第22話 アヤツルは とても残酷で 非道です
「これが東京タワーか」
大安喜頓は東京タワーを見上げていた。
東京タワーとは東京都港区芝公園にある電波塔である、高さは333メートルだ。かつては放送・通信用アンテナとして使用された。展望台もあり、東京名所の一つである。昭和33年(1958)完成したそうだ。
平成25年(2013)5月まで、東京都内のテレビ局の主送信所として放送電波を発信していた。現在は、放送大学と民間FM放送局の主送信所、および在京テレビ局の中継基地局・放送予備塔として利用されているらしい。
芝公園自体は明治6年(1873)増上寺の境内の一部を開放して開園したものである。今は人がいない。大量死のせいで外出を控えているのだろうか。
「東京名所と言えば東京スカイツリーよりも、こちらね。今度改めて二人っきりで来ましょう」
羽磨真千代が喜頓の左腕に抱き着いた。35歳と18歳の年の差カップルだ。
「すごくどうでもいいわ。早く東京タワーに行きましょう。ルシファーの野望を阻止しないとね」
川田美晴こと悪魔アスモデウスは足が震えていた。悪魔と言えども彼女は新人幹部らしい。へっぴり腰であった。
「あっはっは!! 待っていたよ君たち!!」
東京タワーの下で一人の男が待ち構えていた。小柄で不敵な笑みを浮かべている。喜頓の叔母、坊屋利英の元夫、芝三郎であり。天使アヤツルだ。
「ずいぶん早かったね。でも魔界崩壊の下準備は整った。果たして君たちは勝てるかな?」
アヤツルは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。ただのチンピラならともかく、天使なのだ。どんな手を使うかわからない。
「そうだ真千代くん、君に会わせたい人がいるんだよ。ほら」
そう言って三人組の男女が現れた。一人は50歳の中年女性で赤いパーマにふっくらした体系の成金風であった。もう一人は丸刈りで小太りの30代の男でタキシードを着ている。中年女性と似ているので親子かもしれない。どこかおどおどしていた。
最後は大柄の大男だ。ふてぶてしい顔つきで、50代くらいだが筋肉隆々である。黒いTシャツを着ていた。
「!! あいつは古川六葉!! その息子の太郎と、六葉の弟の五郎だわ!! なぜこんなところに!!」
「あっはっは!! こいつらは君の父親を暗殺して組を乗っ取るつもりなのだよ。六葉は女帝として息子の太郎を傀儡にして羽磨組を支配しようとしているのさ」
真千代が叫ぶとアヤツルが説明した。三人ともガクガクと震えている。自分の意志を奪われて恐怖に震えているのだ。
「何をするんだ!! あたしゃ、羽磨組会長の本妻だよ!! あたしにこんなことすればあんたなんか魚の餌だよ!!」
すると五郎が六葉を殴った。六葉は顔を殴られるも立ったままだ。血をだらだらと鼻と口から垂らしている。
「黙れ!! お前は愛人だろうが!! 本妻の佐千三が目障りで毒を持って殺したんだろうがぁ!!」
五郎が叫ぶと、すぐに真っ蒼になった。アヤツルのせいで本心を口に出してしまったのだ。
「ついでにそこにいる大安喜頓の両親も俺に殺害させたんだよなぁ!! ガキを無理やり放り投げ、息のかかったトラック運転手に突っ込ませて殺したんだからなぁ!!」
またしても五郎はしゃべってしまった。まさか喜頓の両親は交通事故ではなく殺されていたとは驚きだった。
「なっ、なんで親父たちを殺したんだ!!」
「あいつと仲がいい奴はみんな殺さないとムカつくんだよぉ!! そこにいる真千代も殺したくてたまらなかったんだぁ!! 照代が死んだときはみんなで乾杯をしたねぇ!! げっへっへ!!」
喜頓の言葉に六葉が笑いながら答えた。なんとも邪悪な姉弟であろうか。六葉は陰で工作し、五郎が実行してきたのだ。二人のやり取りを聞いて太郎は真っ蒼になる。
