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第4話 「魔法のステッキ」

スゥーフゥー

たばこを吹かすもる姉。

1度深呼吸をして、ため息をつく。

もう一度たばこを吸う。

ゲホゲホ…あぁ…はぁ…。

大きなため息をつき、たばこケースに入った一つだけ口先の違うたばこを見つめる。


私にとっての子守唄はいつも知らない男と母の喘ぎ声だった。


「娘さん…起きない?」

「大丈夫よ。アタシに似て寝付きがいいの。」


早くに父と離婚した母はすぐに姓を戻し、

昼職の疲れを毎日違う顔立ちの良い男で埋めていた。

もう本当の父親の優しさや温もりまでの思い出はとうの昔に忘れてしまった。

ただ顔だけは毎日違う男から漂う母の好みによりそれとなく覚えていた。


そしてタバコの匂いがしたら、それはそろそろ男が帰宅するサイン。

帰宅すると私が寝ているか確認しにくるので、

そこで私は1度寝たフリをする。

そして母親のシャワーの音でまた目が覚める。

そんな毎日の繰り返しだ。


翌日。

仕事から帰ってくると母は大急ぎでシャワーを浴び、化粧をして服を着替える。

これはいつもの日課である。

私は通信制の高校でほとんど学校に行っていなかったため、一般的な夕日が私にとっての朝日だった。


「起きた?冷蔵庫にあるもの勝手にチンして食べてね。」

「…うん。」

「今日も夜遅くなるから先に寝ててね。」

「わかった。」

「お母さん……」

「なに?」

「……ご飯を…いつも作ってくれてありがと。」

「なによ、ほんと。可愛いわね!」


お母さんは私の頭を撫でてそのままギュッと抱きしめる。

その温もりは布団よりも暖かく、嬉しかった。

ただ本当は「ご飯を一緒に食べたい」と言いたかった。

いつも私は直前でわがままだと思い留まる。

可愛いと褒められた弾みでつい承認欲求が芽生え重ねて質問する。


「…お母さんは私のこと好き?」

「なぁに?もちろんよ、愛してるわ。私が産んだ一人娘なんだから!」

「…私も愛してるよ、お母さん。」

「いつも相手してやれなくてごめんね。」

「大丈夫、気をつけて行ってきてね。」

「ありがとね。」


そう言って母親はメイクの続きを施し、家を出る。

褒められることは嬉しいけど、愛情表現は全く嬉しくもなんともない。

毎日コロコロと変わる知らない男に同じ言葉を向けるから。

その言葉に重みを感じていなかった。

でもどうしてだろうか。

その言葉に少しだけ期待してしまう。


さらに翌日。

いつもなら支度をし始める時間の母がテレビを見ていた。

ただ仕切りにずっとスマホの電源を付けたり切ったりを繰り返していた。


「…お母さんご飯は?」

「あぁ、お腹すいたの?なにか作ろうか?」

「今日はお出かけしないの?」

「多分しないわ。」

「え!じゃ今日は一緒に食べれる?」

「えぇ、そうね。そのときは料理作るの手伝ってくれる?」

「うん!」

「今日は何ご飯にしようかしら。」


プルルルル

電話が鳴り、即座に母親は電話を取る。

「もー、今日連絡来ないかと思ったー!」

少し口調が代わり私は見たことがない駄々を捏ねる母親を見て少し興ざめた。

母親は電話を切り慌てて準備を始める。


「ねぇ、お母さん。」

「あら、ごめんなさい予定が入っちゃった。…これで…。」


財布から5000円を取りだし私に渡す。


「お釣りはいらないから好きなものでも食べてちょうだい。」

「…うん!ありがとう。今日もお見合い?」

「そうよ。あなたも早く新しいお父さんほしいでしょ。」

「…」

「あなたのためなのよ?豪勢なご飯食べたいでしょ?」

「でもまた1人で食べなきゃいけないの?」

「お父さんが出来たらそこから毎日一緒に食べれるわ。」

「…ほんと?」

「ええ、ほんと。じゃ行ってくるわね。」

「…うん!行ってらっしゃい。」


今日だけはお見合いになんて言って欲しくなかった。

もう「一緒にご飯を食べたい」なんて贅沢は言わないから、せめて「お誕生日おめでとう」ぐらいは言って欲しかった。


母親の言葉はやっぱ嘘だった。

私に対する言葉はいつも台本通りで面白みがない。

考えれば私は母親の泣き顔どころか怒ってるところすら見たことがない。


ただ私は本心で話す瞬間を知っている。

それは母親が見知らぬ男とタバコを吸う瞬間。

私はあの時間が好きだ。

部屋越しに僅かに聞こえてくる母親の落ち着いた声は私に見せたことのない別人のように大人びている。


そんな魔法のステッキのようなタバコに少し憧れを持ち始めていた。

私もタバコを吸えば母親は私に本音を向けてくれるのだろうか。

そんなふとした好奇心が芽生えると、私は動かずにはいられないタイプなのだ。

今日だ、今日。今日実行しよう。


…いや待て、なんて言えばいい?

私はタバコを吸っている時間は寝てると思われてるし…

急にタバコが吸いたくなった!なんて言ったら心配されちゃうだろうし…

きっと私にバレないと思ってキッチンの棚に隠してるあのタバコを勝手に取ったら怒られるだろうし…


…あれしかない。

でも久しぶりに連絡するなぁ…。


私は恐る恐る電話をかける。

「…なんだ?久々じゃねえか。」

「…ねぇ、深澤くん。」

「おいおい、呼び名に距離感あんな。幼馴染だろ?」

「…じゃあなんて呼べばいいの。」

「…そうだな、名前呼びは面白みねぇしな…。《あるじぃ》なんてどうだ?」

「あーるじぃ…?」

「あぁ、最近絡んでる面白ぇ奴らからそう呼ばれてんのさ。…で、なんで電話かけてきた?」

「タバコ吸いたいの、教えて。」

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