表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/33

 リバス外伝:悪魔マントゥールの罠

「てっ、てめぇ!! よくも俺をだましたなぁ」


 男が一人叫んでいた。黒い背広に黒いシャツ、白いネクタイを結んでいた。日焼けした肌に鋭い目つき、黒いモヒカンに分厚い唇に出っ歯の顔つきである。

 男の足元にはもじゃもじゃ頭の男が倒れていた。こちらも黒い服を着ており、豚のような容姿で垂れ目で卑屈そうな表情を浮かべている。だが男の顔は蒼白であった。死んでいるようだ。男は死んだ男を見て歯ぎしりした。どうやら相棒のようだがなぜか命を落としたようだ。


 ここは洞窟の中で、わずかな光しか届いていない。煙が漂っており地面は見えなかった。

 そこに紫の煙が立ち込めている。それは人の形をしていた。幽霊のようにぼんやりとしていた。


「こっ、殺してやるぅ!!」


 男は激怒して紫の煙に殴りかかろうとした。しかし苦しそうに心臓を抑えると、倒れてしまった。


 ひゅーーーほっほっほ!!


 洞窟の中にやたらと甲高い声が響いた。


 ☆


「あなた、遅刻よ。遅すぎるわ」


 ここは警視庁にある一室である。そこには二人の女性が立っていた。

 一人は黒髪に黒い肌、黒人の血が混じった20代後半の女性だ。漆黒のパンツスーツを着ている。

 榎本健美えのもと たけみ巡査部長だ。大きい瞳に覗かれると吸い込まれる感覚がするほどだ。

挿絵(By みてみん)

 もう一人は30歳ほどの女性だ。すらりとした長身に黒いタイトスカートを履いている。

 茶髪で後頭部に髪をまとめており、赤縁の三角眼鏡をかけたキツネ顔であった。旧華族の出身と言われても不思議じゃないほど、気品のある女性である。高圧なのが当たり前だと思っているのだ。

 彼女は二村定子ふたむら さだこ。警視である。殉職した笠置静夫かさぎ しずお警視の代わりに入ってきたのだ。笠置は警視総監である水谷主水みずたに もんどを拳銃で撃った。その後東京タワーに行って健美によって射殺されたことになっている。

 もちろん真実を話すわけがない。笠置は侵入したテロリストと応戦し、東京タワーまで追いかけていった。そして犯人に殺害されたことになっている。

 犯人は名無しの権兵衛だ。天使に憑依された大安喜一おおやす きいちを犯人に仕立て上げたが、大安喜一自身は数か月前に亡くなっており、警察は七篠権兵衛ななしの ごんべえとして書類送検したのである。


 二村定子は天使が見える体質だ。よって健美の上司でもある。今回は新任したので健美を自分の部屋に呼びつけたのであった。しかも健美は5分前に部屋に入ったにも関わらず難癖をつけていた。


「私が呼んだ以上一時間以内に来なさい。私の命令は金言と知りなさい。のろまはすぐ天使に殺されますわよ。あいつらは天使の皮を被った悪魔ですからね」


「はぁ……」


 高圧的な定子に対して、健美は頭を下げた。正直苦手な性質である。笠置も苦手であるが定子は別のベクトルで苦手であった。

 定子はため息をつくと、机に向かう。そして引き出しから書類を取り出した。

 それを健美に突き出す。健美は慌ててそれを受け取った。定子は健美をにらむ。早く中身を見ろと圧をかけているのだ。

 健美は慌てて中の書類を目に通した。


 それは都内にある火徳井ひとくい公園で行方不明者が続発しているとのことである。

 老若男女問わず数十名が行方不明になっているのだ。

 火徳井公園はかなり広く、富士の樹海くらい道に迷うと言われていた。隠し事をするには最適らしい。

 行方不明者は家族連れから独身者まで幅広い。なぜ火徳井公園に限定しているのだろうか。


「これはオフレコよ。犯人は悪魔、悪魔が人を誘い込んでは殺して楽しんでいるそうよ」

 

