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第2話 天使たちの目的

「ひゃっはー、ひゃっはー、ひゃっはっはー!!」


 都内にある銀行で一人の男が猟銃をやたらめったに撃っていた。男は強盗で180センチほどの30歳ほどのクマのようにひげを生やした大男だ。狂暴な顔つきで、恍惚な笑みを浮かべている。こいつはすでに警備員を殺害し、一般人にも被害が出ている。

 男の名前は陰賀桜芳いんが おうほうといい、快楽殺人犯として指名手配されていた。

 陰賀は精神異常者であった。それ故に何人殺してもすぐ無罪になると思い込んでいたのだ。実際は精神病院に入院され一生出ることはないのが、知らぬが花である。


「ひゃはははは、楽しいぜぇ!! 無抵抗の人間を撃ち殺すのって、サイコー!! あひゃひゃひゃひゃあ!!」


 陰賀は隅に集まった銀行員たちに猟銃を向けて、発射した。でっぷり太った銀行員が撃ち殺された。ここの支店長である。


「くー、たまらねぇぜ!! 弱い者いじめって最高だぜ!! 警察は犯人を傷ヒトツつけずに逮捕しないから、たっぷり楽しめるぜ!!」


 陰賀は酔いしれていた。実際は特殊部隊を要請しており、もうじき銀行内に突入する予定である。どれも武術を得意とし、特殊装備で身を固めているのだ。基本的に不殺を信条としているが、上官の命令で射殺も辞さない。そしてそれは新聞には載らないのである。陰賀の最後が近づいてきたが、実際にとどめを刺したのは別の人間であった。


「いいですね、あなた」


 そいつは黒いフードを被っていた。体型は背は低いが男のようである。いったいどこから現れたのかわからない。だが陰賀の頭の中には目の前の相手を射殺することで頭がいっぱいになっていた。


「うふ、しーね♪」


 よだれを垂らしながら引き金を引こうとしたが、陰賀の体は動かない。まるで石像のようにかちかちに固まっていた。さすがの陰賀も焦っている。周りの人間はフードの男が何をしでかさないか、恐れていた。


「君のような享楽主義者が自殺させられたら、どうなるかな?」

 

 フードの男は笑っていた。すると陰めきょっと音がしたら、陰賀の右手がありえない方向に曲がった。そして猟銃は床に落としてしまう。


「ふぇ!? にゃんでぇ!!」


 陰賀は焦っていた。身体が自由に動かない。今まで思い通りに生きていたこの男にとって、今の状態は天地がひっくり返るほどの異常事態であった。

 右手だけではない。手の先から、足のつま先までねじれ始めたのだ。めきょめきょと関節がねじれる音が響き、鈍い痛みが全身を貫く。


「さて、君には死んでもらうよ。死んだ後に体から抜け出る魂は、どれだけどす黒いか楽しみだね♪」


 フードの男は踵を返して陰賀から離れた。肝心の陰賀は顔じゅうから涙に鼻水、よだれをだらだら垂れ流している。恐怖と激痛で顔がゆがんでいた。腰に肩、首も回り始めた。


「いっ、いやらっ、たずけでくれぇ!! おりぇは、まら、しにだく、ナッチョス!!」


 陰賀の首は反対方向に曲がると、目玉がピンポン玉のように飛び出し、血が噴き出た。くたくたと崩れ落ちて死んだ。全身がぼろ雑巾のようにねじれている。表情は目を見開き、あごが外れそうなほど口が開いていた。

 それを見た人質は凄惨な惨状に悲鳴を上げて逃げ出した。特殊部隊が駆け付けると、陰賀の死体が取り残されていた。あまりにも異様な死に様に隊員たちは指示を待つしかなかった。

 周囲の人間は黒いフードの男が何かしたと言っているが、警察は銀行から抜け出た者を一人も目撃していないのだ。

 もちろん特殊部隊も、目を皿にしており、蟻の子一匹見逃すはずがなかった。


 ☆


 ここは警視庁にある取り締まり室である。部屋には刑事である榎本健美えのもと たけみが椅子に座っていた。その向かいには大安喜頓おおやす きーとんと、川田美晴かわだ みはるが座っていた。健美が美晴を見つけると、彼女にも同行するように命じたのだ。美晴は大変驚いていた。

