第21話 いきなり最終決戦!?
「こいつはひどすぎるな」
大安喜頓はスマホでニュースを見ていた。ネットでは国会議事堂前で、1300人が頭部を爆発して死亡したという。さらに警視庁では水谷主水警視長官が銃撃されたそうだ。しかも相手は笠置静夫警視と来ている。
さすがの喜頓もあまりの出来事に混乱していた。これが天使の仕業として今度は13000人を皆殺しにするつもりだろうか?
「そいつは違いますぜ。天使ルシファーの計画は最終段階に入っておりますや」
後ろから女性の声がした。どこか落語っぽい語り口だ。
振り向くと黒いゴスロリ女性が立っていた。黒の長髪に目にクマができており、どこか根暗である。
さらに背後にはもう一人女性が立っていた。20代を超えた感じで小柄である。登頂部は深い藍色で毛先にいくにしたがって段々と薄紫色になっていくウェーブがかった髪だ。目はやや細めで、右目を前髪で隠しており、肌は白くて陶器時のようになめらかだ。どこか浮世離れした雰囲気があった。
「あっ!アスタロト様にヴェルフェゴール!!」
川田美晴こと悪魔アスモデウスが叫んだ。黒い方がヴェルフェゴールで、もう一人がアスタロトのようである。アスモデウスの上司だろうか。
「美晴、あんたの知り合いかい?」
坊屋利英が訊ねた。アスモデウスは顔が蒼くなっている。相当の地位を持っていると思った。
「この方は大魔王アスタロト様です。ヴェルフェゴールは同僚でアスタロト様の代弁者です」
アスモデウスが言うと、アスタロトはコクっと首を縦に振った。彼女はしゃべれないようである。
それにしても大魔王とは意外である。悪魔たちのトップだ。
「ひさしぶりだな、アスタロト。前に出会ったのは40年も前か」
羽磨輝海がアスタロトに話しかけた。彼は彼女を知っているようだ。
「パパ、こいつと知り合いなの? もしかしてロリババァか。確かにパパの好みかもね」
「好みなわけないだろう。勝手に捏造するな。昔水谷と一緒に天使退治をしていたんだ」
娘の真千代が訊ねると意外な答えが返ってきた。かつて東京では繁栄の陰で天使たちが猟奇殺人を繰り広げていた。当時警察官だった水谷主水がアスタロトの手でリバスになった。愚連隊であった輝海は恋人の佐千三とともに天使たちの戦いに巻き込まれたそうだ。当時は暴力団が標的となり、次々と組長が殺されていった。輝海は頭を無くしバラバラになりかけた組を吸収して成長したのだ。
リバスとの戦いは一年ほどだったが、輝海にとって百年ほど中身の濃い人生だと振り返る。天使の戦いで佐千三は天使の呪いをかけられた。真千代と照代は無事生んだが、20年前に亡くなった。病気ではなく呪いで死んだのだ。つまり真千代にとって天使は母親の仇だ。その天使はすでに水谷リバスによって殺されている。
「へぇ、輝海さんは波乱万丈な人生を送っていたんですね」
「うむ。それに天使たちも個別に攻撃を仕掛けてくることが多くてな。カメラなどを使って倒していたんだよ」
「それだとリバスがいなくても対抗手段があるわけですね」
喜頓が訊くとアスタロトが首を振った。
「考えが甘いですねぇ。カメラが使えるのは視える人限定なんですわ。視えない人が適当にカメラで撮っても天使は捕まりっこありやせん。向こうも視える人間は避ける傾向がありますぜ」
ヴェルフェゴールは扇子を取り出し、ぺちっと扇子で頭を叩きながらぺらぺらしゃべった。なぜ落語風なのかは不明だ。
「お前さんが来たということは、ルシファーって野郎は最終段階に入ったってことだな?」
輝海の言葉にアスタロトは頷いた。いったいどういうことだろうか。
「こいつはアスモデウスも知らないことでやんすが、腐った魂の持ち主を千人単位で殺害すれば、超腐魂弾を作れるんですわ。そいつを魔界にぶち込めばあっという間に魔界は崩壊しちゃうって寸法でさぁ」
「えー、そんなの初耳なんですけど!!」
「あんたが生まれる前でやすからね。こいつは悪魔の賢人がシミュレーションして出した結果ですぜ。超腐魂弾を東京タワーにもっていけば、魔界に吸い込まれ、魔界は風船みたいに割れて消えるんですわ」
ヴェルフェゴールの説明にアスモデウスはおろか喜頓たちも真っ蒼になった。
東京タワーは地球から月にある魔界に繋がる管があるという。そこから人間の魂が吸い込まれ、魔界の空気として再利用される。天使たちは余った魂を食事代わりにしているのだ。
