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劇場版 その2

「私はもう長くないかもしれない」


 ぽかぽかと暖かい日差しの下、縁側に女性が二人座っていた。一人は黒髪で白肌の薄幸の美人を連想する白い寝間着を着た女性だ。もう一人は30代ほどのおかっぱの茶髪ででっぷり太った女性だ。こちらはけばい化粧に派手な着物を着ており、大阪のおばちゃんを連想する。ただし顔つきは厳しく抜け目のない商人あきんどのような雰囲気があった。

 庭は松の木が植えており、池にはししおどしが設置されている。典型的な日本庭園だ。部屋は和室で畳張り。布団が敷いてあった。


「なにゆうてんねん佐千三さちみ。わてらは同じ男を愛しとる女同志や。お父ちゃんを守ると誓こうたやないけ」

「それはあなたに任せるわ六葉ろくは。五郎さんや太郎さんと仲良くね」

「あんさんには真千代まちよ照美てるよがおるやんか。ふたりを置いて楽になるつもりかい? そんなふざけたことは許しまへんで?」


 六葉は怒っていた。彼女は指定暴力団、羽磨組の会長、羽磨輝海わすれ てるうみの愛人である。2歳年下の弟、古川五郎ふるかわ ごろうとともに組を切り盛りしていた。現在輝海の間に太郎という息子が生まれている。

 佐千三は輝海の正妻だ。真千代と照美という娘がふたりいる。体は細いが武闘派として活躍していたが、最近は病気で寝込みがちである。

 真千代は中学一年生で、照代は5歳。太郎も五歳だが跡継ぎは男子がいいということで、六葉の地位は高くなっている。もっとも彼女には関係なく、夫に尽くすのを喜びに感じていた。


「そうね。極道の女が人並の幸せを求めるなんてどうかしているわ。でもこの世は因果応報でできている。私の病気も今まで手をかけてきた魂が私を縛り付けているのかもね」

「魂かぁ。お父ちゃんから聞いたけど、この世には天使と悪魔はおるけど、あの世があらへんてな。人間死んだら魂抜けてそのままどろんや。宗教で銭儲けしとる連中には発狂もんやな」

「でも魂は正しく消えるわけじゃないわ。昔見たことがあったけど、一家心中した家で魂が乗り移った人形に襲われたわ。自分たちを殺した私に復讐したかったのね」


 佐千三はため息をついた。彼女たちは天使と悪魔を視ることができる力を持つ。だからといって何ができるわけではないが、天使の関わる事件を利用して金儲けをしたりできた。

 六葉は内助の功で支えており、見た目に反してインドア派であった。佐千三は世間の陰で幾多の敵を闇に屠ってきた。娘二人に恵まれ、自分の人生に疑問を抱き始めたのかもしれない。

 それを見て六葉もため息をついた。


「……まあなんかあったら、陰ならが見守ったるわ。組ではわてを持ち上げ、あんさんをないがしろにする空気がある。お父ちゃんも意図的にあんさんたちを避けとるからなぁ」

「それは当然よ。あの人に頼んだから。お義母さんもいるし、私の妹にも電話で話しているからね」


 佐千三がにっこりと笑うと、六葉は呆れたようにぽかんとなった。その様子を襖の隙間から覗いていた人影。佐千三の長女、真千代であった。その背後に黒い着物を着た背の高いどっしりとした老婆が真千代を優しく肩を手にした。会長の母親で真千代の祖母、羽磨頼母わすれ たのもであった。


 ☆


「あれが水鳥みずとり島か……」


 クルーザーの船首に羽磨真千代わすれ まちよが腕を組んで仁王立ちしていた。その後ろには山茶花玖子さざんか ちゅうこも立っていた。このクルーザーは真千代が所有しているものだ。彼女は羽磨組のフロント企業で働いている。IT企業を立ち上げており、スマホのゲームなどを配信していた。かなり儲けているらしい。操縦しているのは執事の雄呂血妻三郎おろち つまさぶろうだ。70歳の老人だが、背筋はぴんとしており、年齢以上に若く見える。黒い背広に短く刈り上げた白髪に馬面。素人目で見ても常人と逸脱していることがわかる。


