第18話 なんであなたが こんなことに?
「ふぅ、さっきの人には悪いことをしたな」
カップル二人はホテルの一室にいた。シックな造りで、飾り気のないただ寝るだけのホテルだ。
カップルの片割れの黒スーツの男、御城衛は先ほどの公園で、通行人の男を罵声を浴びせたことを反省していた。本来、衛はそういう性質ではないのだが、これには理由があった。
外では陰険で人に迷惑をかけても気にかけない馬鹿に見せかけて、実際は武士道を体現する性格であった。
女は赤いボディコン服に肩まで伸びたソバージュにけばい化粧をしている。バカ面からきりっとした真面目な表情を浮かべている。
「確かにね。でも私は姉さんの足かせになりたくないのよ。私は頭の軽いバカ女でいいの。そうでないと姉さんの人質にされかねないわ」
女は羽磨照代といい、指定暴力団、羽磨組会長の次女である。今年で25歳だ。家が暴力団なので小学校から友達はおらず、金目当ての取り巻きしかいない学校生活を送っていた。
大学を出ても同じであった。衛は身寄りのない孤児で、幼少時に執事の雄呂血妻三郎に勉強に鍛錬と厳しく躾けられたのである。
「確かに真千代お嬢様の環境はよくありませんね。愛人どもの息子が虎視眈々と狙っています。こちらは妻三郎さんが幼少時から育てた護衛がいますが、数が少ない。こちらの味方、三次団体の連中も金で懐柔されたり、襲撃されたりと少なくなってきている。ですが粒ぞろいなので簡単には潰されません」
「奴らが狙うとしたら、私の方ね。姉さんは私を猫可愛がりしているのは周知の事実。できるだけ姉さんの手を煩わせるように問題を起こしているんだけどね」
「ですがオツムの足りないバカ女の奇行にしても、敵対勢力のヤクの売人を潰したり、売春を斡旋した業者の事務所を襲撃したりしてますからね。愛人どもは馬鹿の振りした太公望といううわさが持ち上がっています」
「……馬鹿の振りは思った以上に厳しいわ。それはそうと今夜はたっぷりと楽しみましょうよ」
そう言って照代は衛をベッドの上に押し倒した。そのまま馬乗りになる。
「お嬢はピカピカの体じゃありませんか。虚勢を張るのもいい加減にしてください」
「いや、虚勢じゃないし!! 私はバッコンバッコン男と千人近く相手にしたし!!」
きゃははははと笑うが、どう見ても虚勢を張っているようにしか見えなかった。
そこで異変が起きる。部屋の窓に穴が開いたのだ。そこから蛇のようにぬるりと影が入ってきた。それは先ほど公園で衛が罵声を浴びせた男だ。自分たちの仕返しに来たのだろうか。だがここは4階だ、しかもホテルの窓をあっさり穴を開けるなど普通の人間ではありえない。
「なんだてめぇ!! 俺のお楽しみを邪魔するんじゃねぇ!!」
衛は吼えた。普通窓ガラスを粉砕して闖入してきた相手に言う言葉ではない。だが自分がこの世で一番偉いと思っているように相手に見せかけねばならぬと考えていた。だが身体が動かない。ドスやチャカを持った相手でもものともしないのに、なぜか蛇に睨まれた蛙のように固まっている。
黒服の男はすたすたと衛の方に歩いていく。その間に衛は手を後ろにやり、逃げろとサインを出す。男が右手を衛の額に突き出すと、緑色に光った。
衛の顔は苦痛でゆがみ、後頭部がボンッと破裂した。口をパクパクさせながら、後ろに倒れる。衛の最後の言葉は「お嬢、逃げろ」であったが、言葉にならなかった。
照代はあまりのショックに声が出ない。怯えてベッドの隅に逃げていた。
「なによ、なんなのよ!! なんであたしらにひどいことすんのよ!!」
本当はひどいことどころか、ありえない事象だ。だが妻三郎から聞いたことがある。この世には天使や悪魔が実在し、天使はありえない方法で人を殺すそうだ。自分は見たことがないが、姉と妻三郎、父親の輝海は見えるという。
「おまえだからさ」
照代はヒステリックに叫ぶが、黒服の男は冷静なままである。
「お前らのように天下が自分の方に回っていると思い込む奴らが一番なのさ。自分は一生幸福で、不幸など一切起きないと思い込む馬鹿ほど、死んだ後の魂は腐ったものになる。悪魔どもの死が一歩近づくというわけだ」
「なにいってんのよぉ!!」
照代は妻三郎から教えてもらったことと、男の話が一致したことに驚いた。こいつが噂に聞く天使だ。それも死人を利用して受肉したものだ。
だが理解が追い付かない。自分たちが殺される人種なのは理解している。聞いた話では天使は腐った魂の人間を殺し、その魂を吸うという。常人の魂は普通だが、腐った魂は麻薬並みの味がするそうだ。
しかし大抵は人の目には見えない。こっそりと人間を病死に見せかけて殺すのが普通だという。衛のように派手に殺すケースは聞いたことがない。
照代はなんで自分たちをこんな派手な殺し方をする必要があるのかと、聞いているのだ。
男は照代が話を一切理解していないと思い込んでいる。男はやれやれとため息をつく。
「せっかく死ぬ前に説明してやったのにな。もっとも理解されても困るしな。では死んでもらおう。俺に出会った幸福を味わえるんだ。神に感謝しろよ」
男は照代の腹に右手を突き出す。すると、一瞬で女の腹部を貫通した。右手には背骨が握られている。
