第3話 リバスとは何か
「というわけで、昨日警察の厄介になったんだ!!」
喫茶店シュバリエの店内で、大安喜頓はカウンター席に座り、叔母である坊屋利英に昨日の話をしていた。喜頓の左側にはウェイトレスの川田美晴 が座っている。
「……なるほど。昨日あなたは公園で事件に巻き込まれた。天使が襲ってきて、美晴の力でリバスとやらに変身した、というわけね?」
利英は腕を組みながら、喜頓の目を見た。彼の目はキラキラと輝いている。
それを見て利英はため息をつく。
「わかった、あなたたちのいうことを信じるわ」
「信じるんですか!!」
美晴は思わず立ち上がった。美晴が悪魔であることも喜頓は隠さず話している。普通はこんな与太話など信じるわけがない。なのに利英はまったく動揺していなかった。
「喜頓は今まで嘘をついたことがないの。そのせいで人に騙されたり、トラブルにも巻き込まれたけどね」
「さすがはお頭ですね。肝の座り方がちがう!!」
「お頭って呼ぶんじゃないよ!!」
美晴はぱちぱちと拍手するが、利英は注意した。
「ただ証拠が見たいわ。美晴は悪魔に変身できるのでしょう? それを見せてほしいのよ」
美晴は同意した。悪魔に変身すれば普通の人には見えない。適正者でなければ見えないのだ。
美晴は変身した。肌の色は褐色で、銀髪にヤギの角、黒いレオタード姿となった。
「なっ、美晴!! あんたなんて格好をしてるのよ!!」
「ええ!! お頭、私が見えるんですか!!」
なんと利英も悪魔である美晴の姿が見えたのだ!!
「おお!! じゃあ叔母さんもリバスに変身できるのか!!」
「いや、お頭は適正者じゃないわ」
喜頓は叔母と一緒に戦えると興奮していたが、美晴は一刀した。彼女曰く、悪魔を見える人間はいるが、リバスに適応できる人間はかなり少ないのだ。
「私たち悪魔の目的は人間社会に溶け込み、人間たちに安らかな死を与えるのが目的なんです」
美晴ことアスモデウスが言うには、悪魔の仕事は腐った魂の人間を救うことにあるという。
死を与えると言うが、実際は相手に嘘の記憶を見せるのだ。飢えて苦しむ相手にはお腹いっぱいになる夢を見せる。そして安らかな死をあたえるのだ。
なぜそのようなことをするのか。人間は死んだら体から魂が抜け出る。その魂は悪魔にとって酸素のようなものだ。腐った魂の持ち主が死ねば、その魂は悪魔にとって猛毒となる。
一人や二人はともかく、何千万人も死なれたらたまったものではない。そのため悪魔は人間社会に溶け込み、腐った魂の持ち主を探すのである。
美晴が接客業をしているのも、そういった魂の持ち主を見つけやすくするためだ。世界には悪魔が散らばっており、各国にはそれぞれのリバスがいるという。
「日本だとこの東京の方に集まると思うわ。特にここは腐った魂の持ち主が多いの。天使たちはそいつらを殺していくわ」
「おいおい! 悪人だから殺していいわけないだろ!! そんなことは許せないぞ!!」
喜頓は義憤にかられた。だが悪人だけ殺されるなら、この世はきれいになるのではと、利英が質問した。
だが美晴は首を横に振る。腐った魂が解放されれば、悪魔だけではなく、人間にも悪影響を及ぼす。その証拠がSNSでの暴言や、障碍者や児童虐待など、テレビに出てくるありきたりなニュースとして放送されるのだ。
天使たちは正義のためではなく、悪魔と人間を滅ぼすために行動している。それを阻止するのが美晴たち悪魔の役目なのだ。
「でもこの子がリバスになるのはいいのよ。でも何の見返りもなしに酷使するのは見過ごせないわよ」
利英が美晴を睨むように言った。正義のヒーローは大抵無報酬で酷使されているように思える。
美晴は悪魔の力により、日々のストレスを解消する力を持っているという。それを使って二人をいやせると約束した。
☆
カランとドアが開いた。男女のカップルだ。男はどこか男装の麗人に見えるが、リーゼントに黒いサングラス、白と黒の縞々のスーツを着ていた。どこか嫌味そうである。なぜかフィンガースナップをしながら歩いていた。
女性は肩まで伸びた金髪に、日焼けした肌、ヒョウ柄のボディコンスーツを着ていた。美人ではあるが、どこかオネエのような雰囲気がある。
二人は勝手に窓際の席に座った。
「うぉぉぉい!! お客様が来たのですよぉぉぉ!! 早く注文を取りに来たまえぇぇぇ!!」
男はハスキーボイスで舞台で演じるような大声で叫んだ。
「あっは~ん。こんな地味な店に、気づかいなんかできないわよ~~ん。まりりんもんろ~♪」
女はくねくねしながら、上唇と下唇でぺちゃぺちゃとベロで音を立てていた。喜頓たちを小ばかにしている。美晴の派手な衣装には全く触れない。彼らは美晴の姿が全く見えないのだ。
接客業をしていると、やたらと態度の大きな客も来る。某演歌歌手のお客様は神様です、の言葉を都合よく解釈しているのだ。利英は平然としているが、内心早く帰ってほしいと思っている。喜頓は接客しようと立ち上がるが、美晴が肩を掴み、まかせととつぶやく。
美晴は奥の方に引っ込むと、部屋から光があふれだした。すると普通の格好になって戻ってくる。
「お二人に私の力をお見せしますね」
美晴はウェイトレスとして客の前に来た。
「いらっしゃいませ~、ご注文はいかがしたしましょうか~?」
