第23話 ナリキルは 演じていたのか 謎なんだ
大安喜頓は東京タワーの内部に入った。初めて見る東京タワーの中は古臭く、何十年もの人間の垢と臭いがこびりついていた。それでも多くの人々の情熱に当てられてなんとも言えない気分になる。
「まったくお前が来るとはな。二度とその面を見たくなかったのにな」
一人の黒いスーツを着た男が待っていた。笠置静夫警視である。
そこに黒人女性である榎本健美が前に出た。
「笠置警視!! なぜこのようなことを!!」
「今の私は笠置静夫ではなく、天使ナリキルだ。ちなみに榎本健美巡査部長、君を欺いていたわけではないよ。私はずっと笠置静夫になり切っていた。君たちに対する気持ちも同じだよ」
そう言って笠置こと天使ナリキルは胸ポケットから煙草を取り出すと、火をつけた。内部は禁煙のはずだが、気にするそぶりを見せない。
「現在、ここは誰もいないよ。いるとすれば天使ルシファーだけかな? ちなみに1300人殺しはルシファーの仕業だよ。彼は天使たちを取り込むとその力を自分のものにできるのさ。もっともその天使は自我を失うが大したことじゃない」
ナリキルは冷静なままであった。どこか人間離れしているが、天使だからだろうか。
喜頓の背後にいる美晴はナリキルを見て怯えている。
「悪魔の私ですらあいつは異質なものを感じるわ。普通の天使は食欲旺盛で人間に乗り移ったら、食事を楽しむものなのよ。天使長ミカエルのように我慢する人もいるけどね」
喜頓が見ていないところで天使たちは食事を楽しんでいたのだろうか。ルシファーとアヤツルも喫茶店シュバリエに来た時、ナポリタンやオムライスなどを注文していたのを思い出す。
「今スマホでこいつを封じられない、と思うな。その隙を見せるとは思えない」
「それが正解だ。私の役目は時間稼ぎだ。さっさとリバスになり、私と戦うことだな」
ナリキルはあくまで他人事のようにふるまっている。目的のためなら自分を犠牲にするのが普通と思っているようだ。それは日本語を話せる外国人のようなものである。彼らの国では普通だが他国では非常識という場合が多い。天使は言葉をかわせても人間の思考は理解できないのだろう。
「美晴さん、私があの人と戦いたいのですがよろしいでしょうか?」
健美が前に出た。美晴は驚いた。後ろにいる羽磨真千代は呆れている。
「あなたは馬鹿なの? リバスになれない人間に出る幕はないわ。それともあなたはあの男を愛していたというの? それで私たちの邪魔をして悦に浸るから真正のクズね」
真千代はぼろくそに健美を罵った。だが健美は首を横に振る。
「別に愛してないです。ですがこれから天使案件が続く以上、リバスにならなくても天使を倒す必要があります。その方法を私が見つけ出さねば、いつまでも赤ん坊のままです」
健美の言い分はもっともであった。だが天使はリバスでないと倒せないわけではない。天使長ミカエルは雄呂血妻三郎が咄嗟にスマホで写真を撮ったため、彼女を封印することができた。さらに真千代の父親、羽磨輝海はポラロイドカメラで天使を写真に閉じ込め、火につけることで倒した。リバスでなくても天使は倒せるのである。
彼女の場合、天使や悪魔を見ることができるのだ。スマホで写真を撮れば、ナリキルを倒すことは可能のはずである。
「はぁ……。舐められたものだな。平和ボケの日本人如きが天使である私を倒せると思っているのか? 異世界転生のラノベを読みすぎだ」
「平和ボケは日本が誇るものですよ。戦争は専門家に任せればいいのです。私は警察官で、その専門家ですよ」
健美は構えを取る。するとナリキルは天使の姿になった。まるでゴリラのような容姿になる。
「……馬鹿な女だ。自己陶酔にもほどがある」
「どう思われても構いません」
「いや、素直に喜頓たちをリバスにすれば手っ取り早いじゃん!! さっさと変身しなよ!!」
美晴が叫ぶが喜頓は拒否する。真千代も同意した。
「いいや健美さんの言う通り、リバスに頼り切るのは危険すぎる」
「うちのパパも天使を倒せたんだし、あの女の好きにさせましょう」
二人は傍観するつもりだ。美晴は開いた口が塞がらない。
「ゴリラに似ているからと言って、鈍いと思うな!!」
ナリキルは丸太のように太い腕を振り回した。健美はぎりぎりにかわす。警察官は柔道や剣道を習っており、一種の武道家だ。ある程度の技量はある。
とはいえナリキルのような異常な存在と戦ったことはない。試合ではないから当たれば死ぬ。
死とぎりぎりの戦いを繰り広げていた。
「あの人すごいな。動きが見事だ」
「警察官の動きじゃないわね。恐ろしく死線をくぐり抜けているわ」
喜頓と真千代は健美を見てつぶやいた。
健美は幼少時から黒人の血が流れているため、いじめを受けていたのだ。中学生の頃は地元の半ぐれ女子たちを相手に喧嘩を繰り広げていた。親は育児放棄しており、友達はいなかったのだ。
高校時代、羽磨組のやくざに捕まり、処刑されかけたところを同じ高校の先輩であった笠置に救われたのである。