「いたーーーーい!!」
照代は絶叫を上げ、目をむき出し、大きな口を開ける。舌をれろれろ動かした後、女は糸が切れたように倒れた。
(やだ……、やっぱり死にたくないよ。お姉ちゃんに、恩返しもしてないのに…)
照代は薄れる意識の中、姉への想いを残して死んだ、はずだった。
☆
ここは羽磨組会長の自宅だ。広い芝生に長い塀がある日本庭園だ。
ここには白無垢を着た羽磨真千代と紋付き袴を着た金髪少年の大安喜頓、それに執事の雄呂血妻三郎や黒服二人組がいた。
「照代お嬢様に憑依した天使め!! 成敗してくれる!!」
「そうとも、二人素敵なアビゲイルである俺たちが、引導を渡してくれるぜ!!」
七三分けの小男は安部登志夫といい、頭一つ大きい禿頭でロイド眼鏡をかけた男が後藤繁という。ふたり揃ってアビゲイルと名乗っていた。
「安倍に繁ね。妻三郎のしごきに耐えること自体が非凡なのよ。その腕見せてもらおうかしら?」
二人は懐からナイフを取り出すと、照代に襲い掛かった。照代は安部のナイフをかわし、その隙に繁が地面をスライディングし、照代の両足を掴む。彼女は身動きが取れず、安倍がナイフを振り回すが、照代はものの見事にかわした。
そして照代は両足でジャンプすると、繁の頭を踏みつけようとした。しかし繁は地面を転がり回避する。次に繁は両足をエビぞりで上げて、照代の首を挟んだ。そして安倍が彼女の背中を刺そうとする。
だが彼女はしゃがんでよけた。そして再び背を伸ばし、安倍の顎に頭突きをかます。安倍は吹き飛んだ。
「すごいな君の妹は。あんなに強いのか」
「そうだったかしら? 死んで鍛えたかもしれないわね」
「いいえ、照代お嬢様は強くありません。恐らくは中の天使の実力でしょう」
喜頓と真千代の会話に、妻三郎が割って入る。彼は赤ちゃんの頃から照代を知っているので、彼女の実力は知っている。護身術程度はたしなんでいるが、アビゲイルの二人を手玉に取る実力はないと看破していた。
「さすがに手ごわいですわね。なのでずるをいたしましょう」
照代は両手の人差し指をピンと立てた。それを安倍と繁の額に当てて、すっと下げる。
「「パカッ!!」」
二人は真っ二つに分かれた。さすがの喜頓たちも目を見張る。
「申し遅れました。ワタクシ天使サカレルと申します。照代さんの体にはエンバーミング処置された後、憑依させていただきました。以後よろしく」
サカレルはうやうやしく頭を下げた。すると真千代が叫ぶ。
「照代!! 人様を真っ二つにするなんて、常識を考えなさい!!」
「いや、普通はありえないから!! 美晴!! 俺をリバスに変身させてくれ!!」
喜頓が美晴を呼ぶが、サカレルが一足先に喜頓に近寄った。そして彼を真っ二つにしてしまう。
「パカッ!!」
「ああ、喜頓!! よくも殺したわね、許せない!!」
それを見た喜頓の叔母、坊屋利英は安部が落としたナイフを拾おうとした。
「落ち着いておかしら!! 喜頓たちはまだ生きている!! あいつは物理的ではなく、二次元的に斬っているわ!! 恐らくあの天使を倒せば元に戻るはずよ!!」
「でもリバスにならなきゃ、あいつは倒せないのでしょう? あんたが特攻してあいつに抱き着き、二人とも消滅させたほうが手っ取り早いんじゃないの!!」
「それだと私が死んじゃうでしょうが!! 悪魔でもいきなり死ねと言われて、はいそうですかと死ねません!!」
利英の言葉に、悪魔アスモデウスである美晴が抗議した。
「それは悪手です。リバスを変身させるペンは幹部クラスしか持っていないそうですよ」
妻三郎が言った。利英は本当なのと美晴に聞くと、本当だよと答えた。
「悪魔さん、私はリバスになれる才能はあるでしょうか?」
「うーん、あなたは常識があるからだめね。リバスに変身できるのは裏表のない人間じゃないと無理なのよ」
そう言って美晴は真千代の方を見た。
「この女なら才能があるわね。あなたリバスになって妹を殺せるの?」
「殺すに決まっているでしょう? 照代は死んだわ。あいつは天使が操っているまがい物よ。人様に迷惑をかける前に、姉の私が止めるわ!!」
真千代はまっすぐな目で言った。彼女はエキセントリックな性格だが、現実を受け入れる度量があった。
美晴は悪魔に変身する。ヤギの角が頭に生えており。褐色肌に黒いレオタードを着ていた。背中には蝙蝠の羽が生えている。
美晴は真千代にペンを渡した。天使の頭蓋骨から作られたもので、ペンの部分は天使の舌である。
真千代は左のこめかみにペンを突き刺した。
「ブレイン、プルプル、ピッカンコー!! あなたもわたしも、くりゃりんこー!!」
すると真千代の身体が裏返る。人体模型のような不気味な姿を現した。
御城衛:京千春。28歳。おそろし夫婦。
羽磨照代:鳳みゆき。25歳。おそろし夫婦。ともに蒼井企画所属の漫才コンビ。二人とも本物の夫婦。
本来真千代がリバスに変身する予定はありませんでした。妹を殺すことに葛藤するより、リバスになった方が、予想外だと思ったのです。
さらに言えば御城衛と照代は序章に出てます。伏線に見せかけた伏線ですね。
 




