第17話 死亡遊戯
黒いライダースーツを身に着けた坊屋利英とむりやり連れてこられたウェイトレス川田美晴はとある屋敷の門に立っていた。指定暴力団、羽磨組会長の自宅である。
立派な日本風の屋敷で塀が広い。大名屋敷と呼ばれても違和感はなかった。
門には誰もいない。利英はヘルメットを取らずに、門の近くにある扉を開いて中に入る。
「ふふん、お嬢様の言う通り、やってきたわね」
「飛んで火にいる夏の虫は、おたくらのことだわ」
入ってすぐに二人組のバニーガールが立ちはだかった。石畳の上に立っている。
一人は金髪の黒ギャルで、白いバニースーツを着ていた。
もう一人は黒髪で腰まで伸びた白い肌の美人だ。こちらは黒いバニースーツを着ている。
利英から見たら黒が左で、白が右だ。
「私は安部朋子!!」
朋子は右手をまっすぐ斜め上に構えた後、左手をまっすぐ斜め下に伸ばした。
「私は後藤ゆう!!」
ゆうは朋子と同じポーズをとる。二人の両腕でひし形を作っていた。
「「二人そろって、バニラアイス!!」」
利英と美晴は呆然としていた。暴力団の屋敷に殴り込みをかけて、最初に遭遇したのがバニーガールだから呆れもする。
「唖然としているわね。私たちはお嬢様のボディガード!! バニー殺法を治めし者!!」
「喜頓様の叔母様には結納に参加してほしいけど、今はダメ。後日正式に式を挙げるので帰ってください」
朋子はこぶしを握り締めてやる気だが、ゆうは丁寧に頭を下げて帰宅を促した。
「誰が帰るか!! 喜頓を取り戻すまで、帰りません!!」
「なら、力づくで帰っていただきます」
すると朋子の目は猟犬のように鋭くなり、利英に詰め寄った。ハイヒールの上に地面は石畳だ。まるで運動靴を履いているように滑らかに走っている。
朋子は利英の右腕を掴みひねろうとした。しかし利英は逆に身体をひねり、朋子の腕をつかんで、石畳に叩きつける。
しかし彼女は両足でふんばり、背中は石畳についていない。その隙にゆうが利英の背中を蹴ろうとした。
利英は朋子を離すとブリッジした後、ゆうの蹴りを紙一重でかわす。そして彼女の足を掴み引っ張った。
だがゆうはそれを予測していたようで、すぐにもう片方の両足をバネのように伸ばし、利英に三角締めを決めた。
流れるほどの動きだ。まるで本物の兎のように素早く、猟犬のように獰猛である。
だが利英は無理やり体を浮かせると、そのまま朋子にゆうを叩きつける。二人は吹き飛び、利英は二人の腹部にけりを一発ずつ入れると、二人はおとなしくなった。
「うわぁ、強い……。おかしら、こんなに強かったんだ……」
傍にいた美晴は目の前の惨状を見て恐れおののいた。普段は喫茶店のマスターで物静かだが、烈火の如く怒れば鬼のような強さになる。悪魔でも恐ろしくなるほどだ。
「私たちは孤児だからね。古本屋で買った空手や柔道の本を読んで、技を習ったのさ。体に染み込んだ技は自己破産しても差し押さえできないからね」
私たちとは利英の姉と、喜頓の父親、喜一のことだろう。それと利英の元夫である芝三郎も一緒に切磋琢磨したのがわかる。
バニラアイスの二人は大の字で白目をむいて気絶していた。ちらっと見た後、玄関に入る。
「あいつらは見た目に反して強かった。屋敷には手ごわい敵が待っているだろう。あんたは戦えるのかい?」
「無理です。元の体はスポーツ経験なしです。腐った魂の持ち主なら、浄化できますが、あの二人は正常な魂の持ち主なので無理ですね」
利英の問いに美晴が答えた。美晴は悪魔でも身体能力は人間並みらしい。悪魔になって人に見られないように進めても、羽磨真千代と雄呂血妻三郎は天使と悪魔が見える。あまり意味がないだろう。
