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プロローグ『アレルギー③〈小夜曲〉』

『ファミグル(本編)』に繋がる前日譚短編小説

ちらほらと窺える満開とまではいかない桜の木々が風に揶揄(からか)われている。

ここ連日まともに寝れていなかった所為か気づいたら寝落ちていた日の朝は心地よく、少し体が軽くなった気がする。

早速小夜に連絡をした。

既読は5分もしないうちに付き、30分後にはもう会うことになった。

身支度を整え忘れ物がないかを確認し、小さなノートとペンを胸ポケットに入れて家を出た。


そういえば小夜はいつ寝ていつ起きているのだろうか。

ふとそんなことを考えながら比呉湊(ひぐれみなと)公園へ向かう。

まだ小夜の姿は見えなかった。

「おっはよー!」

小夜は後ろから矢代の肩をポンと叩く。

いつもよりも荷物の軽く化粧が濃い小夜。

少しだけ雰囲気が違って見えた。

「お、おはよう。」

「もー!朝から固いな〜」

「まだ出会ってから3日目なので…」

「もう3回も遊んでるんだね。あ!そうそう!忘れないうちに。」

小夜は手に握っていたカギを渡した。

「なんですか…?」

「そこの八王子駅のロッカーの鍵!3回記念のプレゼントだよ。」

「キリ悪くないですか?」

「いーのー!今日あげたい気分なの!」

「あ、ありがとうございます。」

「中身はおうち帰ってから見てね。」

「わ、わかりました。」

「それで!今日の大本命!」

「持ってきました。」

カバンから原稿用紙を取り出す。

「わ!ちゃんと原稿用紙に書いてる!入稿前の原画触ってるみたい!」

「まぁ、入稿前の原画ではありますね…」

「読ませてもらいます!」

ベンチに座り静かに読む小夜。

少し緊張が走るもワクワクした。

1行1行目を追うように読む。

そんな真剣に読んでくれる小夜を傍目に僕は小夜の目を見つめていた。

「え!死んじゃうの。推してたのに〜」

「推し作るの早すぎます」

「この子って誰にも見つからないの?」

「そうですね…」

「え!かわいそう」

「モチーフが猫なので、猫って飼い主に見つからない場所で静かに亡くなるみたいな感じです。」

「なるほど!そーゆこと!」

「非現実的ですか….?」

「そういう人もいるんじゃない?私だったらメイク盛れたときにめっちゃ可愛い服来てめっちゃわかりやすい場所で死ぬかな」

「わかりやすい場所?」

「うん。それで知らない人に『あぁ、なんてこんな可愛い子が….』なんて言われてみたい」

「死ぬにはもったいないって言われたいんですか」

「そう!それでなんで死んだのって考察されたらベストね!みんな私について考えて欲しい。」

「….」

「….嘘だよ!嘘。私学校もロクに行ってないから友達なんていないし、余命尽きるまで粘るよ!もったいないし。」

「…よかったです…。」

「よかったってなに!読ませてくれてありがとうね。」

「いえ!読んでくれて嬉しかったです。誰にも見せる機会…なかったので。」

「えー!結構面白いのに勿体ないよ〜!なんか出しちゃえば?こういうの好きな人結構いると思う。私もラノベ好きだし。」

「いえいえそんな…ありがとう…ございます。でもまだタイトルが決まらなくて…。」

「一緒に考える?」

「え!いいですか…!」

そこから何時間話しただろう。

僕の(つたな)い文書をよく理解してくれていて、

それでいて着眼点も面白かった。

さっきの話が本当だったら、

少なからず僕は小夜のような子が亡くなってしまうのはすごく悲しいとタイトルを決める反面、寂しい思いで接した。

「ん、あー!いいかも!めっちゃいい!そのタイトルにしよう。」

「え?ああ、はい…!」

「私たちの関係みたいだしね!」

「え?」

「ううん、なんでもない!日もくれてきたしそろそろ帰ろっか。」

「もうそんな時間…」

「ロッカー、忘れないでね。」

「...はい!」

「小恥ずかしいから先に帰るね。」

「え?..はい!」

「気をつけて帰ってください!」

「うん!...ねぇ矢代くん。」

「...はい?」

「さっきの話の続きだけど...」

「はい」

「もしアダムかイブのどちらかがりんご”アレルギー”だったら、世界はどうなっていただろうね。」

「え?」

「なんでもない!さよなら。」

「あっ....はい。さよなら。」

小夜は小さく手を振って帰って行った。

数回こちらを伺ってはニコッと微笑んで手を振ってくれた。

僕は彼女の姿が見えなくなるまで見守った。

そういえばTwitterのこと聞くのを忘れていた。

あとで聞こう、今はロッカーだ。


僕はロッカーへと向かう。

「えーっと...番号は.....これか。ん?」

二冊の本と1枚の手紙が入っていた。

「完全自殺マニュアル...?完全失踪マニュアル.....?」

物騒な本たちに囲まれた手紙を取り出した。

家で見て欲しいと言われたが我慢できずに手紙を開けた。

そこにはか弱い文字で数行の文章が綴られていた。




社くんへ


こうしてお手紙を書くの少し緊張します。

「やしろゆうせい」とひらがなで書くのは幼いので、

唯一知っているをあなたのTwitter名にしました。

漢字聞いとけばなぁ、なんて思いながら手紙書いてます。

