最終回 ルシファーは消えても 世の中は 全く変わらない
「では、ボクの退院を祝って、かんぱ~い!!」
ここは喫茶店シュバリエ。時刻はすでに夕方で町は街灯がともり、仕事帰りの人間であふれていた。
今日のシュバリエは貸し切りである。中心は60歳くらいの中年男性だ。水谷主水警視総監である。一週間前彼は部下の笠置静夫から銃撃を受けたのだが、無事に生還したのだ。
店内はクリスマスのように飾られており、テーブルにはケーキや豚の丸焼きなどが所狭しと並べられている。費用はすべて水谷持ちだ。
「普通なら死んでいますよ。そもそも傷の回復も常人ではありませんでしたし、医者は目をむいてましたよ」
黒人女性の警察官、榎本健美がこぼしていた。彼女は巡査部長から、警視総監の秘書になった。ありえない人事異動で健美は周囲からやっかみを受けていた。最近は胃薬が手放せないらしい。
「さすが警視総監ですね。体の鍛え方が普通じゃないんですね」
「警視総監でなくても、銃で撃たれたら死にます」
金髪の美少年である大安喜頓は感心していたが、健美が突っ込みを入れる。それを聞いた水谷は注がれた麦茶を飲み干した。彼は酒が飲めないのだ。
「天使ルシファーは倒したけど、これで世界に平和が戻るのかしら?」
カウンターの中では店主である坊屋利英が料理を作っていた。その隣にはゴスロリドレスを着た女性も手伝っている。大魔王アスタロトだ。彼女は料理が得意だった。
「いえいえ、それはありませんぜ。あくまでルシファーは天使の中でははねっかえりでさぁ。とはいえ人間を進んで殺したがる天使はそう多くいません。しばらくはのんびりできますわ」
根暗なゴスロリ女が答えた。悪魔ベルフェゴールである。アスタロトは声を出せないため、彼女が代弁しているのだ。どこか落語調なのはベルフェゴールの体の持ち主が落語好きだったためらしい。
「詳しい事情は玖子さんが知っているかもね。あの人はまだ来ないのかな?」
ぬいぐるみの悪魔アスモデウスが宙に浮かびながら答えた。彼女は肉体を失ったため、シュバリエのバイトができなくなった。代わりにアスタロトが厨房を手伝い、ベルフェゴールがウェイトレスになったのである。
「ぐぐぐぐぐ、喜頓くんに近づく女が増えるとは……」
椅子に座っている羽磨真千代が悔し気に声を上げた。
「あたしらは喜頓さんに興味はありません。気になさることはありませんぜ」
「興味ないですって!! 喜頓くんに魅力がないと言いたいのこのクソ女!!」
ベルフェゴールが答えると、真千代は激怒し彼女の首を絞めようとした。喜頓はそれを止める。
それを見た利英は呆れていた。
「玖子さんは用事があって遅れるそうよ。彼女は本業で忙しいからね」
利英が答えた。玖子こと、山茶花玖子は天使ミカエルである。玖子の遺体に憑依した彼女は、生前看護師であった彼女の仕事を引き継いでいた。忙しい日々だが天使の身としては快適な日々らしい。
世間は大量虐殺事件が起きても、何も変わらなかった。頭のおかしい芸能人は履いて捨てるほどおり、SNSでは薬物乱用をしているのではないかと疑う投稿の山であった。
大抵は自分は無関係、見えないところで死んだ人間など自分にとってはいないも同然である。
むしろ死亡した人間を利用して、総理に退陣要求したり、デモを起こしたりと世の中はまったく変わらなかった。政治の仕組みもマスコミの体質もなんら変化することはなく、人の弱みを漬け込み、他者の不幸を見世物にして喜ぶ性質は多少の人間が死んでも治らないと思われる。
「でもまあ、今回の犠牲者は腐った魂の持ち主がほとんどだったからねぇ。ボクのときなんかひどかったよ。幸せな人間を見つけては絶望を味合わせながら殺していたからね」
水谷は切り取った豚肉をがぶりとかじっていた。
「ああ、それはママに聞いたことがあるわ。腐った魂は麻薬のような味だけど、絶望に染まった魂もまた美味らしいわよ。ママの両親は幸せな家庭を築いていたのに、天使によって無残に殺されたらしいわ。その仇を水谷主水がとったという話よ」
真千代が答えた。彼女は生前母親の佐千三からリバスや天使の話を聞いていたようである。
「ルシファーと結託した天使たちはみんなルシファーの考えに同意していたのかな」
「そうかもしれませんね。彼は恐ろしいカリスマの持ち主でもあったのですね」
「でもルシファーに食われた天使たちもいたらしいし、みんな喜んでルシファーに食われたのかな」
喜頓と健美が話していたが、水谷は何か思う者を感じたようだ。だが口にはしない。そのままウーロン茶とともに飲み干した。
「ところで喜頓くんは将来どうするのかな? 警察官になった方がお得だよ。やくざになんかなったら子供は保育園に通えないし、融資も受けられないよ」
水谷が笑いながら言った。喜頓は頬を掻く。まだ将来を決められないようだ。亡き父親からは世の中の渡り方を教えてもらったが、具体的に将来の夢が決まっているわけではない。FAで金を増やすことは得意だが、稼いだ金で何をしたいのかわからない。今は故郷納税やボランティア団体に寄付をする程度だ。
学業も本気を出せば国立大学を一発で合格できるが、そこから何を目指すのかは決めてないのである。
「ヤクザと言っても盃さえかわさなければ問題ないわ。私はヤクザの娘だけど盃はかわしてないから、普通に会社経営できているしね。あなたを養うくらいわけないわ」
