3.葵は公彦を助ける
葵は今日も快適なカフェテラスで自習をしている。
麗らかな陽の光がガラス窓から差し込んでいた。
造園からは薔薇の香りがこちらまで漂い、青地に金の装飾がほどこされた高級カップに注がれた紅茶の香りと見事に調和していた。飛んでいる虫といえば蝶くらいなもので、人は今日も葵だけだった。
英文の翻訳が一区切りするとペンを置いた。
―――自習は確かに捗るけど、3年間ずっとこれが続いたらさすがにヤバくない?
未だに生徒とは一言も喋っていない。学園ではコネクション作りが大事だと聞いていたが、このままでは自分にはバラ色の未来は訪れないんじゃないか···
そんな事を思っていると通知音が鳴った、見てみると聖麟会からの告知メッセージが入っていた。
春の全員参加プロム大会
新入生には学園AIによるステータス測定があります
なお社交クラス分けはオーラによって行います
以上
―――プロムって要はパーティだよね今回は全員参加なんだ、しかもステータス測定って···私絶対低いじゃん、ていうか着ていく服なんて無いし!
じばらくメッセージ文を見て固まっていたが、葵は面倒くさくなって考えるのを止めてしまった。
時計をチラリと見るともう午後7時を回っていた。
「今日はかなり勉強したなぁ」
そんな独り言を発しながら帰り支度を始めた。
✶✶✶
「あ、もうここまででいいです」
葵は運転手にそう告げるとハイヤーを降りた。
夜ももう遅かったので迷ったが、今日もペットショップまでカエルを少しだけ見に行く事にした。
アマガエルを5分ほど愛でるとショップを出た、ここから家までは数分の距離だった。
―――はぁ今日は疲れたな、早く帰ってご飯食べてお風呂に入ったらすぐに寝よう
葵が家路を急いで歩いていたその時だった、背後から緑色の影が近寄って来ていた。
「ア、アノォ···スミマセン」
葵が振り返るとそこにはボロボロの公彦がいた。
「うわっ!!!」
「ア、変態デハアリマセン···モシ宜シケレバ食ベ物ヲ恵ンデ貰エマセンカ···」
自信を失った公彦はこの時にはもう試練を諦め、食べ物を恵んでもらいその日をしのぐ事を目的にしていた。
葵は初め驚いたが電柱の明かりの下に現れたツヤツヤの人型カエルを見てかわいいと思ってしまった。
―――カエルじゃん···!!
「ア、アノォ食ベ物ヲ···」
「う、うん、いいよ何が食べたいの?」
「エェッ····恵ンデ下サルノデスカ!!? カエル踊リトカ、オ恵ミノ土下座トカシナクテモ···?」
「そんなことしなくて大丈夫だよ、何が欲しいの?」
カエルは呆けたアホ顔を一瞬した後、目に大粒の涙をたたえ始めた。
「ど、どうしたの···!?」
「メ、女神様ァアア···ドウカ、オ名前ダケデモオ聞キシテヨロシイデショウカ」
「葵だけど」
「葵女神サマァ、コノ御恩ハ一生忘レマセン···」
「ううん、いいんだよ」
カエルは涙を手で拭うと、途端に指をモジモジさせながら細めた目で葵に質問をした。
「ア、アノォ、チナミニ虫トカハダメデ、デキレバ人間ノ皆様ト同ジ食べ物ヲ頂キタイノデスガ···ソレハ···大丈夫デショウカ···?」
「そうなんだ、じゃあコンビニに行こ」
カエルは驚くほどのアヘ顔をしてまた一瞬固まってしまった。
「ど、どうしたの!?」
「ァア葵女神サマァアア···!!!」
「それはやめて」
「ア、ハイ···」
カエルが真顔に戻った時、路地の向こう側で若い男達の駆け回る足音が鳴り響いて来た。
それを聞くとカエルはワナワナと震え始めた。
「―――おい、こちらには居なかったぞ」
「―――こっちもだ」
「―――あっちの方はまだだ、ん? 人影が見えるぞ、女性じゃないか? 至急、保護するぞ」
カエルは即座に電柱の後ろに隠れた。
するとすぐに葵の元には黒スーツを着込んだ数名の男達が駆け寄ってきた。
「この辺りは女性が一人でうろつくには危険です、カエルのマスクを被った変態が毎夜徘徊しているようで、どうぞ我々がご自宅までお送りしましょう」
ハーフアップバングの短い青髪に群青の瞳は真っ直ぐに葵を見据えていた。背はとても高く細身だがスーツから見えていた手と首筋はがっしりとしていた。
「ん···? それは煌学園の制服では···? うちでその制服を着ているのは特待の一年生だけだと聞いたが···では君は俺と同級生という事か」
「え? あ、はい、一年の望月葵です」
「そうか君が噂の特待生か、俺は源青だ」
葵は目を丸くした。




