劇場版 その5
「わっ、わたしたちに殺し合いをさせるのですか!!」
菜蘭が叫んだ。姪と殺し合いなど冗談ではない。せっかく会えた姉の子と命のやり取りなど真っ平ごめんだ。だがフタローィは冷酷に笑う。
「おっ、いいのか? 人質がどうなっても知らんぞ?」
それを言われると黙るしかない。菜蘭はアメリカ育ちではあるが、父親は日本が大好きであった。アフリカ系アメリカ人でカルフォルニアにある日本の剣術道場に通っていた。拳銃の代わりに刀を帯刀し、月代を結っていた。銃を持っている相手には刀で相手を切り捨てたことがあった。そんな父親もギャングに恨みを買い、集団でハチの巣にされた。しかし道連れに数人斬り殺して立ったまま死んだ。弁慶の立ち往生を実践したのだ。地元では彼の偉業を称え、銅像が建てられた。菜蘭はそんな父親の血を引いているのだ。
「仕方ありません!! 戦いましょう!!」
真千代は叫んだ。いい案があるわけではない。策は後から考えればいいと思っていた。それを見た菜蘭は死んだ腹違いの姉佐千三を思い出した。彼女も割と無鉄砲なところがあり、姪はそれを受け継いでいたようだ。それを見て菜蘭は安堵した。
「剣を使え!! それ以外は許さぬ!!」
フタローィは部下に命じて二人に向かって剣を投げた。剣は二人の足元に突き刺さる。二人はそれを手に取り構えた。フタローィは死神二匹が鎌を×の字構えた装飾を施された玉座に座る。
真千代は剣道の有段者で、菜蘭は剣術の使い手だ。カンカンと金属を打ち付ける音が響く。真千代は独楽のように回転しながら剣を振るい、菜蘭はそれを受ける。
バック転をしながら剣をかわしていくが、急に身を下げると足払いをした。真千代はこけそうになる。その隙に菜蘭はサマーソルトキックを繰り出した。真千代の顎に決まり、彼女は後方に吹き飛ぶ。だが蹴られた瞬間、自身もバック転しておりダメージを軽減していた。
それを見ていたフタローィは退屈そうにしていた。指をはじくと部下の一人が一組の男女に向かって剣を振るった。20歳ほどの女性はいきなり苦しみだした。地面に倒れるとけいれんした後息絶えた。見た目に外傷はなかった。50歳ほどの男が倒れた女性に駆け寄った。どうやら父親のようだ。娘の身に起きた悲劇に混乱していた。
「うわぁぁぁぁ!! 香菜ぁぁぁぁぁ!! なんで殺したんだぁ!!」
「文句はそこの二人に言え。わたしを退屈させたのが悪いのだ」
フタローィはどうでもよさそうに答えた。父親は真千代たちに向かって怒りの声を上げた。
「お前らのせいだ!! お前らがさっさと死なないから娘は殺されたんだ!! 返してくれ!! 娘を返してくれ!!」
「うるさい」
父親が泣き叫ぶと、フタローィは念力で彼の首を反対方向に曲げた。父親は膝をついて前のめりに倒れた。その様子を見て周囲は騒がしくなった。
それを見た真千代の顔は怒りに染まった。
「わたしを楽しませろ。部下たちは人の生命の流れを断ち切ることができる。斬り殺されるよりははるかに優しいなぁ、ふはははは!!」
フタローィはまるでいいことをしたような風に笑っていた。この女は大変な外道だ。天使や悪魔も人の心がなく、残酷な行為を平気で行っていた。しかしこの女は死神で、得た力を悪用し他者の人生を踏みにじって楽しんでいるのだ。
その内フタローィは指をはじく。次は母親と幼女を引っ張ってきた。二人ともかなりおびえている。
「こわいよぉ、お母さん……」
「大丈夫よ、お母さんが守ってあげるからね……」
母親はぎゅっと娘を抱きしめる。そして部下の女が二人の後ろに立ち、間に剣を入れた。二人はびくっと怯えている。
「さっさとしろ。でないと娘は永遠に眠ってもらうぞ。そしたら母親はどうなるかなぁ?」
