プロローグ『アレルギー②〈真相〉』
『ファミグル(本編)』に繋がる前日譚短編小説
ノートを広げ原稿用紙に書いては消してを繰り返していた。
「もうこんな時間か…」
電気を消して就寝する。
向かった先の駅校内の改札で嫌なアナウンスが耳を触ってくる。
「現在人身事故の影響で一部電車に遅れが生じています。お急ぎのお客様には大変ご迷惑をお掛けしています。」
「はぁ」とため息をつく。
少し寝坊してしまいただですらギリギリに到着しそうなのに、遅延なんて間に合わないな。
まぁ夕日まであと1時間あるから余裕だろう。
遅刻することを一報する
駅で待つ小夜、通知音が鳴るも気にせず本を読み自分の時間を過ごしている
一部電車の遅れから運休に切り替わる
「あちゃ…」
何分遅延どころじゃない、夕日に間に合わないかもしれない。
待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。
「LINEも既読つかないし…大丈夫かな」
不安を煽りながら漸く来た電車に乗り込む。
厚くリップを塗る小夜。
正面から矢代が駆けてくる。
「ごめん…電車止まっちゃって…。」
「ううん、仕方ないよ。」
「もう夕日、落ちてますよね。」
「うん。でも大丈夫。」
「ごめんね。」
「ううん、遅刻してでも来てくれるだけで嬉しい
の。」
「そりゃ約束したんですから。」
小夜、ゴクリと唾を飲み込む。
少し口角が上がりかけるも慣れない笑顔にぎこちなさを感じ、ぐっと我慢する。
「どうされました?」
「矢代くんはほんとに優しいね。」
「そうですか…?夕日の海は今度行きましょう」
「…え?」
「夕日の海は今度いk…」
小夜は勢いよく矢代をビンタした。
「…え?」
「…ごめんなさい。」
駆け足気味で立ち止まる矢代を横切る。
「もう帰るの?」
「矢代くん見れたから帰る」
「そ、そうですか…」
矢代は頭の中で「何がいけなかったんだろう」と頭を巡らせた。
遅刻しておいて提案するのは烏滸がましいのか…?
いやビンタするまでの話か…?
遅延は把握してたしそこではないか…。
今度…今度がダメだったのか…?
昨日知り合って今日会うってのも「今度」みたいな漠然とした予定が苦手なのかな。
「明後日!」とか言ったら……?
いや、ビンタするまでの話か…?
矢代はぐるぐると頭をめぐらせている間に気付けば家の前まで来ていた。
荷物からノートと原稿用紙を取り出し、机に広げる。
ノートに「ビンタした理由」と書きコンコンとシャーペンをノートにリズム良く叩きながら考えていた。
すると、着信音が裏拍のように着いてくる。
小夜からの電話だった。
「…もしもし?大丈夫ですか?」
「大丈夫だよー!そっちこそ今平気?」
「…はい。」
「さっきはごめんね。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
「矢代くんは優しいね。……えっとね。」
「…はい。」
「神様も人間と同じで綺麗な花を摘みたいから優秀な人ほど短命って話聞いたことある…?」
「え?……は、ま、まぁ。聞いたことあります。」
「………私ね。昔から身体が弱くて学校でロクに通えてなかったの。」
「そうなん…ですか。」
「うん、お医者さんからも色々制限されてたり、今は少ないけど薬も沢山飲まないといけなかったりしているの。」
「そうなん…ですね。」
「あと…うーん、これは言わなくていいか。」
「いや、言ってくださいよ!」
「笑わない?」
「笑いません」
「笑わない?」
「笑いませんってー!!!」
「余命宣告されてるの」
「…え?」
「神様からの指定校推薦。」
「物は言いようですね」
「物は言いようだよ。まあ、いつ死ぬかなんて知りたくないから聞いてないんだけどね。」
「…そうだったんですね。」
「そ!だからこんな元気だけど明日ふっと死ぬかもしれないの」
「そんな不謹慎ですよ」
「私は常に本気だよ。だから、いつ死んだって悔いの残らない1日を過ごしたいの。」
「…そうだったんですね。ごめんなさい、軽率に今度なんて言ってしまって…。」
「人間扱いされてるみたいで嬉しかったわ。」
「え?」
「薬を飲まなきゃみんなと同じようには過ごせなくて、もし自分がこんな身体じゃなければこんな感じで予定決めれたんだろうなって。」
「…」
「なーに考え込んじゃってんの!」
「急にあなたがそんな話するから!」
「でも悔いはひとつあるかな〜」
「なんですか?」
「あなたの小説読みたい」
「い、今伝えます」
「あはは、もう死ねって?」
「やめてください。」
「はい、ごめんなさい。じゃ予定立てよ。いつ空いてる?」
「明日空いてます。」
「え、ほんと?「そーいや矢代くん最寄りどこ?」
「八王子です」
「あー!だからあそこいたのか。私立川〜」
「えー!めちゃ近いじゃないですか!」
「じゃー、間を取って比呉湊公園にしよ〜」
「了解です!起きたらすぐ連絡して向かいます。」
「私もそうするー!」
小夜との長電話を終え、もう一度小説について向き合う。
少し記憶の片隅から物音がする
それは同じクラスのいじめっ子の声だった。
「矢代、それ何書いてるの?」
「自作小説…」
「へぇ小説なんて書いてるの凄いね。見せて。」
「う、うん。」
学ランのボタンを全て閉めている矢代と、ホックを開けて矢代の机に座っている男子生徒。
これは中学2年生の記憶。
矢代からプリントを見せてもらうとすぐに
「おい、こいつまたきしょいポエム書いてるわ〜」
と仲間を呼び、内容は読まれることもなく僕の力作は紙飛行機へと姿を変えた。
「くっそ〜全然飛ばねぇ〜」
「お前が下手なんだろバカ。」
今無理に取り返さずとも後でゴミ箱から拾えばいい。
誰も僕の書く小説になんて興味を示さないことが不幸中の幸い。
チョークの粉で少し汚れた折り目のついたプリントをゴミ箱から拾い上げては、
親に見られないように自室の引き出しにしまう。
当時の記憶がまだ褪せていないクリップで止められたプリント束を取り出した。
「...よし頑張るか。」
人生で初めて自分の小説に興味を持ってくれた小夜。
《将来》にコンプレックスを抱く小夜の「読みたい」の一言で、
《将来の夢》がコンプレックスだった僕は救われた。
今からでも僕は彼女を救うことはできないのだろうか。
次回、『アレルギー』最終話!