笠置に助けた理由を聞いたら、法律に従っただけだとそっけなく言われた。それが健美の心に深く突き刺さったのだ。
そしてバイト三昧になり警察学校に入学したのである。笠置は国立大学に入学し、キャリアとして出世したのだ。
ナリキルとの戦いは一方的であった。確かに健美は天使の姿は視れるが、攻撃手段がない。スマホで撮影したくても全身を写せなければ意味がないのだ。
そうこうしているうちに彼女は殴られて、壁に叩きつけられた。
そしてとどめを刺されそうになるが、ナリキルの姿が消える。
美晴がスマホでナリキルの写真を撮ったのだ。ナリキルは健美に夢中で美晴の存在を忘れていたのである。
スマホにはナリキルの写真が写っていた。
「くっ、あの女は囮だったか……」
「……ぐっ、わたしは、専門家と言いましたよ。誰も正々堂々と戦うなんて言ってません。笠置警視の記憶を受け継いでいるなら、私の過去も知っているはずですが?」
健美は思い出す。彼女は自分より強い半ぐれにいつも袋叩きにされていた。それ故に相手を罠にはめて一網打尽にすることが多かった。相手を誘い込み、網で相手の動きをふさぎ、鉄パイプで相手をタコ殴りにしたこともあった。もっとも後で報復されることはざらであったが。
健美は普段警察官として真面目に過ごしているが、犯罪者に対してはからめ手を使いことが多い。
「……お前の記憶は奥に封じられていた。お前が半ぐれに戻ることなど微塵も疑わなかったよ。こいつはエリートの家系に生まれ、エリートを強要され続けてきた。自らの手で救ったお前をきっかけに救われたと思っていたようだな」
「別に私たちには愛情はありません。あるのは敬意だけです」
健美は美晴のスマホを見て、つぶやいた。そして消去のボタンを無慈悲に押す。
次の瞬間、笠置の身体が現れた。すでに冷たくなっている。健美はそっと彼に近づき、頭を撫でた。
「……ルシファーは俺と美晴だけでいく。真千代さんは健美さんを守ってくれ」
「そいつと浮気をしたら許さないからね。どうしてもというなら愛人にしてもいいわ」
「いや、愛人とか興味ないから!!」
真千代のピントのずれた発言に美晴は突っ込んだ。
☆
喜頓と美晴は東京タワーの展望室に来ていた。ガラス張りで東京がよく見える。
そこに一人の男が立っていた。喜頓の父親、大安喜一であり、天使ルシファーだ。
「よくここまでこれたな。ほめてつかわす」
「慣れない口調はやめろよ。あんたは悪魔だけではなく、天使すらも滅ぼすつもりなんだろ? なんでそんなことをするんだ?」
「人間たちを救うためさ」
喜頓の問いにルシファーは答えた。
「昔の人間は生きることに夢中で将来のことなど考える暇がなかった。ところが今はSNSのせいで情報の毒に汚染されている。不自由なく暮らせても将来に不安を感じ、自殺する者が後を絶えない。
政治家の不正を叫んだところで現状は変わらないが、糾弾する自分に酔いしれ周りの迷惑を顧みない。こいつは地獄だよ、地獄以外に何がある。俺は人間を解放してやりたいんだ。生きる苦しみから解放してやりたいのさ。天使や悪魔もそうだ。死ににくいとはいえ永遠に続く生は耐え難いものだ。お前らは俺に感謝するべきだろ?」
ルシファーの話を聞いて、美晴は憤慨した。
「ふざけんじゃないわよ!! それはあんたの勝手でしょ!! 人間を殺して解決できるなら誰でもやるでしょうが!! 私ら悪魔は想像力がないけど、人間には様々な創作力があるわ!! 自堕落な悪魔が退屈で死なずに済むのも人間のおかげなのよ!! 滅ぼされてなるものですか!!」
魔界の崩壊は悪魔の詩に繋がるが、地球に残った悪魔たちは健在だ。だが彼らだけでは濃い魂によって死んでしまう。魂は酸素と同じで100%の濃度は生物に悪影響を及ぼすのだ。
悪魔が人間社会に潜り込むのは、腐った魂の持ち主を浄化するだけではなく、人間の娯楽を楽しむためでもある。天使も似たようなものだ。
「ルシファー!! お前の言っていることは勝手すぎる!! 俺はそれを認めない!! お前が俺の父親に憑りついてもお前を倒す!!」
喜頓が叫ぶと美晴はアスモデウスに変身した。黒ギャルが黒いレオタードを着てサキュバスのコスプレをした姿だと思えばいい。
彼女は喜頓に髑髏のペンを渡した。
それを喜頓が右のこめかみに突き刺す。
「ブレイン、ぷるぷる、ぴっかんこー!!
あなたもわたしも、くりゃりんこー!!」
喜頓の身体が光ると、人体模型のような姿に変身した。
こいつに優しくされると即天国行《ゴー トゥー ヘブン》き!! これがリバスだ!!
榎本健美の中学生時代は、子役の緒方真黒が演じています。彼女も黒人女性です。
彼女をいじめる中学生は劇団小麦の子役たちです。
高校生時代の健美はセーラー服を着た倉木理亜奈さんで、笠置はブレザーを着て眼鏡をかけ、教科書を持つ五味秀一さんです。
中学時代の健美は宮本武蔵のように木に吊るされており、ヤクザたちは劇団モブシーンの面々が演じています。