 定子は深く息を吐くと、呆れたような表情になる。

 健美も悪魔のことは知っていた。彼らは普段から何もない死の世界である月に住んでいる。人間が死後に抜き出る魂は酸素のようなもので、人格が破綻した人間の魂は腐った魂と称し、敬遠されていた。悪魔は腐った魂の持ち主を悪魔の願いで中和するために地上に降り立ったとのことだ。

 具体的には悪魔の願いだ。死にかけた人間に契約を持ち掛け、パンと水を与える話が多いが、実際は相手はなにも口にしていない。すべて幻覚だ。だが相手は空腹が満たされ満足げに生涯を終えるのだ。

 空腹で世の中を呪いながら死なれるよりも、腹が満ちれば魂は浄化される。その際に羊皮紙で契約を交わすが、現代は物で代用できるそうだ。

 人間のファウストが悪魔メフィストフェレスに魂を売り、地獄に落ちた話があるが、実際にファウストは知識欲を満たされ死んだという。契約ではすべての知識を得た後、安らかに死ぬことを約束したそうである。余計な不安を感じずに死ぬことで魂はきれいなままだそうだ。悪魔は天使と違い特殊能力は持っていない。代わりに契約がある。契約は絶対で悪魔が約束をしたら悪魔も守らなくてはならないのだ。

 西洋は悪魔を否定する。悪魔は力を持っているがうそつきで人間を軽視している。悪魔と契約した罪人は地獄へ落ちて苦しまなくてはならないと、宗教が宣伝したため、現代にそういった話が残っているのだ。

 エデンの園でイブをそそのかし、禁断の実を食べさせた蛇は悪魔の化身と呼ばれることもある。もっともこちらは契約を交わしたわけではなく、悪魔とは無関係と思われる。


「悪魔アスタロトのタレコミよ。正確には部下のベルフェゴールが教えてくれたのだけどね。悪魔の中には腐った魂を直に吸いたがる輩がいるそうよ。なんでも吸えば気持ちよくなるようね。そう言った悪魔が地上に降りて悪さをするそうよ」


 悪魔アスタロトは地上に降りた悪魔で、魔王である。もっとも王族というより会社の会長みたいなものらしい。見た目はゴスロリドレスを愛用する少女にしか見えない。彼女はしゃべれないので部下のベルフェゴールが代わりに伝言するのだ。


「悪魔も色々いろんですね」


「ベルフェゴール曰く、悪魔はのんき物が多いらしいわ。寿命がやたらと長いから精神が鈍いそうよ。その中で突然変異のような性格も出てくるそうよ。人間社会と同じね」


 健美の顔が曇る。天使ならリバスを頼ればいいが、悪魔はどう対処すればいいかわからない。

 定子曰く、天使と悪魔は別物で、リバスの優しく殺す効果は悪魔には通用しないらしい。精々悪魔を鏡で全身を映すくらいだが、大きな鏡を持ち歩けば警戒される。健美は囮であり、鏡を持つのは別の人が担当するそうだ。


「行きなさい。脱兎のように、走りなさい」

「それだと、任務放棄で、逃げ出せと言ってません?」


 高圧な高貴な貴族のように命じる定子に、健美は一兵卒のように唯々諾々と従うのであった。


 ☆


 火徳井公園は都心にあるが深い森で有名だ。まるで富士の樹海をそのまま切り取って持ってきたような感じである。実際に樹海を見たことがない人間が見ても、これは樹海だなと信じてしまうほどだ。それほど人を惑わせる森であった。新宿区の新宿中央公園も危険地帯と呼ばれているが、ホラー小説の影響で実際は平和なものだ。だが火徳井公園は文字通り人喰い公園として悪名が高かった。公園の下には巨人が地面の中に寝っ転がって、大きな口を開いて人間を食べているのではと言われていた。

 

 健美は一人で森の中をさまよっていた。昼間なのにもう夜なのかと錯覚するほどだ。うっそりと伸びた木に、手入れもされていない茂みの中を健美は進んでいく。

 なんで自分がこんな目にと思っている。彼女はあまり自己顕示が強いわけじゃない。自分自身は黒人のハーフで幼少時から冷たい視線を向けられてきた。自分が行動を起こせば他人より悪目立ちするのが耐えられなかった。

