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第16話 あまりにも 唐突すぎるだろ?

 

 昼下がりの座敷では一人の女性が布団の中で寝ていた。顔は青白く長く患っていたと思われる。

 女性の左側には女子中学生と5歳の女の子が正座をしていた。中学生の右側に強面だがインテリそうな黒服の男が座っている。傍には水の入った瓶が盆の上に乗っていた。


「ああ、もう眠いよ。もうじきこの世とおさらばだねぇ」


 女性はどこか侠客のような口調でつぶやいた。彼女の名前は羽磨佐千三わすれ さちみといい、指定暴力団羽磨組会長、羽磨輝海わすれ てるうみの正妻だ。

 中学生は長女の真千代まちよで、5歳児は次女の照代てるよであった。


「ちっ、会長も他の親分どもも姐さんが危篤なのに、誰も来やがらねぇ」


 真千代たちのお守である雄呂血妻三郎おろち つまさぶろうが怒った。会長であり、父親である輝海は女子しか生まなかった佐千三を無視した。男子を産んだ愛人たちに夢中だ。

 親分衆でも佐千三を慕う者がいるが、愛人たちの後ろ盾を警戒して誰も近寄れない状況になっている。


「おべんちゃら使いどもがいなくてせいせいするよ。いいかい、真千代。照代を守ってあげるんだよ」


 そういって眠るように佐佐千三はこと切れた。妻三郎は泣き叫ぶが、真千代は泣かなかった。照代が泣きだすと、頭を優しくなでてやる。

 

 すると縁側から誰かが入ってきた。それはのっぺらぼうのようなつやつやした衣装を着た女だった。背中に白い鳥の羽が生えている。

 怪しい女は亡くなったばかりの佐千三の傍によると、歯茎をむき出しにして大きく息を吸った。

 すると佐千三の体から紫の霧が抜け出ていく。女はそれをすべて吸い込んだ。


「!? あなたは誰ですか!! それに変な衣装を着て、誰も見とがめなかったのですか!!」


「んー? おみゃー、あたしが見えとるぎゃ?」


 真千代が問い詰めると、女は訛りのある言葉で答えた。

 一方で照代はきょとんとしている。お姉ちゃん何を言ってるのと不思議そうに尋ねた。

 だが妻三郎は見えているようだ。どすを取り出し警戒はしている。


「お嬢様、こいつは天使です。普通の人間には見えない存在なのですよ」


「天使ですって? ならお母さんを迎えに来たの!」


 すると天使は首を横に振った。


「ちぎゃーよ。あたしはこのおんにゃが死んだきゃら、魂をきゅーっとなぁ、食べに来たわけよ。人間て死んだりゃ魂がぶわって抜けてな? それが天使にはうみぇー食事ににゃるんだわ。逆に悪魔どもは、空気の代わりだわな」


「悪魔もいるのですか? いったい天使と悪魔は何のためにいるのですか?」


「天使は太陽に住んどってなぁ。なーんもにゃいから地球に降りて、死んだ人間の魂を食べるんよ。悪魔どもは月に住んどっててな、地球から死んじまった人間の魂を吸い込んで、空気代わりにしとるんだわ。でも昔とちごーて腐った魂がむわっと充満しとるんやわ。子供や貧弱なのは地球じゃ暮らせにゃーから、頑丈な悪魔が下りてきて、腐った根性や性根の持ち主を浄化させとるんだぎゃー」


 天使の説明に真千代は混乱していたが、妻三郎は平然としていた。多分事前に知っていたのだろう。

 あとで聞いたら輝海会長も見えるそうだ。

 悪魔は基本的に食事を必要としないが、地球に降りる際は死体に憑りつき、食事を堪能するらしい。


「天使も悪魔は人間が滅ばないように裏工作をしているそうですね。どちらも人類が滅べば自分たちも滅ぶそうです。ただし天使か悪魔もどちらかが滅べば、やっぱり連帯で滅ぶそうですよ」


 妻三郎が説明した。天使が滅べば魂は浄化されず、月に住む悪魔たちもやがて滅ぶという。

 逆に悪魔が滅べば天使たちは魂を浄化しきれず、食中毒を起こして死ぬらしい。


「だけどにゃー、世の中には頭のねじぶっとんどるのもいるんよ。天使でもすげーばきゃがいてにゃー、受肉して腐った魂のやつ殺して回るんよ。それで悪魔たちに濃度の高い魂を吸わせて殺すって計画さぁ。やめさせるにも悪魔と天使は互いに触れ合ったら爆発してしまうんだぎゃー。だから人間の中で才能のあるやつ選んで、ばきゃ天使を始末させるんよ」


「それはなんでしょうか?」


「裏返りのリバス。この世の理と裏返る存在だぎゃ」


 ☆


「というわけですわよ!!」


 羽磨真千代が長々と説明した。本来は悪魔か天使が説明するものを、いきなり来た初対面の人間が答えてしまったのだ。

 その場にいた大安喜頓おおやす きーとんはもちろんだが、天使ミカエルである山茶花玖子さざんか きゅうこも唖然となっていた。


「それであんたは何をしたいんだ? 妹さんの仇はすでに取っているぞ」


「それなのよ!!」


 真千代が右手で喜頓を指さした。


「あなたが照代の仇を討ったら、傘下の組に示しがつかないのよ!! もちろん組長たちは天使と悪魔は知っているわ!! だけどそれとこれとは話が別なのよ!! あーもうどーすればいいんだ!! 神様教えて、チョーダイ!!」


