触。

 咄嗟で呑み込んだ海水に咳き込むも、余計に体内に流れ込んでくる。

 肺が痛い。頭が痛い。

 身体中からみるみる酸素が失われていき、冷水によって体温もまたそう。

 沈んで行く身体。

 海面が遠のいていくほど、自身が死に向かっていくのを冷静に考えた。

(地獄行きだあ。ははは、二人に殺されるかも)

 一人は殺した嬢、一人は親友。

 二人からボコボコにされる自分を想像して。

 笑えた。


 ————


「さっさと働け、このクズどもがッ!」

 前を歩かされる俺。

 隣に親友。

 後ろに嬢。

 お嬢の荷物を肩代わりして働く俺は、地獄で二人に再開して速攻でお嬢に蹴り殺された。同じく血みどろに沈んだ無惨な親友を見た時は笑ったものだ。

「ごめん……」

「なにが?」

 夏目が言う。

「お互い様だろ? 俺だって画策してたし」

「……」

 ナイフを思い出す。

「それでも俺ら、親友だろ?」

 そう訊いてくる大の親友に、俺は俯きながら笑った。

 救われた気がした。

「そうだな」

「男二人なにニヤついてんだキショイんだよッ!」

 地獄に居るほんの短期間で完璧なほどに剛脚になったお嬢の蹴りが俺たちのケツに食い込んだ。

「これもなんか悪くねえよな?」

 そう訊いてくる夏目に、俺は応えようもなく。

「キショイかも」

「なに!?」

「うっせえよッ!」

 首をへし折られて地面に転がる夏目。

 すぐに回復すると、お嬢に立たされていた。

「人を殺しておいて気持ちいいとはいい度胸じゃねえかッ!」

 男勝りなこのお嬢を俺たちで何故殺せたのか不思議でならない。

 まったりと頬を染める親友に、こうはなりたくないと心で叫んだ。


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