 

 かといって仕事に手を抜くつもりはない。リバスと関わって警察官の仕事とは思えないこともやるようになったが、市民の平和を守ることに変わりはない。昔と違って自分の容姿は珍しくなくなったのだ。

 同僚も最初は珍しがったが、すぐに普通の態度に変わる。なんだかんだといって今の生活は気に入っていた。


「もうし、そこの見目麗しいお方」


 鈴のような声がした。振り向くと、黒い長髪の美人が立っていた。白いワンピースを着ている。歳は30ほどだろうが、今時年齢に関係なくファッションを楽しむものが多い。健美は女を見ても不自然とは思わなかった。あくまで恰好だけで、なぜ軽装の女性がここにいるのかが疑問であった。


「わたしのことでしょうか。そんなこと言われたの初めてです」

「おほほほほ、それは世間の男に見る目がございませんわねぇ」


 女は朗らかに笑った。どこか古風な感じがする。


「あなたは散歩でもしているのですか? この森は整理されていないので不向きだと思いますが」

「おっほっほ、わたくしはこの公園が好みでございますのよ。実はこの先にある洞窟に奇妙な声が聴こえたのでございます。一緒に様子を見に行ってくださいませ。お礼にリンゴを差し上げます」


 そういって女性はどこからかリンゴを差し出し、健美の手に握らせる。

 公園に洞窟があるのかと健美は驚いた。女の名前は谷都尼子たに とにこという。彼女が説明してくれた。健美も名乗ったが警察官であることは隠した。

 彼女に誘われて健美は森の奥に進んでいった。地面を見ると足跡がくっきりとついている。それも一人だけでなくかなりの人数が歩いているようだ。

 数分後にたどりつくと、小山がそびえたっていた。そこに洞窟がぽっかりと開いている。これは洞窟というより戦前に使われた防空壕ではないかと思われた。その割に埃っぽさを感じない。つい最近出入りしているのだろうか。


 健美は都尼子に誘われるまま、洞窟に入ろうとした。その際に健美はこっそりとリンゴを投げ捨てる。

 洞窟の中はひんやりとしていた。大人の女性が二人でも広々としている。途中で木の柱が見えた。やはり人の手が入った防空壕だろう。だが埃っぽさがない。人が多く出入りしている証拠だ。

 二人は洞窟の奥に進んでいく。途中で煙が出てきて、地面が煙の海になった。

 そこに紫の煙が立ちこもる。それは人の形を取った。それは毛むくじゃらの男だっだ。ヤギの角に、赤い目にとがった耳と裂けた口。手にはさすまたを手にしている。海外のカートゥーンに出てくる悪魔そのものであった。


「ひゅーーーほっほっほ!! 我は悪魔だ!! ここは我の家で、お前らは迷い込んだ子羊だ!! こいつらのように喰らってやるぞ!!」


 悪魔はさすまたを大きく振りかざすと、地面の煙が晴れる。すると白骨死体がごろごろと転がっていた。健美は仕事上死体を見る機会があったが、これほどの骸骨の山は見たことがない。昔の特撮番組で見たことはあるが、実物を見ると寒気がしてきた。

 都尼子は怯えて健美の背中に隠れる。


「だが我はあわれな人間に機会をやろう!! まずはこの小石を拾うぞ!!」


 悪魔は地面に落ちた小石を手にした。そしてぽいっと天に投げると、くるりと背中を向けた。

 次に振り向くと悪魔は両手を握っている。


「小石はどの手にあるか当てるのだ!! 外れたら生かして帰してやろう!! しかし外れたら死んでもらう!! 心臓発作で死ぬのだ!! 我は生きながらお前を喰らう趣味はないのでな!!」

「私に断る権利はないのですか?」

「ない!! 我は悪魔なのだ!! 人間は我の言う通りにしなくてはならないのだ!!」


 健美が訊ねると悪魔は声高々に否定する。なんとも理不尽な話である。自分の生殺与奪が小石で決まるのだ。


「……いいでしょう。ですが条件があります。負けた相手は必ず負けを認めること、身体がドロドロに溶けて死ぬことを約束してもらいます。これはその証です!!」


 そう言って健美はポケットからボールペンを投げ捨てた。悪魔は疑問を抱くことなく、ボールペンを拾い、右の耳に挟んだ。 


「? まあ、よいだろう!! どうせ我が勝つのだからな!!」


 悪魔は呵々大笑いしていた。そこに都尼子が背中をつんつんと突いた。


(健美さん、わたくしは見ました。小石は左手にあります)

(本当ですか!?)