フタローィは厭らしい笑みを浮かべていた。人質を取り、真千代たちを自由にもてあそんでいるのだ。どこまで性格が悪いのだろう。死神になって人格が破綻したのだろうか。
「真千代、私を殺しなさい!! 私はすでに死んでいるわ、殺しても平気よ!!」
「菜蘭さん……!!」
菜蘭はまっすぐ真千代の目を見た。それは覚悟を決めた目だ。
「うむ、お前が死ななければ約束はなしだ。まったく余計なことをしゃべらなければよかったものを……。くっくっく」
フタローィは二人に命じる。真千代と菜蘭は覚悟を決めた。菜蘭は真千代の左胸を剣で突き刺した。菜蘭が何か喋った後、真千代の体が糸の切れた人形のようにくたくたと倒れる。菜蘭の死神の力だ。
倒れた真千代を見て、菜蘭は天を見上げた。目から涙が流れた。姪の命をこの手にかけた罪悪感に苛まれていた。
「よし、約束通りあの男だけは助けてやろう。ではお前たちその場にいる奴隷どもを始末せよ!!」
フタローィが叫んだ。それを聞いて菜蘭は慌てた。
「なっ、なぜそんな!!」
「私はそこの男を助けると言ったが、それ以外の約束はしていない!! 勘違いしたお前らが間抜けなのだ!! だが面白いことを考えたぞ」
フタローィは部下に数百本の剣を用意させた。
「お前たちの手でこの女を針の筵にしろ!! そうすれば命だけは助けてやる!!」
住民たちは剣を取ろうとした。長い間奴隷生活に苦しめられており、早く解放されたいと思っていた。だが一人の中年男性が立ち上がり大声で叫んだ。七三分けの60歳ほどで、中肉中背で顔つきがきりっとしていた。
「剣を向けるのはあの女だ!! どうせ我々を皆殺しにするつもりだ!! このまま奴隷としてみじめに死ぬより、戦って死んだ方がましだ!! どうせこの島は近いうちに滅びる運命だった、それが早まっただけだ!!」
彼は島の村長だ。同じく奴隷として城の建築に酷使されていた。しかし誇りまでは失っていなかった。
フタローィはどうでもよさげに指をはじく。村長は首を絞められ、宙に浮かんだ。
そしてごきっと嫌な音がすると、村長の顔は血の気が引いていき青くなった。ぼとんと地面に叩きつけられる。村長の死体が転がったのを見て島民は恐怖に支配された。
 
「待つんじゃ!!」
突如一人の老人が立ち上がった。サンバイザーをつけただぶだぶの服の老人だ。隣の老婆も一緒に立ち上がる。そして二人は服を脱いだ。
そこは黄金のような肉体が輝いていた。見た目は小石だが原石はダイヤモンドだったのだ。
二人はポージングを取る。日焼けした肌に鍛え上げられた肉体が映えた。
「村長の言う通りじゃ!! どうせこの女はわしらのことを虫けらとしか思っておらん!! じゃが一瞬の虫も五分の魂じゃ!! 最後にこの女に嫌がらせをして果てようではないか!!」
老夫婦の言葉に島民たちは立ち上がった。死にぞこないから一気に生命力が活性化されたようだ。
「まったくうるさいハエだ。偉大なる私を理解せんとはな」
フタローィはため息をついた。菜蘭の顔はみるみる内に赤くなる。黒人女性だが、怒りの表情ははっきりとあらわになっていた。
「この腐れ外道が!! 私はお前を許さない!! 絶対にだ!!」
菜蘭がフタローィを殴ろうと走っていった。だがフタローィは右手を突き出すと、菜蘭の動きが止まる。念力で彼女を動けなくしたのだ。ノシイカのように身動きが取れず、ぴくぴくとけいれんしていた。
「死ね」
菜蘭の首が反対に曲がった。呆気ない最後だった。だが菜蘭は笑っていた。視線の向こうは心臓を突き刺して果てた姪の亡骸が映っていた。
(ごめんね、真千代。でも私がいなくても平気だよね)
菜蘭は膝を屈し、前のめりに倒れた。その様子を真千代は薄めでぼんやりとみていた。
☆
「照代、また無駄遣いしたのね?」