 水鳥島は普通の島に見えるが、山の辺りに城が建っているのが見えた。おもちゃの城がちょんと山にのっかっている印象がある。空は訛り色で、海はどこか淀んでいるように見えた。まるで地獄から抜け出たような不気味さがあった。


「バブル時代は観光客でにぎわっていたそうですが、今は誰も行きません。それどころかどんどん人が出ていきます。ですが最近島に人が来ているそうですよ」


 操縦している妻三郎が説明してくれた。ここ最近建築会社が資材を積んで島に来ているらしい。資金はどこにあるのか謎だが、スポンサー企業が多いという。


「死神が脅迫しているのでしょう。天使の特殊能力を使えば邪魔者は始末できますからね。向こうにしてみれば死神に目をつけられて棚から牡丹餅と思っているでしょうね」


 玖子が答えた。天使でも自分の活動をしやすいように、人間の協力者を作ることがある。玖子も自分が勤務している病院の理事長と手を結んでいるそうだ。彼女は人間の体の気の流れを正しく調整できるそうだ。痴呆症や寝たきり老人を治療することができた。退院されたら儲からなくなると思われるが、医療現場はひっ迫しており、退院しても次から次へと入院患者は後を絶たない。それでも他の病院と比べればおとなしい患者が多く、評判がよくなったという。


「死神、六葉さんなら手腕で経営を立ちなおすことが可能ですね。ですがあの人は目立つことが嫌いなんです。太郎を生んだだけで周りが次期後継ぎと騒ぎ立て、自然に目立っただけなんですよ」

「そうなのですか。実際に会わないと何とも言えませんね」


 ちなみに坊屋利英ぼうや りえは同行していない。素人の自分が行っても足手まといになるだけだ。不本意だが真千代に任せることにしたのだ。


「専門家に任せるよ。でも喜頓を助けても結婚は認めないからね!!」


 利英はにらみながら言った。真千代は彼女の顔を思い返す。


「まったく子離れができていないんだから」

「子離れとは関係ないでしょ」


 真千代の懐からぬいぐるみが出てきた。悪魔アスモデウスである。彼女ももちろんついてきた。リバスに変身するペンを所持するのは彼女だけだからだ。もちろん玖子も天使ミカエルに戻れば自身の舌でリバスに変身することはできる。


「「そうはさせんぞ!!」」


 空から声がした。それは二人組の女性であった。ふわふわしたうさ耳に、白いふさふさしたビキニと手袋と靴を履いていた。よく見ると胸は平らで骨格は男であった。黒髪のおかっぱに茶髪のパーマだ。顔は女性そのものでいたずらっぽく微笑んでいる。


「「我らはポーパルバニー!! 羽磨真千代!! お前を我らの島に招待してやろう!!」」


 二人は空を飛んでいた。真千代は二人に両腕を組まれると、そのまますぃーっと飛んでいった。後に残るのは玖子にアスモデウス、妻三郎だけだ。あまりの出来事に全員が呆然としていた。


 ☆


「「えい!!」」


 真千代は森に落とされた。薄暗く茂みの深い森であった。素人が何も持たずに入れば迷ってしまいそうな雰囲気がある。

 真千代は尻もちをつき、いたたたと腰を抑えて立ち上がる。彼女はお嬢様っぽく見えるが筋力トレーニングは欠かしておらず、護身術も身に着けていた。しかし空からの襲撃者には対応できず、歯がゆい思いをしている。


「「アハハのハ!! 私たちは天使の力を身に着けた死神だ!! フタローィ様の命令で貴様を処刑する!!」」


 フタローィ? 初めて聞く名前だ。六葉の別名かと思ったが、彼女はケムリルを名乗っていた。フタローィは六葉とは別の人間とみて間違いないだろう。

 ポーパルバニーの二人は両手を広げて、カラスのように急降下してきた。狭い森の中を障害物を気にせず飛んでくる。さらに彼女らのふわふわの耳は鋭利な刃物のようで、木の枝や真千代の服を切り裂いていった。