(はい、本当です。わたくしの言うことを信じてください)


 鈴の音のような優し気な声である。健美は悪魔を見て、右手で指さした。


「私は右を選びます!!」


 すると悪魔はうろたえた。都尼子も慌てている。


「どうしたのですか? 私は右を選んだのです。早く手を開いてください」

「ぐぐぐぐぐ!!」


 悪魔は右手をプルプルと震わせていた。手を開くと右手には小石が握られている。

 それを見て都尼子は激怒した。まるで般若の様な表情になった。


「なぜだ!! お前は私と契約したのじゃ!! なんで反対を選ぶことができるのじゃ!!」

「それは契約の証であるリンゴを持っていることですか? 私は入り口で捨てましたよ」

「なんじゃと!!」


 都尼子はすっかり豹変していた。髪の毛は怒髪天をつくように逆立っている。


「あなたが悪魔ですね。悪魔は契約を重視すると聞きます。契約は相手が望まなければ無効になるそうです。先ほどの様に一方的な契約など結ばないと思いました。それにあなたの様子がおかしかったので、リンゴは捨てておいたのです」


 健美の言葉に都尼子はぷるぷると震えていた。健美は一般人だが数多くの事件を乗り越えてきた。最初から都尼子を怪しんでいたのだ。

 悪魔はいつの間にか霧散している。都尼子はくるりと一回転すると白いスーツを着た美丈夫に変身した。さらさらの黒髪に目には紫のアイシャドーが塗られている。口紅も紫で化粧が決まっていた。

 男装の麗人にふさわしい姿である。


「わたくしの名はマントゥール!! ミーには死んでもらいます!! わたくしは賭けに勝ったのですから当然ですから!!」


 するとマントゥールは足を高速でぱたぱたと動かした。ザウリダンスといい、アフリカのザウリに伝わっているダンスだ。軽快なステップをしたあとスピンを決めると、両手を広げてポーズを取った。


「賭けは私が勝ったのです!! あなたは負けたのですよ!!」

「何を馬鹿なことを! 負けたのはあなたですよ、現実を認められないなんて頭がよっぽど弱いようですね!!」


 マントゥールは薄ら笑みを浮かべる。あの女はサイコパスだ。現実を受け入れず自分の都合以外認めないのだ。健美は数多くの犯罪者と対峙してきたから理解できたのである。


「わたくしは常に勝ち続けてきた!! そこに転がっている三匹の猿は親子でしたね。娘が死んだときとの両親の嘆きは心地よい響きでした!!」


 マントゥールは思い出す。20歳を超えた黒髪をポニーテールにまとめた黒いパンツスーツを着た美女が苦しそうに倒れる。その際にお父さんお母さんと助けを求めて、右手を突き出したが、地面に倒れた。

 それを50歳くらい73分けに眼鏡をかけたの優しそうなふっくら男性と、茶色のパーマをかけた優しげな表情のふっくらした女性が慌てて娘に駆け付けた。

 

「香菜ーーー!!」

「ひどい、あんまりだぁぁぁ!!」


 夫婦は嘆き悲しむが、次に二人も苦しみだした。ぷるぷると震える手を伸ばそうとするが、手は届かずに息絶えた。都尼子の状態であるマントゥールはほくそ笑むのだった。まさに悪魔と呼ぶにふさわしい所業である。


「ひゅーーーほっほっほ!! 人間が絶望しながら死ぬ様は最高のショーですね!! 愛する子供が死ぬ姿を嘆く親のみじめに嘆く姿は喜劇のよう!! わたくしは永遠にそれを鑑賞する権利がある!! 人間など猿であり、わたくしのおもちゃでなくてはならないのです!!」