「はぁ~~~ん? チミはわたくしのほしいものが理解できないと? まったくチミみたいな知能の低いバカ女に話しかけられるのは不快だね~~~」
「もんろもんろ。客に聞く前に察しろっての。頭おかしいんじゃないの? ぎゃはっははは!!」
男女は無茶苦茶なことを言っている。こうやって行く先々で難癖をつけて楽しんでいるのだろう。
利英はスマートフォンをこっそりと見た。接客業者に出回るブラックリストにはあの二人の写真があった。ついに来たかと利英は二人をにらんでいる。しかし美晴は二人の額に人差し指を突き出す。
すると額から紫の煙が出てきたのだ。
「……いや、わたくしは何を言っているんだ?」
「もんろだね。私らどうかしてたよ。ごめんなさい」
二人は立ち上がって美晴に頭を下げる。改めてコーヒーを注文した。
「しかし清々しい気分だね。まるで悪い夢でも見ている気分だったよ」
「もんろそれ。世界が歪んで見えた感じだったね」
二人は見つめ合いながらコーヒーを飲んでいた。
利英は驚いた。あの手の迷惑な客は人に注意されてもきれるだけだ。よく考えれば美晴を雇ってからクレーマーの数が一気に減ったと思い返した。
喜頓がすごいと叫ぼうとしたが利英が口をふさいで止めた。
「美晴……。あんたのおかげで店は繁盛していたのね。ボーナスを上げるわ」
「気持ちだけ受け取ります。あくまでサービスですから」
利英の提案を美晴は断った。悪魔でありながら恩に着せない態度に利英は感心した。
☆
この夜、喜頓と美晴は夜の公園を歩いていた。バイトを終えた美晴を送っている。
美晴は悪魔だが、人間の時は無力なのだ。天使とはまともに戦えない。だからこそリバスの力が必要なのだ。
「いやー、今日もよく働いたなー!!」
喜頓が笑顔で夜空を見ながら叫んだ。周囲には人はおらず、猫の鳴き声しか聞こえない。
「喜頓くんはどうして正直なの? うそをつくことはしないの?」
「死んだ父さんの約束なんだ。男なら絶対にうそをつくなとね。子供の頃自分が嘘をついたから、友人を死なせたと話してくれたんだよ」
「でもなんでも正直に言うのは危険だよ。トラブルが起きやすいよ」
美晴が忠告するが、喜頓は首を横に振る。この世はうそつきばかりだ。正直者ばかりが損をする。なら自分だけでも正直に生きて、嘘ばかりつくこの世に立ち向かえと言うのが、父親の教えらしい。
美晴はなるほどと思った。
「待っていたよ。ハジケルを殺したのはお前だな」
喜頓たちの前にフードを被った男が現れた。
「ハジケル? 俺はそんな人知らないです」
「前に君が倒した天使の名前だよ」
喜頓がきょとんとしていると、美晴が小突いた。
「そうでしたか。俺の名前は大安喜頓です」
「……我の名は天使ネジレル。リバスとなったものは即抹殺せねばならない」
喜頓が頭を下げて挨拶をすると、ネジレルはフードを脱いだ。のっぺらぼうな顔で、歯茎だけ覗いている。全身は白いが、螺旋のような模様が描かれていた。背中には白い翼が生えている。
「喜頓くん! 変身だよ!!」
美晴は悪魔アスモデウスになると、喜頓に髑髏のデザインされた変身ペンを差し出した。
それを喜頓は右のこめかみに突き刺す。
「ブレイン、プルプル、ピッカンコー!! あなたも、わたしも、くりゃりんこー!!」
ペンはずぶずぶとこめかみに沈んでいった。そして光りだすと、そこから身体が裏返っていった。
リバスは骨をむき出しにしたような姿である。さらに骨の隙間から内臓と筋肉が露出されているように見えた。目は白く濁り、口から白い息を吐いている。
こいつに優しくなでられたら即地獄行き!! これぞリバスだ!!
「ボルボル、ハジケルはお前を甘く見たようだが、我は違うぞ!!」
ネジレルはリバスに抱き着こうとした。しかしリバスはかわす。だがネジレルはリバスの右手を掴んだ。そしてもみもみと揉んだ。
するとリバスの右手はやけどをしたようにぼこぼこに膨れ上がる。そうリバスの優しく殺す効果は、天使だけではない。リバス自身も優しくされたら痛手を負うのである!!
「ウラララララ!!」
リバスは絶叫を上げる。今の彼はすべての因果が逆になっていた。五感は全く働いていないが、魂に瑕がついているのだ。このまま優しくされたらリバスの右手は腐れ落ちるだろう。
リバスはネジレルの手にかみついた。傷は負わない。ネジレルは手を離すと、リバスは自分の右手を咬む。すると傷が癒えてきた。リバスは身体にダメージを追うと、傷が回復するのだ。
リバスはすぐにネジレルの腰に優しく抱き着いた。
するとネジレルの腰から円盤のようなものが飛び出し、彼を腰から真っ二つにしたのだ。
「ボルゥゥゥゥゥ!!」
ネジレルは絶叫を上げると、人間の姿に戻った。
リバスは腰を抱き着くことで、血液を凍らせたのだ。円盤のようなものは凍って膨張した血液だったのである。
リバスは喜頓に戻る。そしてまたパトカーがやってきた。そこには榎本健美巡査部長がいたのは言うまでもない。
カップル男:シンセイ。緒方真世。
カップル女:ユウ。日高雄二。秋本美咲の個人事務所セイレーンのスタッフ。
監督が美咲の友人であり、エキストラでオファーされた。
ネジレル:九尾津利男。18歳の子役。時代劇などで出演していた。