 彼女は服の下に金色のビキニを身に着けていた。海に落ちても泳ぐためだが、本音を言えば喜頓に見せるためであった。

 すらりとした長身にむっちりした胸、くびれた腰に体の半分以上長い美脚など見る者を魅了するスタイルだ。

 だが相手は死神だ。しかも真千代はリバスに変身することができない。とはいえ彼女は極道の娘だ。突然の凶事でも決して冷静さを失わない。しかし彼らと戦うすべがないため、逃げるしかなかった。


 森を抜けると、原っぱが見えた。さらに海が見える。どうやら崖の上にいたようだ。そこに一人の女性が立っていた。

 黒人の女性で縮れた黒髪に肉食獣のような目つきに、分厚い唇。白いビキニにサンダルを履いていた。彼女も敵かと思ったが、胸元から一本のペンを取りだす。それは髑髏のペンであった。


「それを使いなさい真千代!!」


 彼女に声をかけられ、真千代は右側のこめかみにペンを突き刺した。


「ブレインぷるぷるピッカンコー!! あなたもわたしもくりゃりんこー!!」


 真千代が頭にペンを突き刺すと、穴が裏返っている。人体模型のような姿になっていた。額から角が生え、口からは牙が生えている。胸はあばらのようなビキニになっており、背中から骨の背びれが生えていた。


「「なっ!!」」


 ポーパルバニーは慌てていた。しかしリバスは突進した二人の顔を優しくなでた。リバスを通り過ぎた二人は空高く飛んでいく。だが太陽を背に嫌な音がした。


「ばしぃ!!」「ぼしゅうと!!」


 二人は奇声を上げると体は落下していった。そして崖の下の海にぽちゃんと落ちていった。

 あっけない結末であった。


「まさか佐千三姉さんの娘がリバスになるとはね。さすがだわ」

「あなたはいったい……」


 真千代は変身を解除した。黒人の女性はまっすぐ真千代を見ている。


「私はあなたの母親、羽磨佐千三の父親違いの妹、左右和菜蘭そうわ ならん。あなたの叔母であり、死神よ。こちらは悪魔に乗り移ったけどね」


 真千代ははっとなった。佐千三の旧姓は左右和といい、黒人の父親の間に生まれた妹がいると教えられたことがあった。それに写真も見ている。目の前にいる女性はまさにそれであった。


「待っていたわ真千代。この島は死神フタローィによって支配されているわ。多くの死神を手下にし、古川六葉もその一人よ!!」


 そう言って菜蘭は真千代の肩をぽんと叩いた。

 羽磨佐千三:山田エヴァ万桜。真千代の一人二役。


 雄呂血妻三郎:大岡千恵蔵。

 

 ポーパルバニー:男の娘漫才コンビ。黒髪は並木栄人なみき えいと。茶髪は並木葉月なみき はづきの双子の兄弟。蒼井企画所属のタレント。バニラアイスとは違う方向性で進めている。

 名前の由来はコマドリ姉妹の並木栄子と並木葉子。


 左右和菜蘭:島袋藍しまぶくろ あい。40歳の黒人演歌歌手。14歳の時に日本に住み、日本国籍を手にした。横川尚美の弟子である。

 九州を中心に活躍している。演歌の火竜と呼ばれており、演歌でありながらソウルフルなボイスで若者を魅了している。

 名前の由来は九州のボディビルダー島袋昴大と宮本藍。


 羽磨頼母:横川尚美よこかわ なおみ。70歳。演歌の女帝。

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― 新着の感想 ―
∀・)劇場版というだけあって内容もスケールアップしている感。 ∀・)クルーザーに乗る場面からの急展開。ハラハラします。
新キャラですね。
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