「ママも叔父さんも異常だよ!! ボクはやくざになんかなりたくない!! ボクは何も知らないから命だけは助けてくれ!! 二人は殺していいから!!」
太郎も太郎であった。自己愛に溺れ、他者を顧みない性格であった。
喜頓たちはそんな三人のやり取りを見て、怒りよりも哀れさが増した。権力欲に憑りつかれた亡者たちを見ていると、逆に冷静になってくる。
「さて人間のクズである君たちに死刑執行だよ。さあ、持っている刃物で互いの首を切断しなさい。愛する肉親の手で死ねるんだから俺に感謝しなさいよ」
アヤツルが指をパチンと鳴らすと、三人は刃物を取り出し、六葉は太郎を、太郎は五郎を、五郎は六葉の首に刃物を当てる。そして一気に切断した。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!! あたしの栄光が消えるぅぅぅぅぅぅ!!」
「やだよぉぉぉぉぉ、死にたくないよぉぉぉぉぉぉ!!」
「全部てめぇのせいだ!! 俺だけは助けてくれ!!」
三人が罵り合うと、三人はすぱっと首が飛んだ。血が噴水のように噴き出る。喜頓の足元に首が転がったが、その顔は恐怖で歪んでいる。
「あっはっは!! 親の仇がみじめな死に様をしてよかったね。俺に感謝してほしいくらいだわ」
「貴様ぁ!! 法を無視して死刑をするとは許さん!! 叔母さんの元夫でも容赦はしないぞ!!」
喜頓は義憤に駆られていた。アヤツルの非道な行為に怒りを爆発させたのだ。
だが真千代が一歩前に出た。
「ここは私がやるわ」
「なぜ?」
「本来ママの仇を討つのは私の役目だった。それを奪ったあいつは許せない。あと夫を立てるのは妻の役目だしね」
喜頓の言葉に真千代が言った。今の暴力団はビジネスが中心となっている。暴力で解決すれば警察が動くが、必要悪として見逃されていた。それ故に暴力団は面子を重要視する。アヤツルは自分の面子を潰した。だから許せないと思っている。それに喜頓に復讐をさせられないと考えていた。天使に手を下すのはいいが、私情で相手を殺すのはよくないからだ。
「さあアンタ!! 早く私をリバスに変身させなさい!!」
「あいよ!!」
美晴は悪魔アスモデウスになった。銀髪の黒ギャルでサキュバスのコスプレをした女に見えた。
アスモデウスは胸元から髑髏のペンを取り出すと、真千代に渡す。それを真千代が右手で持ち、右のこめかみに突き刺した。
「ブレイン、ぷるぷる、ぴっかんこー!!
あなたもわたしも、くりゃりんこー!!」
すると彼女の体が裏返った。人体模型のような姿になる。体から冷気が漂っていた。
これがリバスである。胸が膨らんでいるので女性だとわかるだろう。
「へぇ、あれがリバスなんだ。なかなかかっこいいね」
「あなたにはそう映るんだ」
喜頓は純粋に感心していた。逆にアスモデウスは呆れている。
アヤツルはパンパンと手を叩いた。拍手のつもりだろうか。
「あっはっは! 真千代ちゃんもリバスになれたんだね。なら俺も本気を出しちゃおうかな?」
アヤツルは指をパチンとはじくと、そこには蝙蝠のようなデザインの天使が現れた。とがった耳に豚のような鼻、そして口から延びる鋭い牙。他の天使と違い背中ではなく両腕にくっついていた。
リバスはかかってこない。アヤツルが攻撃したら、優しく抱けばいいのだ。だがアヤツルもそれは織り込み済みのはずである。
するとアヤツルは右手をパチンと鳴らした。茂みの中から複数の男女がぬっと出てきた。まるでゾンビだ。
彼らは顔面をくしゃくしゃに涙とよだれまみれになっている。手にはナイフを持っていた。おそらくアヤツルによって操られているのだろう。人質のつもりだろうか。
「さて私のコンサートにようこそ。さあ素敵な音楽を奏でよう」
アヤツルは慇懃無礼に挨拶した後、指を鳴らすと、野球帽を被り、寅嶋模様のTシャツを着た男がナイフで動脈を切り裂いた。