 健美は悪魔マントゥールの恍惚な表情を見て吐き気がした。たまに自分の犯行を自慢げに語る罪人を見ると、よく自分は腰に下げた拳銃を額に撃ち込まないなと感心するほどだ。

 だが健美は慌てない。すでに勝負はついているからだ。


「ひゅーーーほっほっほ!! ではわたくしにケチをつけたあなたには死んでもらいます!! あなたは苦しめて死んでもらわなくてはね!!」

「それは叶わぬ願いですよ!!」


 マントゥールは軽快なステップを踏みながら、健美を攻撃しようとした。右手を突き出し、人差し指と中指を向けると健美の喉をえぐろうとした。しかし寸で止まる。何が起きたのか? マントゥールの体は石像の様に固くなった。すると体から煙が上がっている。じゅぅぅと肉の焼ける音がした。マントゥールの整った顔が溶け始めているのだ。


「なっ、なんだ!! なんで身体が動かない!!」

「あなたとは契約を交わしたからです。あのボールペンがその証ですよ。あなたのリンゴもそうなのでしょう。あれがあると相手の意思に関係なくあなたの言葉通りに動いてしまうから」

「だっ、騙したのか!!」


 騙してはいない。健美は嘘をついていないのだ。悪魔は自分が世界一賢いと信じ込んでいる。そのため相手に騙されるというか、相手の思考を読み切れないのだ。

 マントゥールの体はどんどん溶けていく。肉の溶ける悪臭が洞窟の中に充満する。マントゥールは苦悶の表情を浮かべていた。


「うがぁぁぁぁ!! わたくしは、勝っていたんだ!! それなのに小細工するとは許せん!! 殺してやるぅぅぅぅぅ!!」


 もはや悪あがきというか、マントゥールは狂犬のように健美にとびかかった。口は避け犬のように牙をむき出しにしている。さすがの彼女も動揺したのか身動きできない。


「やれやれ、詰めが甘いですね」


 背後から声がした。健美が後ろを振り向くとそこには定子が大きな鏡をもって立っていた。

 鏡はマントゥールの全身を映しこむ。正確には鏡面の光を浴びせたのだ。

 悪魔は鏡に映し出されると消滅してしまうのである。正確には健美や定子のように悪魔と天使が視える者限定であるが。

 

「あじゃぱぁぁぁぁぁ、ぱらだいすっ!!」


 マントゥールの体は風船のように膨らむと、爆発し断末魔の叫びをあげて消えた。後にはちりも残らない。

 さすがの健美も怒涛の展開についていけず、腰を抜かすのであった。


 ☆


 時刻は深夜で、都内にある丼物のチェーン店、丼キングに榎本健美と二村定子がカウンター席に座っていた。店員は70歳ほどの老夫婦だ。白い割烹着を着て、猫背で作業している。

 丼キングは安い外国産の牛丼を提供しているが、毎月変わったメニューを出している。今月はアライグマの大和煮やまとに丼だ。特定外来生物を捕獲してはその肉を提供しているのである。牛丼より値段は張るが、リピーターは物珍しそうに注文している。健美と定子はそれを食べていた。


「事件は無事に解決したわね。おめでとう」


 妙に定子は優しい声色で労った。だが健美の表情は重い。結局洞窟の中、防空壕の中には数十人の白骨死体が発見されたのだ。恐らく行方不明者と該当する者は多いだろう。二人はその後始末に追われてようやく食事にありつけたのだ。


「……私は二村警視のおかげで助かりました。でもあそこには理不尽に人生を終わりにされた人たちが大勢捨てられていました。私たち警察は何のためにいるのかわからなくなります」

「……この世は生きている人間のためにあるわ。死んだ人間は役目を終えたから眠りにつくと私は思っている。理不尽に死んだように見えても、実際は悪人で因果応報で裁きが下されたかもしれない。少なくとも警察は犯罪防止につながっているわ。殺人事件を起こすのは一部の狂人だけだしね」


