第3話「関明依子」
あいの過去!!
私のママは物心がついたその日に出て行った。
いや、ママが出て行ったから物心がついたのかな。
両親はよく私が寝た後に喧嘩をしていた。
私は難しい言葉をよく知らないけれど、
パパはよくママのことをいじめていた。
襖越しに聞く2人の会話は笑い声も聞こえるけど、
あまり聞いていて気持ちの良いものではなかった
勝手に盗み聞きしてるのは私だけどね。
微かに聞こえるママの声。
今日は私の話をしてるみたい。
「ねぇ、やっぱ”明依子”って名前可哀想だよ。」
「あ?いいじゃねぇか。皇族と同じ名前なんてご苦労様だろ。」
「それはあんたが皇族の名前を呼び捨てしたいからって…」
「俺はAV女優の名前にしたかったっつったんだ。皇族って言い出したのはお前だろ。」
「それはふざけすぎよ。まずあの漢字から納得言ってないわ!」
「そりゃ名前は4文字が相場だろ。苗字が1文字だから名前は漢字3文字にしようってなったじゃねぇか。」
「いつの時代の価値観で止まってんの?」
「関家の冒涜か?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて….こういうのってそれぞれ漢字に意味とか込めるとかしないの?」
「ははっ、したじゃねぇか。『明依子』の『明』は『明日香キララ』の『明』ってな(笑)」
「…だから!!それがふざけてるって言ってるの!!なんで真剣に考えないの。」
「あ?しらねぇよ。まずなんで他所の子の名前、真剣に考えなきゃならねぇんだよ。」
「よその子ってなによ!私が産んだのよ。」
「俺の子じゃねぇっつってんだ!!!」
「夫婦でしょ?なんで他人事なの!」
「お前が不倫したからだろ」
「その話はもう解決したじゃないの!....痛っ…熱……」
吸っていたタバコをママに擦り付ける
「出産費返せよ。養育費も保険料もっ!!」
このままだとママが死んじゃう気がした。
私はキッチンのコップを落とした。
パリンっ!!
これは「ポルターガイスト作戦」。
最近テレビで見たポルターガイスト現象を真似して、
この家に幽霊がいると思わせて喧嘩どころじゃなくなる作戦!
「明依子…..起きてたのか。」
…..失敗した。
「寝てなさい。」
腕を隠すママが私の肩を掴み視線で訴える。
「ママ、死んじゃう。」
「見てんじゃねぇぞ。」
パパは当たると痛そうなものを両手で持ち、
こちらに振りかざす。
「痛っ…!!」
「ママ…」
ママは両手で私を覆い隠し、
ママの背中が鈍い音を鳴らす。
「私が悪いの?私が生まれてきたから?」
パパはくしゃっと笑った。
「そうだよ。悪いコウノトリが運んできたからな。」
「じゃ私がいなくなればママをいじめない?」
ママは私を抱きしめクスクスと泣き出した。
「ごめんね…ごめんね。そんなことないからね。」
「生まれてきてごめんね、ママ。」
ママはさらにしゃっくりと絡めて泣きじゃくる。
「まだ5歳…5歳になったばかりの娘に….『生まれてきてごめんなさい』なんて。そんな純真な心で言わないで。」
私はママの言葉の意味をよく理解せずにぼーっとする。
でも怒られている気がする。
「…ごめんなさい、ママ。」
「大好きだよ。あい。大好きだからね。」
泣きながら震えた両腕で私を包み込むママ。
幼なげな泣き方からもまるでママが子供に戻ったみたいだった。
大人も少し前までは子供だったのか、と気づいた。
「おい、明依子。今決めろ。」
「…?」
「お母さんとお父さん。どっちについて行きたい?」
「…え?」
私はその瞬間、自分のことが嫌いになった。
きっとパパについていかないとママみたいにいじめられる。
それだけが怖く、私は喉を詰まらせながら必死に声を出した。
「パパ…。私…..パパについていく。」
父親は私の頭を撫でて自分の部屋に戻った。
そのとき目を丸くしたママの顔を今でもたまに夢で見る。
きっと、私はママに似ている。
断ったら痛めつけられる、間違えたら怒られる。
そんな思考が私を作った。
後先考えず今生き延びることだけを考える。
その思考が”物心”ついた瞬間だった。
翌朝になるといつもと変わらない透き通った空に、
風が私の髪を揶揄い揺すり起こす。
目が覚めるとママはもういなくなっていた。
枕元に置かれた手紙と化粧品が最後のサンタからのプレゼントだった。
私が生まれてきたからこんな環境になった。
襖越しの会話からそんなことをたまに思い1人悲しくなって泣いていることもあった。
でも…
「ごめんね…ごめんね。そんなことないからね。」
そのママの一言に少しだけ助けられた気がした。
胸を張って”大好き”と私を守ってくれてありがとう。
私もママのこと大好きだよ。
私には家族なんてものは一生まとわりつく不幸だと思っていた。
でも今はそんなことがないと心から思える。
私は今、こうして家族がここにあるから。
だから、毎日楽しいの。
親のエゴ付けられた「明依子」、そこに”愛”はなくとって付けられた”あい”だと知って。