 他には聴取を取っている職員が一人、黙々と筆を走らせている。禿げ頭で眼鏡をかけた小柄な30代の男性だ。


「ではあなたは無関係だというのですね」


 健美が肉食獣のようににらみつけて尋ねた。彼女は黒人の血が流れており、美しさと獰猛さという相反する声質を持っていた。


「無関係ではないです。相手は俺が昨日の事件を目撃していたことを知ってました。それが天使になって襲い掛かってきたんです」


 喜頓はまっすぐな表情で断言した。それを聞いて健美は頭を抱える。先ほどから犯人は天使になった、自分は美晴からリバスに変身するように言われ、相手を倒したと主張しているのだ。

 そんな話を信じられるわけがない。しかも相手は真顔で言うから頭が痛くなるのも当然だ。日本語を理解しているが、本質を知らない外国人と話している気分になる。


「それと川田さんでしたね。あなたはおかしなコスプレをして出歩いていたようですが、何か催し物でもやっていたのですか?」


 美晴は悪魔アスモデウスの格好のまま、警視庁にやってきた。だが誰も彼女の服装に触れていない。健美はずいぶん行儀がいいと思いながら、不思議に思っていた。


「あなたは私の姿が見えるのですね。でも適合者ほどじゃないです。本当に惜しいですね」


「私はあなたの与太話に付き合うつもりはありません。まったく今時の若者のセンスが理解できないわ」


 健美は呆れていたが、職員は怪訝な表情を浮かべていた。


 ノックの音がした。はいれと健美が命じると、紺色の背広を着た若い男性が入ってきた。アフロヘアにひげを生やしている。


「榎本巡査部長、鑑識の結果が出ました」


 そう言って男は封筒を健美に差し出す。巡査部長は警部や警部補の補佐をすることが多い。

 健美は差し出された封筒の中身を取り出すと、中の書類を読んだ。すると顔が曇る。


「……大安さん。あなたがおっしゃる通り、あのホテルの外壁から男の指紋が検出されました。室内から採取された指紋と発見された死体の指紋とも一致しています。さらに男の死因ですが、こちらは絞首となっていますね」


「こうしゅってなんですか?」


「首吊りです。日本では死刑囚は絞首刑と決まっているのです。しかも……」


 健美は言いよどんだ。


「相手は或串太蔵あるくし たいぞうといい、連続幼女殺害を犯していました。一か月前に死刑を執行されています。その死体は医大の献体になったはずですが、その遺体が盗まれていることが発覚したのです」


「へぇ、死体がしゃべるんですか。さすがは都会だな」


「都会でなくても、死体はしゃべりませんし、自分で歩きません!!」


 とんちんかんな喜頓の言葉に、さすがの健美も怒り出した。どんと拳を机に叩き下ろす。

 美晴は冷静なままであった。


「天使に憑りつかれたなら不思議じゃないわ。あいつらは生きている人間を操ることができない。だから死体に憑依するのよ」


「さっきから何を馬鹿なことを言っているの!! 今流行りの中二病にかぶれるのもいい加減にしなさい!!」


 健美が怒鳴ると若い男と聴取を取る男が声をかけた。


「榎本巡査部長、さっきから何を言っているんですか? ここにはそこの男しかいないでしょう」


「はぁ? 彼の隣に座っているじゃない。肌を黒く染めたコスプレ女が!!」


「……巡査部長、頭を打ったのですか? そんな人どこにいるんですか?」


 健美は自分の異常さに気づいた。そもそも美晴をパトカーに乗せた時も、巡査が一緒に乗ろうとして止めようとしたが、怪訝な顔をされた。

 そもそもこんな派手なコスプレをした女を連れてきたのに、誰も気に留めないのがおかしい。


「え? 美晴さんここにいますよ?」


 喜頓は不思議そうに声をかける。男は途端に不快な顔になった。冗談を言っていると思っているのだ。

 美晴はため息をつくと、突如身体が光りだした。

 光が収まると彼女は金髪の女性に戻っている。すると男二人が驚愕した。


「なっ、なんだお前!! どこから入ってきた!!」


「いや、いつからいたんだ!!」


 どうやら二人は美晴が見えるようになったらしい。取調室はパニックになっていた。

挿絵(By みてみん)