一緒に入っていた二冊の本はあなたにあげます。


あなたなら笑わずに受け入れてくれると思うので、

直接言うのは恥ずかしいけどこの手紙に記します。

「小夜」は本名ではありません。

私は自分の名前が嫌いなので、

こんな名前が良かったな、と思った名前にしています。


あなたとはもっと誠実な関係で出会ってみたかった。

忘れちゃってるかもしれませんが、

彼氏のために使うと決めたあのお金は使い切りました。

メイク道具と服だけですぐに。

”彼氏のため”と言っていますが違いますね。

あなたに良い印象で見られたいからです。

1度でもあなたを下の名前で呼んでみたかった。

付き合って2ヶ月の彼氏と音信不通のままで、

それでもまだ彼のことを想ってしまいどうしてもあなたと距離を作ってしまう。

なのに、良い印象でいたいなんて最低ですよね。


そして今まで黙っていてごめんなさい。

このお金は私の失敗で招いたお金です。

両親に迷惑かけるわけにはいかないので、

このお金を使い切るまで何としてでも生き延びるつもりでした。

1日中無駄にできるほどたくさん寝てみたいという将来の夢は叶いませんでしたが、

あなたの小説もきっと読めたことでしょうし、この人生に悔いはありません。


昨日はビンタをしてごめんなさい。

短い間でしたがこんな私と遊んでくれてありがと!

21年間生きてきた中で1番楽しかったです。

夢を見させてくれてありがとう、幸せでした。

きっとすぐに生まれ変わってみせます、小夜なら。


本名:望月(もちづき) 星鈴奈(せれな)より




矢代は膝から崩れ落ちた。

震える手の隙間から枯葉のごとくひらりと手紙が落ちた。

からかっているつもりなら面白くない。

半信半疑のまま、動く意思すらしばらく考えられなかった。


ビービービービー


ずっと駅の方から聞き慣れない音が微かに聞こえている。

僕は躊躇いつつも駅の方へ向かった。

ここまで呆気なく受け入れがたい死があるだろうか。

足元は覚束ず、頭は重心を忘れ、手足は痺れて力が入らない。


まさかと思い遅延していないのか時刻表をおそるおそる確認しようとするも、

人混みの多さに追いやられ人々の小言が耳を触ってくる。

「あーあ、人身事故だってよ。」

「はぁ、電車を自殺に利用すんなよ。迷惑だな。」

「なんで通勤ラッシュ狙うかなぁ...。」

これは小夜かもしれない。

誰も知らないのになぜか自分が責め立てられているようで胸が苦しかった。


出会いが違えば読者として、友達として無害に関われたであろう関係が

ナンパに浮気相手と罪過の肩書きにより素直に関わることができないことにもどかしさを覚えていた。

それはまるでアレルギーのように。


...冷静になって考えろ、考えろ矢代。

少し小夜の声が頭の片隅で聞こえてくる。

「私だったらメイク盛れたときにめっちゃ可愛い服来てめっちゃわかりやすい場所で死ぬかな」

「それで知らない人に『あぁ、なんてこんな可愛い子が….』なんて言われてみたい」

...こんなことを考えてる小夜が電車で自殺するはずがない。

当たりどころが悪ければ性別すら判別ができない程なのに。

じゃあ、この人身事故は本当に小夜なのか...?


悔しい。

年確されずに1人で買えたお酒、

そのノリで知り合ってしまった小夜。

将来の夢を断念せざるを得なかったそのナヨナヨしい性格はそれらによりもうなくなったものだと勘違いしていた。

もしかしたら違う人が亡くなっているかもしれないという希望だけ祈るばかりで、

目の前で知り合いが亡くなっているかもしれないという事実にビビり駅に近づくことすら拒んでいる自分が悔しくて大嫌いだった。


…そうだ、電話。電話をかけたら出るかもしれない。

小夜に電話をかける、出ない。

小夜に電話をかける、出ない。

小夜に電話をかける、出ない。

小夜に電話をかける、出ない。

小夜に電話をかける、出ない。

小夜に電話をかける、出ない。

....小夜さん、いや星鈴奈さん。

「それでなんで死んだのって考察されたらベストね!みんな私について考えて欲しい。」

また小夜の声が頭の片隅で囁く。

こんな本を買っていたなら、自殺するつもりだったんだろう。

....でも考えても考えても疑問しか生まれない。

所詮3日間の付き合い、その惨めさに改めて気付かされた。もっと聞きたいことあったのに。

親に迷惑をかける失敗が招いたお金って何だ...?

だめだ、考えれば考えるだけ頭が痛くなる。

「もしアダムかイブのどちらかがりんごアレルギーだったら、世界はどうなっていただろうね。」

...本当に小夜は死んでいるのか?

それともどこかで僕を揶揄(からか)っていて、これはたまたま人身事故とこれが被って....。

これって…遺書のつもりなのか?


家に帰ってテレビをつけた。

Twitterでも遅延情報などを取扱い、Webニュースでは適当な文章で綴られた都合の良いおとぎ話を気持ち良さそうに投稿し、吐き気がした。

報道ではしっかりと「望月 星鈴奈(21)」が電車による巻き込み事故で亡くなったことが、

台本を読むだけのアナウンサーにより淡々と説明されていた。

次回、『ファミグル』本編

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