凍てつく覚悟②
「自身の力を過信した結果、何も出来ずに倒れている。条件が違えばワタシがそうなっていたでしょう。けど今立っているのはワタシ」
エルコは踵を返すとそのまま去っていくが、不意に足を止める。
そして振り向くと、エルドラ達を指差す。
「あなた達、二人を始末しなさい。子どもは先に殺る事。分かった?」
「「はい!姉御!」」
屈強な男二人は何を持たず、エルドラとリンに歩み寄っていく。
その剛腕で仕留めるつもりだ。
「冷えるな」
「あの女の能力のせいだろ」
一歩一歩近付いて行く。
命の危機が迫っている。しかしエルドラとリンは動く気配がない。
そうして、片方の男がエルドラの隣を通り過ぎて行こうとした次の瞬間―――
その男の足首を眠っていた筈のエルドラが掴んだ。
「うお!」
思わず声をあげる男。
しかしそれは掴まれた事に対してではない。
それは異常なまでの冷気に触れたからだ。
「どこ行こうとしとんのや?」
掴まれた箇所は瞬く間に凍り付く。
それは冷たさが痛みに変わる隙すら与えぬ極寒。
内部まで凍結した足首をエルドラは握り潰すと体を起こし、男の頭蓋を地面に叩き付けて砕け散らす。
刹那の出来事。男は何が起きたかも分からず死んでいっただろう。
ゆっくりと離される頭蓋と拳の間には、凍り付き剥がれ落ちた血が花弁の様に舞う。
「お前ら、覚悟は出来とんやろな」
「ひ!ひいぃぃぃ!!」
仲間の死に、片割れの男はエルコの元へと逃げ帰ろうとする。
しかしエルドラは逃がさない。
一跳びで追い付くと着地の勢いを利用して、男の頭蓋を掴み、大地へと叩き付けた。
「……何で動けるのよ……」
目の前で起きた光景に衝撃を隠せずエルコは愕然とする。
「ワ……ワタシの力に逆らえる筈なんてない!睡眠は生物の本能!切り離せないものなのよ!?」
自身の能力には絶対の自負があった。
三大欲求の一つを支配する力。
一度鱗粉を吸い込めば逃れる術はない。
なのに目の前の吸血鬼は覚醒し、あまつさえ何事もないかの様に動いている。
「一体何をしたの!言いなさい!」
「本能や言うなら、それを断ち切ればええ。それだけや」
エルコの問いにエルドラは静かに答える。
「バカ言わないで!生物である限り睡眠欲からは逃れられないでしょ!」
しかし答えが返ってきたからと言って納得なんて出来る筈がない。
エルコは脳をフル稼働させる。
何をどうしたら鱗粉の効果をかき消せるのか。
確実に鱗粉は吸っていた。
だとすれば効果を消したのは倒れた後。
しかし何かしている様子はなかった。
微動だにすらしていなかった。
「一体……、一体何をしたっていうの……」
倒れてからの行動と言えば、側近二人を瞬殺した事くらい。
ならばそこにヒントがある筈だが……。
「……まさか」
とてつもない仮説がエルコの脳裏に浮かぶ。
そしてそれと同時にエルドラの手刀がエルコの胸を貫く。
「ガフッ……。まさか、自分を殺したって言うの……」
「せや。睡眠欲を刺激されるのは生きとるから。ならその活動を止めればええ。ウチは自分の体を極限まで冷やして生命活動を止めたんや」
あまりにも無謀。あまりにも愚か。
氷結の使い手と言えど一歩間違えれば自滅する極限の綱渡り。
そもそも出来るかどうかも分からない。
だがそれしか手はなかった。
自身の慢心が招いた窮地。
ここで死んだら悔やんでも悔やみきれない。
何もやらず死ぬくらいなら賭けに出る。
その結果、エルドラは賭けに勝った。
賭けだけでなく戦闘にも。
「でも……あなたもあの子も生きている……。……ワタシの完全……敗北ね……」
凍結による止血と吸血鬼故の生命力でかろうじて生きていたが、エルコの目から生気が失せていく。
『シグマ、ごめんなさい。先に行くわ。ワタシもあなたと一緒に世界を見てみたかった……』
日に当たってエルコは消えていく。
エルコはエルドラを恨んではいなかった。
ただ心にあるのはシグマと共に吸血鬼の世界を造り見れない事。
何がエルコを突き動かしていたのか、リーヴァントとして活動させていたのか。
灰となり、塵と成り行く今では分からない。
エルコの魂は冷えたそよ風と共に大地に消えていくのだった。