「何を言っているんですか!! 喜頓さんを企業舎弟になどさせませんよ!! 彼は警察官になり国民の平和を守るのです!!」
「ふん、市民が死にかけても無視する権力の狗が吠えるんじゃないよ。やくざこそ法に縛られずに市民を守る守護者であることを無視しているようだね」
真千代はせせら笑いながらパンケーキをもしゃもしゃ食べている。彼女は甘いものが好きなのだ。
健美はわなわなと震えている。
「あなたみたいなショタコンから喜頓さんを守るのが私の使命なんです!! あなたなんかに渡しません!!」
「はぁ? 誰がショタコンよ。私は喜頓くんを愛しているのよ。邪な目で見ないでほしいわね、この発情猫!!」
「誰が発情猫ですって!! 逮捕しますよ!!」
健美と真千代は言い争っていた。それを喜頓が困った眼で見ている。心の声では二人とも自分を心配していることが聴こえてきたのだ。
「あっはっは、喜頓くんはモテモテだねぇ」
「モテているのかしら?」
慌てふためく喜頓を見ながら水谷はチキンをかじるのであった。それをアスモデウスはジト目で見ている。
☆
夜の公園は誰もいない。街灯にてらされたベンチに一人の女性が座っていた。山茶花玖子である。
その隣にフード付きのパーカーを着た男が座った。手にはアイスクリームを手にしている。男はアイスをぺろぺろ舐めていた。
「ルシファーが死んで天使たちもしばらくはおとなしくなるだろうな」
「そうですね。彼は自分の意志に反する天使たちを喰らい、その力をものにしましたからね」
「アヤツルにサカレル、ナリキルたちはともかく、コキエルやハガセルにフヤセルと言った連中は人間の不幸を食したがっていたからな。そういったクズどもを一掃できたんだから、ルシファーの計画は成功したと言えるな」
男の顔は天使ワスレルであった。彼は須国心太としてマスゴミ大量虐殺を行った。その後パトカーの中で死亡したはずであった。だが彼は警察官たちの記憶を操作していた。そして死んだふりをしてあざむいたのである。
「俺は死んだことになっているからな。30年ほど山の中で眠るとするよ。途中で開発されて身体が砕かれたらそれまでってことさ」
ワスレルは笑った。天使にとって死はあまり深刻ではないのだ。悠久の時を生きる天使たちにとって人間の体に憑依をすることは、かけがえのない娯楽であった。そしてリバスに殺されたとしてもようやく終止符を打てる安堵感がある。
「天使はある程度リバスにひかれあいます。喜頓くんがお金を貸した玖子さん夫妻がヤクザに殺され、その遺体に私が乗り移ったのも、リバスが引き合わせたからでしょう」
「そしてあいつの父親の体にルシファーが宿ったのも、リバスの導きか。リバスとは一体何なんだろうな」
玖子の言葉にワスレルはアイスを舐めながらつぶやいた。
「リバスは神が生み出し存在です。死んだ天使の頭蓋骨と舌を加工できるのは悪魔だけです。悪魔と天使が協力することによりリバスはこの世の理から裏返るのです。天使や悪魔はリバスに知らず知らずにひかれていくのです。それが神が人間たちに与えた試練なのですよ」
玖子が空を見ながらつぶやいた。天使は人間を憎んでいない。ここ数百年の間に、人間は化学によって発展した。重火器や細菌兵器、核兵器など人類を滅ぼす力を得たのだ。これは人間という種の輪廻から解放されたいと心の底で願っていたのだろう。
だが神は自殺を認めない。戦争は起きても核戦争が起きないのは神が天使に命じて止めているからだ。
天使は人間の魂を食すが、とても喰らいきれない。逆に悪魔にとって魂は空気である。どちらも人間がいなくては生きていけないのだ。
「今も紛争地域では天使がこっそり人間を殺しています。それを別の国のリバスが倒す。悪魔は恐怖と絶望を抱いた難民たちに安らぎの夢を見せて殺す。この世はまさに食物連鎖がうまく作用しています。私たちも同じなのですよ」
「難しいことはよくわからん。腐った同僚は一掃されたが、何かのきっかけで外道に落ちるかもしれんしな。30年寝てもあっという間だろうな」
ワスレルはアイスを食べ終わると、すっと立ち上がった。そしてすたすたと歩き去っていった。
その後姿を見て、玖子は深呼吸をした。
「さてシュバリエに行きますか。みんな待っているでしょうから」
玖子は両腕を伸ばした後、立ち上がった。そしてその足で喫茶店シュバリエに向かうのであった。
今回で最終回です。なんとなく特撮ヒーロー物が良いと思いました。
そもそも公認アクターはあくまで作中に出演しているだけで、別に俳優として区別しろとは書いてません。それが別の連載、俺たちは挑戦者だ! で描きました。
今回の最終回は、最終回を書きながら考えてました。
リバスの設定自体は数年前から温めていたのですが、それをどう動かすかは考えていませんでした。
演劇になろうフェスの公認アクターのおかげで、キャラに肉付けされこのような結果になったのです。
いでっち51号様と公認アクターの生みの親である作者様たちには感謝します。
ちなみに弥生双伍の名前の由来は、私の誕生日が3月25日だからです。
三月は弥生と読み、双2伍5としたのです。竹中直人似なのは、私自身が竹中さんのファンだからです。




