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第5話 待つよりも こちらから

「ぐえーっへっへっへ!! 臼井!! 今日も残業しっかりやれよぉ!!」


 禿げ頭でビア樽のように太った中年男が声高々に叫ぶ。丸眼鏡にちょび髭と絵に描いたようなおっさんであった。

 ここはグランドスカイというインターネットサービスプロバイダの会社である。パソコンが多く並んでおり、部屋は閉め切っていて暗い。しかし席に座っているのは50歳ほどの中年男性である。どこかくたびれた雰囲気があり、存在感がなさそうだ。


「ワシは女の子たちと飲み会があるからなぁ!! 独身のお前はワシらの分までたっぷり働かせてやるぞぉ、感謝しろぉぉぉ!!」


 上司らしい男はげらげら笑っている。周りの社員も臼井を見下したような目を向けている。面倒な仕事はすべて押し付けたいと思っていた。残業をすべて臼井に押し付け、ミスをしたらすべて彼のせいにする。そんな劣悪な環境で臼井は働いていた。


「前はくたばりかけていたのに、今は健康的で結構結構!! お前なんか働くしか能がないんだから、ワシに感謝しなくてはなぁ!! ぐえーっへっへっへ!!」


 そう言って上司たちは部下たちを引き連れて、部屋を出た。ちなみにサービス残業にされている。部屋に取り残された臼井はにやりと笑った。


「いいね。どんどん熟成されている。もっと時間をかけてから、殺した方がうまそうだ」


 臼井はぺろりと舌を出した。この男の正体は天使ツブセルだ。元々臼井は過労死したのだが、ツブセルに憑依された。

 プロバイダーの権限を利用し、ヘイトスピーチなどを行う相手の住所を特定し、次々と頭を潰してきたのだ。ネットでしかストレスのはけ口がなく、自分が髪と思い込む人間を殺すのは快感であった。さらに腐った魂を吸い込むのは麻薬のように気持ちよくなる。天使にとって人間の魂は食料であり、嗜好品なのだ。腐った魂ほど刺激的な味になる。


「……天使長どもはやめろというが、誰が辞めてたまるものか。人間と悪魔など滅べばいい。天使はこの世で最高なのだからな!!」


 ツブセルは高笑いしていた。そして部屋から数人入ってきた。それは同僚たちである。彼らはパソコンの前に座り、黙々と仕事を始めた。ツブセルが催眠術で操っているのだ。頭の中では自分たちは飲み会を楽しんでいる。だが今の彼らは仕事をするだけの機械だ。禿げ頭の上司も戻ってきており、普通に仕事をしている。感情を一切あらわにせず、黙々と働くのだ。


「くくく……、自分たちがサービス残業をしていることを知ったら、こいつらの魂は一層腐敗するだろうな。真のワイナリーは待つことを苦にしないからな」


 そう言ってツブセルは部屋を出た。今夜もバカな批判者を殺して回るのだ。


 ☆


 ツブセルが会社のロビーまで下りてくると、そこに二人の男女が待っていた。周囲には誰もいない。しかも女は銀髪に日焼けした肌、黒いレオタードという奇天烈な格好だ。いったい何者だろうか。


「待っていたわ。あなたが天使ね!! 私は悪魔アスモデウス!! あなたを殺しに来たのよ!!」


「なっ、お前は悪魔だったのか!! よくも私の居場所を突き止められたな!!」


「それは悪魔のすごい力よ!! 私はすごいんだから!!」


 アスモデウスは胸を張って答えた。本当は嘘だけど、はったりをかましたのである。


美晴みはるさん、うそはいけないよ。笠置かさぎさんが調べてくれたおかげじゃないか」


 隣にいた大安喜頓おおやす きーとんが突っ込んだ。もちろんアスモデウスこと美晴も彼の言動は予測していた。


「いいのよ、敵に対して見栄を張るのは大事だわ!! 今回私たちは先制している!! ここであいつをぶちのめすのよ、はい!!」


 美晴はどくろのペンを胸元から取り出し、喜頓に投げた。それを受け取ると喜頓は右のこめかみにペンを突き刺す。


「ブレイン、プルプル、ピッカッコー!! あなたも わたしも くりゃりんこー!!」


 ペンがずぶずぶと入っていく。そして穴から喜頓の身体が裏返った。

 人体模型のような姿になり、むき出しの歯ぐきから白い煙を吐いている。これがリバス!! 悪魔の力によって、この世の因果を裏返しにした存在なのだ!!


