溢れ出る想いと怒り
それから数日間、何もない日が続いた。ドヨグドスは現れず、シグマが仕掛けてくる様子もない。
勿論、警戒しているからだと言われればそうだ。
だが、アリス達の中でディアンだけは何故普段通りに過ごせているのか理解していた。
そしてその答えは向こうからやってくる。
「はーい」
インターホンが鳴り、アリスの母が玄関の扉を開けると、そこには白を基調とした黒のストライプが特徴的なスーツに身を包んだ男が二人並んでいた。
「あら。あれですよね。ナントカカントカ機関の
方々。あの節はありがとうございました」
「何だ? 顔見知りだったのか」
アリスの母が礼を伝えている様子に、奥にいたディアンが顔を覗かせる。
「そうなのよ。この前誘拐されたでしょ? 帰って来たら、同じ服を着た人達が警備してくれたのよ」
「そうだったのか」
ディアンは特殊生命体対策機関の職員に向き直すと、頭を下げ感謝を伝える。
「助かった。ありがとう」
勿論、全てが善意による行動とは限らない。
しかし、ディアン達が命を懸けている間、一家を守ってくれていたのは事実だ。
だからこそ、ディアンはその行動のみに焦点を当て、感謝を伝えた。
「それで今日は何の用だ?」
顔を上げるとディアンは聞く。
ディアン自身、分かってはいた。これまで接触がなかったにも関わらず訪問してきた意味を。
男性職員は答える為、口を開きかける。
しかしそれを遮る様に、もう一人、別の大柄な男が現れる。
ディアンにとっては見覚えのある顔。奇妙な能力を使う人間。ナガレとか言う人間だ。
「休暇は満喫したか?」
「お陰様でな。それで何をしに来た」
「分かってんだろ。聴取だよ。まぁそれともう一件」
「もう一件?」
アリスの友人が惨殺された事件とリーヴァントについての聴取。それは分かる。
だがもう一件とは何なのか。
ディアンはその場で問い掛けようとするが、間にアリスの母が割り込んでくる。
「まぁまぁ、こんな所で立ち話もなんだし、中へどうぞ」
「少し時間がかかりそうなので失礼させてもらってもよろしいですか。それと全員呼んでいただけるとありがたいのですが」
「はい。是非。皆も呼んできます」
そうしてディアン達は家の中へと移動していくのだった。
ディアン達が中に戻ると、様子を伺いに来たアリス達がちょうど合流する。
「あっ。あの時の……。こんにちは」
「こんにちは。アリスちゃんだったか。この前はすまなかったな。もう大丈夫か?」
アリスの頭上に疑問符が浮かぶ。
謝られる様な事が思い当たらなかったから。
しかしまぁ、返事をしないのもダメだろうと考え、アリスは「大丈夫です。ありがとうございます」と返しておく。
そしてそのまま皆で客間に着くと、ソファーに座るナガレとその背後に立つ側近?という構図が出来上がる。
「お二人は座らないんですか?」
「はい。お気になさらず」
側近?と思われる男がアリスの父の言葉をきっぱりと断ると、父も黙り込んでしまい、何故だか気まずい空気が流れる。
そんな空気を変えるかの様にナガレは立ち上がった。
そして対面に座るアリスとディアン、そして周囲に座るユウト達を見ると、その場に膝を付き、額が床に触れる程、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。我々がもっと気付いていれば、アリスくんのご友人が亡くなる事はなかった。リーヴァントの件も、手を打つのが遅いばかりに皆様に多大なる危険を招く事態となってしまいました。全ては我々の不徳の致すところ。謝罪だけで済む様な話ではないのは承知しております。許してほしい等とも思っておりません。ですが、この場をお借りして謝罪だけでもさせていただきたかった」
産まれて始めて見る大人の土下座にアリスは困惑した。
そして同時に、奥底にねじ込んでいた思いが溢れ出てきた。
「何で……何で謝るんですか。あれはあなた達のせいじゃないのに……。謝られたら……あなた達を恨んでしまうじゃないですか……! あなた達のせいでナツキは死んだんだって思ってしまうじゃないですか……ッ!」
涙が溢れてくる。想いが止まらない。
怒りが、恨みが、体の中に渦巻いていく。
漸く受け入れられそうだったのに。前を向いて歩き始められたのに、振り出しに戻された。
自分でも無茶苦茶だって事くらい分かっている。
だけどどうしようもないんだ。決壊したダムは簡単には止まらない。
「小娘……」
「ごめん。部屋行くね……」
涙を拭いながら、アリスは駆ける様に部屋に戻って行く。
そんな様子にディアンは血相を変えて、ナガレの胸ぐらを掴みに掛かる。
「何で話した。アイツは必死に乗り越えようとしていたんだ。キサマはそれを邪魔したんだぞ! キサマらは警察みたいなものだろう! 話す内容の分別もつかんのか!」
ナガレは黙ったまま動かなかった。
返す言葉もなかった。
ナガレの中でアリスは心の強い少女という認識だった。
吸血鬼と行動を共にし、苦難を容易く乗り越えられる少女。そう思っていた。
感覚が麻痺していたのだ。
組織の中にはアリスとたいして歳の変わらない職員もいる。
だから、特別な状況に置かれているアリスも同様だと思い込んでいた。
「すまない」そうナガレが口にすると、ディアンの拳がナガレの顔面に見舞われ、ナガレは吹き飛ばされる。
「帰れ! 二度とこの家に来るな!」
「「キサマ!」」
ディアンの衝撃の行動に側近?の二人は隠し持っていた拳銃をディアンに向ける。
しかし、「やめろ」とナガレは二人を抑え、立ち上がる。
「承知した。今後、訪問はしない。だが警護はさせてくれ。またリーヴァントが仕掛けてくるとも限らない」
ナガレは袖口で口に付いた血を拭うと、胸ポケットから名刺を取り出し、ディアンに差し出す。
「今日の本題について、改めて話をしたい。いつでもいい。連絡してくれ」
ディアンは無言で奪い取る様に受け取る。
「皆さん。御迷惑をお掛けした」
ナガレは一礼すると、そのまま帰ろうとする。
アリスの父が救急箱を持ってくるが丁重に断り、そのまま玄関へと向かって行った。
「すみません。とんでもない事を……!」
「いえ。全ての責任は私にあります。あまりに思慮に欠けた行動でした。アリスさんには辛い事を思い出させてしまった」
ナガレは今一度頭を下げると、アリスの母にも名刺を渡す。
「何か普段とは違う事があればご連絡下さい。些細な事でも」
「ありがとうございます」
そうしてナガレ達、特殊生命体対策機関の職員は去って行ったのだった。