 そう言って定子は豪快に食べる。その姿にも気品を感じた。


「お客さん、何かあったか知りませんが、元気を出してください。あたしらは70歳ですがね」


 店員の老夫婦が健美に声をかけた。するとふたりは割烹着を脱ぎ捨てる。そこには筋肉の鎧があった。日焼けした肌にむきむきの筋肉に黒いブーメランパンツのみだ。

 老婆の方は金ビキニを身に着けている。顔は老けているがあばら骨が浮かんでおり、実年齢より若く見えた。

 二人に唖然するが、すぐに笑顔になる。健美は丼をがつがつと食べ始めた。

 それを見て老夫婦はにっこり笑うのだった。定子も健美を見て口元を緩ませた。

 二村定子:鮎乃嬢あゆのじょう綾次郎あやじろうの鮎乃嬢。お嬢様キャラを演じている。本名は岸井明美きしい あけみ、元宝塚歌劇団出身の30歳。退団後はお笑いを目指し、蒼井企画に所属する。高慢なお嬢様を演じることが多い。名前は昭和に活躍した浅草芸人の二村定一ふたむら ていいち


 谷都尼子:鮎乃嬢・綾次郎の綾次郎で男装している。本名は平井英香ひらい えいか元宝塚歌劇団出身の32歳。退団後はお笑いを目指し、明美とコンビを組む。実際は仲が悪いがコンビを組むならその方がいいと判断した。だが周囲は腐れ縁と思われている。劇中のザウリダンスは彼女の持ちネタ。名前の由来はコメディアンのトニー谷。


 冒頭で死亡した二人組。蒼井企画所属の漫才コンビホワイトエンジェル。悪人顔で善人というギャップが受けているが、ドラマや映画の脇役で引っ張りだこ。

 のっぽは松本薫まつもと かおる41歳。でぶは本庄ほんじょうゆたか39歳。既婚者でともに中学生。オフの日はボランティア活動を行っている。悪人顔は売れない時分に整形手術してたためだ。

ボランティアは心が悪人にならないための戒めとしてやっている。SNSでは発表しないが、ファンが彼らを見つけて勝手に発信することが多いのが悩み。

 名前の由来はダンププロレスラーのダンプ松本とクレーン・ユウの【本庄ゆかり】本名をもじったもの。


 マントゥールの犠牲者になった親子。

 娘役は泉香菜いずみ かな20歳。父親役は伴裕貴ばん ゆうきで50歳で、二人でただいま不倫中を組んでいる。籍も入れている。母親役は裕貴の元妻で堺駿子さかい しゅんこで51歳。

 元夫とは離婚したが友人関係は長続きしている。香菜は彼女が再婚を勧めたのだ。三人とも蒼井企画所属。名前の由来はアジャパー天国の主題歌を歌った泉友子と伴淳三郎。下の名前は花澤香菜と梶裕貴。

 堺駿子は堺駿二さかい しゅんじ堺正章さかい まさあきの父親。


 丼キングの店員。片足棺桶の泉飛鳥いずみ あすか千草ちぐさの夫婦漫才コンビ。ともに70歳。貧弱に見えて実は筋肉ムキムキという芸が主流。

 三人の子供がいたが成人を迎える前に亡くなった。そのため自分の体を鍛え始めた。筋肉芸人として体の弱い子供たちを励まし続けてきた。蒼井企画所属で一番の年配。芸人は45歳から始めた。

 泉香菜は実の娘。健康ですくすく育つ。結婚は本人が好きならそれでいいと思っている。

 名前の由来はクラッシュギャルズのライオネス飛鳥と長与千種。


 マントゥールはフランス語でうそつきという意味がある。


 丼キングは蒼井企画の親会社である蒼井食品経営の店。牛丼が中心だが、特定外来生物や駆除したヒグマなどを積極的に購入し、提供している。SNSではサイコパス店と中傷が絶えないが、外来生物を積極的に駆除に食するやり方は業界では評価されている。

 ブラックバスやアメリカナマズのかば焼き丼などもある。牛丼より高いが期間内に売り切れることが多い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アライグマの大和煮丼。 何ともコアな食べ物だ。 でも外来種を良い感じに再利用してますね。
うーん。天使も天使ですが、悪魔も悪魔ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