血が噴き出て男は絶叫する。それを見た周りの人間も阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「素晴らしい演奏だね。私を倒さないと演奏会は止まらないから。その間に何人死ぬかな~? まあヤクザにとってカタギが何人死のうが知ったこっちゃないけどね!!」
アヤツルはけたけた笑っていた。喜頓は頭に血が上りそうになる。無関係な一般人を巻き込み、その命をもてあそぶ。天使とはこうも邪悪なのかと思った。
一方でリバスは首を斬られた男に近寄り、右手で傷口をえぐった。一般人にリバスの姿は見えておらず、何が起きたのかわからない。
だが男の傷は見る見るうちに癒えていく。血を失ったので顔色は真っ蒼だが、命に別状はなさそうだ。
そうリバスは優しくすることで相手を殺すが、逆に攻撃すれば相手を癒すのである。
「あっはっは! 真千代リバスは優しいですねぇ!! でも今度はどうかな?」
指を鳴らすと今度は女二人が互いの腹を突き刺した。悲鳴を上げ、断末魔の叫びをあげる。
しかしリバスはそのまま互いのナイフを深く突き刺すと、背中からナイフが飛び出た。
激痛どころか見る見るうちに癒えていく。
「真千代さんは優しいなぁ」
「リバスの特性を理解しているね。裏社会だと情報が命だからね」
喜頓と美晴は感心していた。真千代はやくざだがカタギを巻き込むのは本来御法度にしている。親がヤクザなだけでフロント企業を経営し、羽磨組の利益にしていたのだ。
突飛な行動をとるのは興奮した時くらいである。
「やれやれ、君はつまらないね。人の演奏会をこうも邪魔しまくるなんて、常識がないですね。では今度はフルオーケストラを参りましょう」
アヤツルが指を鳴らそうとしたが、銃声が鳴り響く。アヤツルは衝撃で指を鳴らせなかった。
銃を撃ったのは黒人女性だった。榎本健美巡査部長である。
「今駆けつけました!! あれは敵と認識してよろしいですね!!」
その瞬間リバスはアヤツルに抱き着いた。体をなでなでされた後、背中から赤い鉱石が突き出る。
リバスに優しくされると血液が凍結し、膨張したのだ。
「やるねぇ……。でも利英のオムライスを食べたから、満足だよ……」
そう言ってアヤツルは死に、元の人間に戻る。利英の夫、芝三郎に戻った。
「……叔母さんにはそう伝えておくよ」
喜頓は悲しそうに元小父の遺体を見下ろすのであった。
古川六葉:山岸秀代。演歌歌手であり女優。横川尚美の弟子。大阪で育児放棄されたところを尚美に救われ、以後演歌歌手として下積み生活を送っていた。現在は一般男性と結婚し、芸能活動を続けている。本人は明るい大坂のおばさん。秋本美咲の動画にはたまに出ている。名前のモデルはプロボディビルダーの山岸秀匡。
古川太郎:萩島順一。山岸秀代の長男。父親の姓を名乗っている。幼少時から演劇に興味を持ち、子役として活動していた。大学入学後に独立し、高校時代にバイトで貯めた金で生活している。現在は舞台を中心に活躍しており、一般女性と結婚している。今回のドラマ出演で山岸秀代の息子と明かした。名前の由来は女性ボディビルダー萩島順子。
古川五郎:山岸匡。秀代の実弟。元プロレスラー。姉同様尚美に拾われたが、プロレスの道を選ぶ。悪役レスラー、ゼンゼンマン(ドイツ語で死神を意味する)で人気を博した。プロレスを引退後に俳優として活動する。尚美の躾けで常に気配りをしており、出演者からは好評を得ている。今回のドラマで秀代の実弟であることを明かした。
出演のきっかけは横川尚美がプロデューサーにねじ込んだためである。プロデューサーは面白そうだといって承諾した。今まで他人として活動していたが、今回家族として明かすことを秀代たちが承諾したのである。