玄関は武家屋敷のような造りであった。利英は玄関に上がろうとすると、二人組のゴスロリ女が待ち受けていた。
一人は130ほどの小柄な女性だ。白いかつらと黒いゴスロリドレスを着ていて人形のように見える。しかしほうれい線が見えているので、見た目以上の年齢かもしれない。
もう一人は180ほどの長身だ。見た目は大人に見えるがどこかあどけなさがある。黒髪の長髪に白いゴスロリドレスを着ていた。生足がすらりと伸びており、パンツが見えそうなほどぎりぎりであった。
「私は白木ほのか、母です」
「私は白木喜久子、娘です」
ほのかは喜久子の股の下をくぐってうつ伏せになった。そして喜久子は足をコンパスのように開く。
「「二人合わせて母娘、どーん!!」」
二人は両手を銃のように見立てて撃つ仕草をした。恐らく母親は小人症で、娘は巨人症なのだろう。
「……親子のどんぶりだから、親子丼なのかしら?」
「いいえ!! 母と娘でおやこどんです!!」
利英の問いにほのかが答えた。美晴は呆れている。
「門番のバニラアイスを倒したわね。あの二人は我らの中でも柔軟で誰でもそこそこ戦える実力を持っているわ!! お母さんどうしよう!!」
「落ち着きなさい喜久子ちゃん。私たちは真千代さんから選ばれし者。どんなときでも冷静沈着でいなきゃだめですよ」
喜久子は利英に対して慌てていたが、ほのかは冷静だ。氷のような冷酷さを感じる。
「真千代さんの敵は私たちの敵、容赦なく叩き潰しましょう。行くわよ喜久子ちゃん!!」
「はい、お母さん!!」
喜久子はほのかの片足を掴むと、ヌンチャクのように振り回した。ほのかは平然としている。
利英は近くにあった箒を手にすると、喜久子はほのかを武器に利英に襲い掛かる。
利英は箒で対抗するが、ほのかは振り回されても冷静であった。
ほのかはめちゃくちゃに振られても近くにあるつぼを手に取り、利英に叩きつける。
ツボは割れて、利英はたじろいだ。さらにほのかは壁に飾られていた絵画を外すと、振り回されたタイミングで、円盤のように投げ飛ばした。
利英のヘルメットに絵画はぶつかる。美晴はその様子を見て混乱していた。
「にっ、人間を武器にするなんて異常だわ!! 母親を何だと思っているの!!」
「母親だからですよ。娘だから信じているのです。ああ、別に夫とは不仲ではないですよ。夫は事務担当なので」
美晴が叫ぶと、ほのかは世間話をするように答えた。だが喜久子は息を切らしかけている。それでも喜久子はほのかの足を離すと、今度はほのかの両手を両手でつかんだ。それをこんぼうのようにふるってくる。
利英は喜久子の懐に飛び込み、彼女のみぞおちに突きを入れた。泡を吹いてくの字に倒れる。
「あんたは冷静でも娘の負担は大きいようだね。もっともあんた自身疲労はピークに達しているようだ」
「……これは私の負けですわね。次が最後ですわよ。ですが彼らを簡単に倒せるとは思わないことですわ」
ほのかは倒れた娘の介抱に向かう。利英と美晴は玄関から屋敷の奥へ入っていった。まるで時代劇に出てくる屋敷のようだ。
「まてーい!! ここから先は通さない!!」
丸刈りで丸いサングラスをかけた黒スーツの男は両手を広げて、とおせんぼをしていた。ただし、利英ではなく、襖の方に向けていた。
「おい、貴理人!! 相手はそこじゃない!!」
次にアフロ頭の車いすの男が現れた。両足がなく、上半身は鍛えられた肉体だ。
「ごめんごめん! 目が見えないからわかんなかった!!」