「くっ、いつか貴様を殺すつもりでいたが、早まっては仕方がない!! こちらもいくぞ!!」


 ツブセルの体が白く光った。ごつごつした岩のような白い頭部にむき出しの歯が出ている。肩や関節などもごつごつの岩のようなものがくっついていた。


「天使ツブセルの力を思い知れ!!」


 ツブセルはリバスに近づいた。そして両手で頬をなでなでする。リバスは優しくされるとダメージを受けるのだ。頬は焼けただれ、ドロドロに溶けていく。あまりの激痛にリバスは声にならない絶叫を上げた。


 リバスも負けじとツブセルを撫でようとするが、思わず力が入ってしまった。リバスは相手を殴っても傷つけることはできない。逆に相手を癒してしまうのだ。


「ふはははは!! 痛いだろう? その痛みのせいで私に優しくすることなんかできっこないのだ!! 私は少しずつお前に優しくしてやろう!!」


 そう言ってツブセルはリバスの背後に回ると、リバスの背中を優しく掻いた。すると掻かれた部分から煙が上がり、ぼこぼこと溶けていく。リバスは激痛のあまり攻撃が雑になっていった。


「まずいわね。今のリバスは相手に対して思いやることができない!! だけどやり方は幾らでもあるわ!!」


 美晴は冷静なままだ。なぜ天使と悪魔は戦わないのか? 実は戦えないのだ。悪魔と天使は肉体を持たない。どちらも死んだ人間に憑依しなければ活動はできないのだ。そして二つの種族は相反するもので、互いに触れると即消滅してしまうのである。もちろん人間の状態なら問題はないが、ある種の嫌悪感が沸き上がるのだ。


「リバス、ツブセルの頭部にチョップをかましなさい!! 同じところを何度もやるのよ!!」


 美晴の指示にリバスは同意した。美晴は声でしゃべったのではなく、魂に直接伝えたのだ。

 その際に美晴の頭の中にあるイメージも流れ込んできている。リバスは彼女の糸を完全に理解したのだ!!


 リバスはツブセルの頭部に何度も手刀を当てる。リバスの攻撃は相手を癒すだけなのに、何を考えているのだろうか。

 ツブセルは悪魔は錯乱したと思い込んでいた。今まで死闘などしたことがなく、一方的に人間を殺して楽しんできた。その経験のなさが天使の弱点なのである。


 リバスはしつこく手刀を食らわせた。まったくツブセルにダメージは与えられない。ツブセルもみじめなリバスに対して憐れんでいた。腕を組み、リバスにされるままになっていた。


 しかし異変が起きる。ツブセルの頭部が膨らみ始めたのだ。

 激痛に苦しむツブセル。何が起きたのか理解できなかった。


「いっ、いだい!! なっ、なぜだぁ!!」


 頭を抱えて苦しみだすツブセル。やがて彼の頭部が横から潰れてしまった。まるで海外のアニメで、シンバルに挟まれた感じである。

 ツブセルの姿は人間に戻ると、前のめりに倒れた。

 美晴は爪を猛禽類のように延ばすと、リバスの両頬を思いっきりひっかいた。がりがりと皮膚が裂け、血が噴き出る勢いである。だが見る見るうちにリバスの溶けた頬が再生したのだ。

 リバスは攻撃されると逆に癒されるのである。

 背中も同じようにひっかくことで、リバスの傷を治療したのだ。


 リバスは喜頓に戻った。思わず膝から崩れそうになる。そしてツブセルの死体を見下ろす。


「なんでこの人は死んだんだ? リバスに攻撃されても無傷になるはずじゃ?」


「そうよ。でも傷の再生は思いっきり体力を消耗させるのよ。あなたもだるくてしょうがないはずよ」


 リバスはダメージを与えることで、ツブセルの再生力を活性させたのだ。そのため過剰な治癒力はツブセルの首を絞めたのである。


「リバス・キュア・ミー・テンダー・エフェクトね。相手を癒すことによって、相手を殺すこともできるのよ」


「リバスの力って、怖いな」


「そう怖いのよ。だからこそあなたのような人間がリバスとして適合されるの」


 そのうちサイレンの音がした。救急車とパトカーだ。

 榎本健美えのもと たけみが事前に救急車を要請したのである。

 

 翌日のグランドスカイは大騒ぎであった。社員の臼井は過労死として判断された。ちょうど会社に残っていた彼の上司は社員を過労死に追い込んだため、地方に飛ばされた。首にして他の会社に就職されるより、自分たちが管理した方がいいと判断されたのだ。相手も再就職するより飼われる方を選んだ。

 上司は妻子に捨てられ、太ったブタからがりがりのやせ犬に変貌し、そのまま自殺したという。


 さて高層ビルの上に、一人の美女が立っていた。それは白いのっぺらした仮面に、口元をあらわにしている。胸部を強調した造りに、淡い緑のロングスカートを履いていた。

 見た目は天使に見えるが、リバスと戦ってきた者たちと一線を画す感じである。


「リバス……。近いうちに会いましょう……」


 そいつは屋上から飛び降りると、光の矢になって消えてしまった。

 臼井の上司:恵比寿優えびす まさる。パワハラが好きな上司や悪役をよく演じている。私生活はよき家庭人で、実際は気づかいができる優しい性格。尾花風郎おはな かざろうとは同じ事務所の仲間。


 同僚たち。劇団モブシーンの若手俳優。普段は舞台がメイン。ほとんどが新人で緊張していたため、セリフなしで表情だけで演じてもらっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ツブセル、天使だけどなんか小物感が凄い。 でも今の日本社会の縮図のような 労働環境を悪用するのは、少し賢いかも? だけど不思議とそんな嫌いじゃないです。
[一言] 最後、手強いライバルでしょうか。
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