魔女の細胞
初めての任務終了から数日後、ディアンは施設内にある病院の一室の前にいた。
一面真っ白で汚れの一文字も存在しないその場所に踏み入ると、ベッドの近くに設置してある机に見舞いの果物詰め合わせを置く。
「今更テメェが来るなんてな。傷口抉りに来やがったのか?」
包帯グルグルの顔面から覗く目はディアンを睨み付ける。
素性は見えない。だが特徴的なトサカの様な緑髪が相手が誰であるかを嫌と言う程理解させる。
その相手とは戦闘試験でディアンと戦い、負傷したシュウだ。
加減はしたと言っても、止めとなった一撃は緩いものではない。
全治の程をディアンは知らないが、暫く入院生活が続く事だけは分かる威力だった。
「まだ入院していると聞いたから見舞いに来てやっただけだ」
「悪かったな。テメェら化物と違ってすぐには治らねぇんだよ」
シュウは奪い取る様にバスケットに入ったリンゴを取ると、そのまま齧りつく。
「せっかくランカーになれたってのによ。テメェのせいで台無しだ」
「ランカー? 何だそれは」
「戦闘能力上位者20人に与えられる称号だよ。漸くなれたと思った矢先にこの始末だ」
という事はシュウを倒した事により、上位20人の実力があると考えられるのか。
そんな事を思ったディアンだったが、それを察したのかシュウは釘を刺す様に言葉を続ける。
「言っておくが、ランカーにも順位がある。俺は最下位の20位。俺を倒して任務でも成果を残したからって調子乗るんじゃねぇぞ! テメェごときが簡単にランカーになれると思うな!」
「別に興味もないな」
ディアンは心底興味なさげに返すと、ずっと気になっていた事を問う。
「キサマは人間なのか?」
「あ?」
突拍子のない質問にシュウは思わず聞き返す。
「戦闘試験でのキサマの動き。あれは人間の域を越えていた。何をしたんだ」
あの時のシュウの動きはあまりにも人間離れしていた。
それでただの人間ですと言われても納得なんて出来ない。
そんなディアンの問い掛けにシュウは一瞬考え込む素振りをしてから答えた。
「戦闘職員はヨグドスと戦う為に体を改造してあるんだよ」
「人体実験か」
「人聞きの悪い事言うな。俺達は望んで受け入れている。魔女の細胞をな」
「魔女……?」
「そうだ。魔女の細胞を取り入れれば身体能力は何倍にも跳ね上がる。勿論誰でも出来る訳じゃないがな」
人間でありながらその領域を踏み越える手段。
だがそれは人である事を捨てる行為に等しい。
人間の尊厳を捨てて戦いに従事するか、ヨグドスの存在を知りながら、それを見えないふりして過ごすか。ここにいる者達は前者を選んだ者ばかりなのかもしれない。
そしてアリスも知ってか知らずか、その戦いに身を置こうとしている。
あの任務以降、ディアンとアリスはまともに口を利いていない。
アリスが戦闘員になりたいとまだ思っているのなら、もう一度話す必要がある。
「それだけ喋れるなら治りも早いだろ。邪魔したな」
ディアンは席を立つと病室を後にする。
そんな後ろ姿に憎たらしく舌打ちをするとシュウはリンゴを齧る。
「ぜってーこの借りは返してやる」
そしてシュウは芯だけになったリンゴをゴミ箱に向かって投げ捨てるのだった。