ここは羽磨組の屋敷の一室である。畳張りの部屋に高級そうな襖、掛け軸に生け花が飾られた和室である。部屋の主である真千代は妹の照代を叱っていた。茶色がかかった肩までかかったソバージュに色濃い化粧をしていた。赤いボディコン服を着ているが彼女自身はふっくらと愛嬌のある顔で、相手になめられないようわざと派手な格好をしていた。
「何よ、たかだがダイヤに百万じゃない。いいでしょ?」
照代はわざとらしく大きな声で言った。どこか芝居じみており、真千代の背後にいるボディガード二人はそれを滑稽だと思っていた。
「そのお金はお母さんが残してくれたものよ。無駄遣いしていいわけじゃないわ」
「もうお母さんは死んじゃってんだから、いいじゃない。まったく姉さんは口うるさくて嫌になるわ。行きましょ」
「おう! 今日はどこで遊ぼうか? ディスコでフィーバーか? 横浜までドライブして中華食べに行くか?」
照代の後ろにいた男が声をかけた。ドレッドヘアに日焼けした肌、ミラーグラスをかけ黒いスーツを着崩していた。手にはシルバーの指輪を幾つもはめている。照代の護衛である御城衛だ。
衛は照代の右肩を掴んで部屋を出た。その際に照代はハンドバッグから封筒を取り出すと、ポイっと部屋に投げた。そして襖は閉じられる。
ボディーガードの一人、七三分けのしょうゆ顔の男が封筒を拾って中身を確認する。そこには百万円の札束が入っていた。それを見て真千代はため息をつく。
「大方投資で稼いだお金ね。お母さんの預金から引き出しては、返す。不器用なあの子なりの対策ね」
「姐さん!! 照代お嬢様を放置するんですか!! あんなことをして何の意味があるんですか!!」
真千代に対して丸刈りでロイド眼鏡をかけた巨漢が声をかけた。
「今組の中では私と六葉さんの派閥ができているわ。実際のところ直参は見守っているだけね」
ここでいう直参とは羽磨組会長から直接盃を交わした二次団体のことである。さらに下には三次団体があった。
「事情を知らない連中が勝手に盛り上げているのよ。祭りのようにね。照代は私の弱点にならないようわざとふるまっているのよ。仲の悪い姉妹に見せかけるようにね」
「別にそんなことをしなくても……」
「あの子はヤクザに向いてないわ。大学を出てもまともな就職できず、親の因果が子に報う。でもあの子は私の足を引っ張ることだけが嫌なのよ」
不器用な妹だと思っている。衛は自分の執事である雄呂血妻三郎の私生児だ。衛は照代のために命を捨てることが生まれてきた意味と思っていた。実際は鉄砲玉など考えていないのに。
「私が頑張ればいいのよ。私ひとりが犠牲になればいいのだわ」
真千代の独白にボディガード二人はしんみりとなった。
だが照代と衛は死んでしまった。六葉も再会できたのに別れてしまった。
これ以上、私から大切な人を奪わないで。奪わせない、奪わせるものか!!
真千代の体がエビのようにぴょんと飛び跳ねた。胸の傷はふさがっている。彼女に奇跡が起きたのだ!!
父親と娘。伴裕貴と泉香菜。蒼井企画所属のタレントで、ただいま不倫中というコンビ。
母親と娘。白木喜久子と白木ほのか。母娘丼という漫才コンビを組んでいる。娘役が母親である。
村長:平朝雄。かつて小平透と漫才コンビを組んでいた。現在は映画などに出演している。役柄を選ばず様々な演技を披露していた。
菜蘭の父親。ウィリー・ベリー。黒人俳優。日本で活躍している。剣道が得意。昔東映関係に出演していたウィリー・ドーシィとアカデミー賞を取った黒人女優ハル・ベリーから取った。
ギャングたち。劇団ミックスサラダの面々。外国人とのハーフがほとんどの異色の劇団。
見た目は外国人だが日本語しかしゃべれない人が多い。
筋肉ムキムキの老夫婦。片足棺桶の泉飛鳥と泉千草。
羽磨照代:鳳みゆき。
御城衛:京千春。二人合わせておそろし夫婦。
真千代のボディガード。アビゲイル。安倍登志夫と後藤繁。
 




