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第6話「真夜中のタバ交換会」

リビングに母親一人、テレビを見ながらジャスミンティを飲んでいた。

足音に気付き、振り返ることはなくそのまま私に声を掛ける。

「おかえり。」

「... た、ただいま。」

「合鍵の場所、教えてたっけ。」

「...遅くなってごめんなさい。」

「どこにいってたの?」


ゆっくりと握っていたタバコを見せる。


「あんた、それどこで買ってきたの?」

「お母さん...一緒に吸お?」

「はぁ....誰に似たんだが。」

「ねぇ、お願い。」

「お手手、洗ってきなさい。」

「....はーい!!!」


私は嬉しそうに返事をした。

それは母親が灰皿を用意し始めたからだ。


カチッと音と一緒に橙の炎が暗いリビングを照らす。

「娘とタバコなんて変な気分だわ。」

「...私も。」

「どこで覚えたの?」

「いつも夜タバコの匂いがするから。」

「...え?起きてたの?」

「寝付けなくて。」

「だから昼夜逆転してるのか....ごめんなさいね。」

「ううん。学校もないし別にいいの。」

「...そっか。あなたは....」

「もう”あなた”呼びやめてよ。」

「だって....」

「私はもうお母さんの旧姓を名前に当てたこと、気にしてない。」

「でも.....」

「お父さんいなくなって姓は変わったけど、漢字は違うし。」

「明美乃.....。でもやっぱ変な気分だわ。」

「お母さんがつけた名前でしょ?」

「これはお父さんが考えたの。結婚して苗字が変わっても娘を旧姓の名前にしてしまえば旧姓で呼べなくなった一抹の寂しさがなくなるって。」

「なによそれ。なんか聞きたくなかった〜」

「ふふ、でも漢字はアタシが考えたのよ。」

「そうだったんだ。」

「ってか聞きなくなった〜って聞いたのあなたよ」

「もー!名前呼びでいいのに。」

「癖みたい、次第に慣れさせるわね。明美乃。」

「うん!」


私がいない両親の話を聞くたびに自分が生まれてこなければよかったのじゃないかと反芻する。

離婚した理由は正直知らないし、知りたくもないけれど。

恋人の延長線で責任の伴う家族になる。

よく恋人ができるより、付き合う前の付き合うか付き合わないか分からない関係の方が好きという話を聞いたことがある。

家族もそうなのだろうか、そんなことは決して聞けないけど。

ただ私は自分のことを恵まれない家庭だと思ったことはない。

けど、しばしば公園の子どもの声を聞いたり、学校帰りの高校生を見るたびに悲しくなる。

あんなアニメでしかみたことないキラキラな人たちがいるんだって羨ましくなる。

「いつかああなれたら」「将来」なんて言葉は気付いたときには過ぎた話になっていた。

みんなは誕生日、家族に祝われるのかな。


「....明美乃?何か考えごと?」

「ううん、お母さんの吸ってるタバコなに?」

「ん?SevenStarだよ。ちょっとパッケージ似てるもんね。」

「味違うの?」

「試してみる?」


私はお母さんからタバコをもらい、私もタバコをあげて吸った。

スゥー...ゴホゴホ


「ふふ、まだ吸い立てなのね」

「うるさい!」

「ふふ、かわいいね。」

「....」

「もう一本あげる、その代わりに明美乃の1本ちょうだい!」

「...うん?」

「タバコの味が分かるようになったら吸ってちょうだい」

「え?...なんで」

「アタシのお気に入りだから。」


そう言って私たちはタバコを交換した。

私は一つだけ口先の違うタバコを見つめた。


「ところで今日本当に1人でタバコ買ってきてたの?」

「いや...あの....うん。」

「よかった、また深澤くんと会ってたんじゃないかって不安だったの。」

「そう...だったの?」

「そりゃそうよ、奥さんともあれから連絡取ってないし。また犯罪してるんじゃないかって。」

「あれは犯罪じゃないよ....お母さんも今日は男の人と会食はしなかったの?」

「したわ、でも途中でバイバイしたわ。」

「なんで?」

「そういう日もある、今日はあなたがいなくて心配だったから。」

「...ごめんなさい。」

「いいえ、私が携帯を持たせてないのが悪かったわ。」

「そんなことない!」

「携帯、持つならiPhoneがいい?」

「え!スマホ買ってくれるの?」

「明美乃ももう来年卒業の年だし、持っててもいいかなって。」

「やったー!!!!」


嬉しかった。

でもそれは自分のスマホが手に入るという嬉しさではなく、

私のことを想ってお母さんが買ってくれるというその事実が、である。


「....そういえば話変わるんだけどさ。前にもらったガラス細工、気に入らなかった?」

「なんで?」

「どこにも飾ってないから」

「埃がつかないように締まってるの」

「そうなの?ならいいんだけど」

「どうして?覚えてたの?」

「そりゃ娘とお揃いのものだからね、アタシにとっては貴重なのよ。」

「貴重なものが貰い物でいいの?」

「ガラス細工なんて滅多に買う機会ないし、貰い物でもいいのよ。大事なのは”お揃い”ってとこ。」

「...そっか。」

「あ、1個豆知識披露していいかしら?」

「いいよ、なに?」

「ガラスって固体でも液体でもないらしいわよ。」

「えっそうなの!?」

「アモルファス構造って呼ぶらしいわ。」

「へぇ〜かわいい名前。」

「かわいいわよね。だからあのガラス細工もアモルファス構造の細工なのよ。」

「ちょっとなんか可愛くないかも笑」

「ふふ、確かにかわいくはないわね笑」

「アモルファス...」

「気に入ったかしら?」

「気に入った」

「ふふ、よかったわ。明日、携帯見に行く?」

「いく!」

「じゃ今日はもうお風呂入ってねんねしなきゃね。」

「わかった!」

「お腹は空いてる?」

「かなり...」

「じゃ何か作ってるわ。」

「やったー!」

「じゃ明日は早起きしましょうね。」

「うん!」


私は幸せなひと時を過ごした。

タバコは幸せを運ぶ魔法のステッキだ。

まだタバコは吸えないし、味も分からないけど。

いつかお母さんの吸っているタバコを美味しいと思ってみたい。

そう新しい憧れを抱え、私は鈴虫の羽音を子守唄に眠った。

次回、「網野明美乃編」完結!

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