「なんだこのバカ騒ぎは? 騒々しい」


 そこに20代くらいの嫌味そうな男が現れた。高級ブランドスーツで身を固めており、気障に見えた。


笠置かさち警視……」


 この男は笠置静夫かさち しずおといい、階級は警視だ。笠置は健美に対して見下した目を向ける。そして喜頓に対してはさげすむような視線を向けていた。そしてチッと舌打ちした。


「おい、大安といったな。もう帰っていい。二度と俺の前に面を見せるな。そしてそこの女。あまり調子に乗らないことだ。それと榎本巡査部長、あとで私の部屋に来い。のろまは嫌いだ」


 そう吐き捨てると、笠置は部屋から出ていった。呆気にとられるが、健美は言葉を絞り出す。


「……今日のところは帰っていいわ。だけど忘れないで頂戴。あなたはこれからも公安に目をつけられていることに」


 公安とは公安警察のことである。暴力団やテロリストを見張るのが主な仕事だ。某宗教団体も私服の公安が監視を続けているのである。喜頓の無罪が晴れたわけではないが、有罪というほど証拠もない。釈放はやむなしで会った。


「ありがとうございます榎本さん!! 心配してくれて!!」


 喜頓は立ち上がり、健美の両手を握手した。きょとんとなる健美の横に、美晴は思案に暮れていた。


「あの人、私が見えていたようね……」


 彼女の独白は誰の耳にも入らなかった。


 ☆


「笠置警視。はいります」


 健美は笠置の部屋に入った。笠置は椅子に座ってふんぞり返っている。国立大を卒業したエリートだ。ノンキャリアの健美を見下している。そればかりではない。自分以外はすべてクソだと思っていた。中身を知らない女性警官たちの人気は高いが、本性を知るものには蛇蝎の如く嫌われている。


「榎本巡査部長に命じる。今後大安喜頓が関わった事件に対して、裏でもみ消すように。以上だ」


「なんですかそれは? それは警視の独断ですか?」


 あまりにも理不尽な命令に健美がむっとなる。それに反応したのか笠置は不快そうな顔になった。


「警察庁長官、直々の命令だよ。まったく忌々しい。なんで私がこんなことに……」


 笠置は苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 警察庁とは警察行政を統轄する中央機関である。国家公安委員会に特別の機関として置かれており、警察庁長官を長とし、警察に関する全般的な事務を行うのだ。警視庁はあくまで東京を管轄にしているだけである。

 

「君がくだらない取り調べをしている最中に、事件が起きた。指名手配犯の陰賀桜芳が銀行強盗をしでかし、犠牲者を6名出した後、自殺したことになっている」


「自殺したことになっている、どういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だ。陰賀の身体がねじれたんだ。それも勝手にな。被疑者死亡で送検することになったが、お偉いさんたちはこいつを対天使憑きとして調査を命じやがった。その責任者が寄りによって私なんだよ。まったくなんで私がこんなことに……」


 笠置は愚痴をこぼし続ける。キャリアの彼にとって意味不明な部署の責任者は不快以外の何物でもなかった。

 しかし健美は呆気に取られていた。いったいこの都会で何が起きているのか。少なくとも警察庁では天使憑きは周知の事実らしい。もちろん上層部のみだろうが。

 健美は自分が何か底なし沼に足を突っ込んだ気分になった。

 陰賀桜芳:尾花風郎おはな かざろう。悪役専門の俳優。趣味は園芸で家族と一緒にガーデニングをするのが大好き。出演したドラマなどでよく自分の花を飾るため、他の俳優からは評判がいい。

 笠置静夫:五味秀一。


 刑事:アビゲイル・安倍登志夫あべ としお。禿げ頭のづらを被ってます。

 アビゲイル・後藤繁ごとう しげる。アフロヘアにつけひげをつけてます。


 笠置の名前は歌手であり女優の笠置シヅ子から取りました。五味の務めた役を反映するようにしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急にシリアスになってきましたね。 後、笠置のキャラが良いです。 嫌な奴っぽいけど、 話が面白そうになりそうなキャラですね。
[一言] 天使は凶悪犯の死体に憑依。 厄介ですね。
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