もし魔界が崩壊すれば魂は消滅することができず、人間たちの体を数十年かけて腐らせるという。
天使たちもそんなに食べることはできず、やがて人間が滅べば天使たちは餓死して滅びるという寸法だ。
だからこそ悪魔も天使も不可侵条約を結んでいるのである。
「玖子さんは知っていたのかな?」
「知っていました。ですがルシファーが迅速に行動を起こすのが意外でしたね。頭を爆破させたのはコキエルの能力です。彼の放屁は腐った魂の持ち主が嗅ぐと頭部が爆発するのですよ」
「もしかして俺がここにいたから阻止できなかったのかな」
山茶花玖子こと、天使ミカエルが首を横に向けた。人間たちが大量虐殺され阻止できなかったことを悔やんでいるのだ。
「……そもそも喜頓君のことはタレコミだったのよ。最初は或串太蔵しかわからなかったけど、はがきであなたが事件現場にいたことを教えたやつがいるわ」
「恐らくルシファーの協力者ですね。あの男には賛同者が多いのです」
ミカエルの言葉を聞いて真千代は悔しそうであった。もっとも喜頓と結婚するなんて発想は普通は思いつかないが。
「恐らく笠置警視は天使ナリキルですね。あの男は心とは別に体を動かすことが可能です。リバスは副作用として人の心が読めますが、それを逆手に取られ、先手を打たれたのでしょう。今東京は大騒ぎです。警察はおろか、東京中の救急車が事件現場に駆け付けているでしょう。さらに警察は笠置警視を探さなくてはなりません。この混乱の中、東京タワーに赴き魔界を破壊するつもりですね。それだけは絶対に阻止しなくてはなりません!!」
ミカエルの言葉にアスタロトは頷いた。
「東京タワーではルシファーとアヤツル、ナリキルが待ち構えておりますな。ピンチこそ最大のチャンスとも言えますわ。ここでどばーっとルシファーたちをぶっとばしておくんなまし」
ヴェルフェゴールが言った。喜頓はもちろんだと頷く。
「叔母さんサイドカーを貸してくれ。美晴さん、俺と一緒に東京タワーに行こう。俺はバイクの免許を持っているんだ」
「待ちなさい!! あなたは私の婿よ!! 新婚旅行に連れて行かないなんてお話にならないわ!!」
「誤解しないでくれ。新婚旅行は後日改めて相談しよう。美晴さんがいないとリバスに変身できないから連れて行くんだよ」
真千代が抗議すると喜頓は説明した。
「それならあんたは喜頓の後ろに乗ればいいでしょう? もっとも私は結婚なんて認めてませんけどね」
利英の言葉に真千代はむっとする。喜頓はレザースーツに着替えてヘルメットを被った。真千代も黒いレザースーツを着て喜頓の背中に抱き着く。美晴は悪魔から人間に戻ってサイドカーに乗って走り出した。
その後姿を輝海と雄呂血妻三郎、利英が見送っていた。喜頓は覚えていないが、輝海は生まれたての喜頓に会ったことがあった。それ以来ついさっきまで顔を合わせたことがなかったが、若い頃の喜一にそっくりだったので、光陰矢の如しと思った。
妻三郎も佐千三が死んで20年近く経つ。中学生だった真千代はすっかり母親とそっくりに成長した。妹の照代と護衛の衛は理不尽に命を落とした。老人の自分より先に逝ったことに世の不条理さを感じている。
「まったく若い奴らが面倒を背負うんだから、世の中は理不尽だよな」
「それがこの世の常でございます。それ以前に我らが畳の上で往生できるなどありえませんね」
「だけど関係ない喜頓が関わるのは運命としか言いようがないわ」
三人が黄昏ているとヴェルフェゴールが口を挟む。
「おやおや、輝海くんも主水くんも昔は若者だったじゃありませんか。たぶん喜頓くんも年を取れば同じことを言いますぜ」
ヴェルフェゴールが扇子で頭をパチンと叩くと、アスタロトも頷いた。
「天使長である私は何もできません。喜頓さんに運命を任せることしかないのです」
ミカエルは嘆いていた。敵は同じ天使のルシファーだ。だが天使同士で問題を解決することができないので、喜頓に任せることしかできないのである。
世界の命運をかける戦いが今始まろうとしている。果たして勝つのは天使か悪魔か。それは神のぞみ知るといったところだ。
大魔王アスタロト:宇良霧時世。
ヴェルフェゴール:石原玲花。セイレーン所属。副社長の石原克己の姪。女性だけの落語一門、雄侠亭六葉の弟子で、落語名は雄侠亭婦等葉。