「おうおう!! 俺たちをなめるんじゃないぞ!! ここから生きて出られると思うなよ!!」
今度は130ほどの男だ。大人の顔に幼稚園児ほどの体である。ほのかと同じように小人症なのだろう。頭は辮髪で黒服を着ている。声はソプラノのように高い。
「おい!! 俺はここだ!! 背がちょっと低いからってなめんじゃねぇぞ!! 俺は年齢詐称して小学生に偽証して映画見に行ったことがあるんだぞ!!」
「でも証明書出せと言われて、見れなかったよな」
「黙れ!! 運が悪かったんだ!!」
「なあ、お客さんが混乱しているぞ。自己紹介しようや。俺は磯野貴理人!! 目が見えません。正確には弱視です!!」
「俺は久留竜平!! 生まれつき両足がないので、上半身を鍛えています!!」
「最後に茂原裕次郎!! 人より背が低いナイスガイだ!! 三人そろって」
「「「ワンダーボーイズ!!」」」
三人がポースを決めるが、利英と美晴の姿はなかった。三人が漫才をしている間に逃げたのである。
「えええ!! 俺たちと戦わないの!! 差別だ!!」
「いや! 相手と戦わないのも戦術だ!! 差別じゃない!!」
「差別するのは、差別を反対するやつらだ!!」
三人は相手が消えたことで不満を爆破させていた。
☆
利英と美晴は庭にやってきた。立派な日本庭園だ。
利英はヘルメットを脱ぎ捨てた。庭には花嫁衣装を着た真千代と、紋付き袴を着せられた喜頓がいた。
「いたわね、喜頓!! 早く帰るわよ!!」
「いいや、俺は帰らない!!」
利英の言葉に喜頓は拒絶した。意外な言葉に利英は目を丸くする。
「この人は孤独なんだ。妹さんがいなくなった寂しさを埋めたいんだ。だから俺が彼女の婿になり、子供を作って、親になるんだ。そして祖父母になるんだよ!!」
「同情するならやめなさい!! そんな女と幸せになれるはずないでしょう!!」
「幸せはなれるようにするものだ!! 俺は彼女と幸せになれるよう努力する!! 叔母さんも祝福してくれ!!」
あまりの暴言に利英は頭がくらくらしてきた。美晴も喜頓ならありえるかもと納得していた。
そこに執事の雄呂血妻三郎が立ちはだかる。さらに黒服二人組も背後に控えていた。
「利英さん。本日はお帰りください。屋敷に無断で入ったことは不問にいたします故」
「帰るわけないでしょう!! 喜頓もバカなことを言わないでこっちに来なさい!!」
「そうですね。あなたの行為はあまりにも突飛すぎる。もう少し冷静になるべきですね」
利英の後ろから声がした。いったい誰だろうと後ろを振り向くと、20代の女性が立っていた。
それを見た真千代と妻三郎は絶句する。
「照代……?」「照代お嬢様……?」
それは真千代の妹、羽磨照代であった。
バニラアイス:安倍朋子・後藤ゆう。アビゲイルの妻。バニーガールが好きで、今の所属事務所蒼井企画に入った。レストラン月世界で働いており、チーフバニーとして働いている。漫才師としての人気はいまいち。名前の由来は金田朋子と小林ゆう。
母親丼:白木ほのか・白木喜久子。ほのか40歳、喜久子17歳。父親は蒼井企画の事務員で、小人症だが娘は巨人症になった。モデルは声優の井上喜久子と娘のほのか。
ワンダーボーイズ:磯野貴理人・久留竜平・茂原裕次郎。障碍者で結成されたトリオ。全員お笑いを志望し、入所できたのは蒼井企画だけだった。障碍者施設や配信で活躍している。名前の由来は80年代に活動した女性トリオチャイルズから。
スタント:須丹十万。利英のスタントマン。格闘技が得意。利英がヘルメットを被って格闘していたのは彼女のおかげです。
セリフなしだけど黒服二人組はアビゲイルです。