 真千代は両手を天高く上げた後、両手を伸ばして右に突き出して体をひねった。

 どうもエキセントリックすぎる性格のようだ。そこに妻三郎が真千代の肩をつんつんと指で突いた。


「お嬢様、この方と結婚しましょう。照代様の仇を討った男と結ばれれば、箔がつきます」


「ナイスアイディア、さすがはお母さんの知恵袋ね!! すぐ決行して、結婚しましょう!!」


 すると真千代はいきなり喜頓をお姫様抱っこした。見た目と違い、筋力があるようだ。

 あまりの出来事に喜頓も何もできなかった。


「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!! 喜頓は未成年よ! 年増との結婚を認めるものですか!!」


 今まで黙っていた喜頓の叔母である坊屋利英ぼうや りえは烈火のごとく怒った。

 真千代の言動もそうだが彼女の奇天烈な行動に腹が立ったのだ。


「そうだぞ!! いくら組の立場が悪いからと言って、出会って数分しか経ってない俺と結婚なんてありえないだろう!!」


「心の声がばっちり聴こえているようね。なら話は早いわ。あなたは私と結婚して羽磨組を継ぐのよ。なぁに私の配下がクソ親父を始末してくれるわ。やくざの世界でも有名なリバスと結婚した私の地位は盤石よ。お母さんの果たせなかった約束を果たす時が来たんだわ!!」


「それは違うぞ!! 心の中のお母さんは照代を守ってあげてねと言っただけだ!! 事実を歪曲するな!!」


 喜頓は押し問答するが真千代はまったく聞く耳持たない。

 利英はカウンター席から出てくるが、妻三郎が懐から拳銃を抜き出し、利英の目の前に突きつけた。

 冷や汗をかくが、決して目は閉じず、相手をにらみつける。その胆力に妻三郎は感心していた。


「お嬢さん、堅気を怖がらせたくありませんが、こちらにも事情があります。小切手を差し上げますのでご了承ください」


 そう言って余った手で懐から小切手を差し出す。何も書かれていない。好きな数字を書けと言う意味だ。だが利英はその小切手を破り捨てた。

 そして傍にいた玖子も立ち上がる。


「目に余る所業、さすがに見過ごすことはできません。魂は腐っていないようですが、あなたたちの魂を抜き取らせていただきます」


 玖子は天使ミカエルに変身した。のっぺりした丸い白い仮面に口元だけ覗いている。胸を強調した胸当てに、白いロングスカートの姿になる。背後にいた黒服たちは玖子が消えたことに驚いていた。


「天使になりましたね。我ら人間が何の対策も練らずに過ごしてきたと、お思いか?」


 妻三郎はポケットからスマホを取り出すとカメラを起動させて撮影する。ぴかっと身体が光ると、彼女の姿は消えていた。

 代わりにスマホに彼女の姿が写っている。これはいったいどういうことだろうか。


「天使は太陽の化身。全身をカメラで撮影すればその姿を取り込むことができる。受肉した天使は無理ですがね。もっとも丸一日あればスマホから抜け出すことは可能です。ですが邪魔ものは消えましたな」


 そういって踵を返すと、真千代たちとともに店を出ていった。利英は何もできず立ち尽くすだけである。


「おっはよ~ございます~。あれ、おかしらどうしたんですか?」


 入れ替わりに金髪の女性が入ってきた。ウェイトレスの川田美晴かわだ みはるだ。悪魔アスモデウスでもある。


「おかしらって呼ぶな!! いやそれはいいのよ。今一大事が起きたのよ!!」


 利英は美晴に説明した。彼女はかなり驚愕している。


「玖子がスマホに囚われたか……。あっ、悪魔の場合は月に住んでいるので鏡面の光を全身に浴びせれば死にます」


「アンタの方がシビアねぇ。というかそれどころじゃないわ!! なんとしてでも喜頓を連れ戻さなきゃ!! 今からカチコミに行くわよ。あんたも来なさい!!」


「あんたもって、どうやっていくんですか!!」


 利英は車庫に行くと、シャッターを開けた。そこにはサイドカーがたたずんでいた。かなり使い込んでいるようである。

 

「こいつでいくわ。さあヘルメットを被りなさい」


 利英は美晴にヘルメットを投げると、自分はいつの間にか黒いヘルメットと黒いライダースーツに身を包んでいた。


「えええ!! やくざの家に殴り込みをかけるんですか!! 悪魔の私が言うのもなんですが、無茶ですよ!!」


「学生時代は利恵姉さんや、喜一義兄さんと一緒に愚連隊を壊滅させたことがあるのよ!! 暴力団法で牙を抜かれたやくざにビビってられるかい!!」


「うわー、ワイルドすぎ!! やっぱりおかしらじゃん!!」


 そう言って利英はサイドカーをイノシシのように発進させた。獰猛な音を立てながら走っていく。

 テレビでは国会議事堂で1300人ほどがデモ行進しているという。総理大臣や与党に対し、ここ数日に起きた大量死の責任を取れと、野党議員やタレント、野次馬が騒いでいるのだ。本来、与党は関係ないのだが、死者を利用して相手を陥れることに夢中になっていた。

 参加者の目はこの世の者とは思えないほどにごりきっていた。まるで鬼のようであった。


 そして豆類ずるいテレビの益子美代ますこ みよが惨劇をスクープするのは言うまでもなかった。

 羽磨佐千三:山田エヴァ万桜。一人二役。わすれさせんぞうという意味で付けた。

 羽磨真千代:忠賀久世ちゅうが ひさよ。子役タレント。わすれませんよという意味です。

 羽磨照代:羊地円ようち まどか。子役タレント。視聴者は序章で殺されたバカップル女などわすれてるよという意味で付けました。

 羽磨輝海はわすれてるかい? という感じですね。


 雄呂血妻三郎:大岡千恵蔵おおおか ちえぞう。黒髪のかつらにメイクで若作りしました。

 名前は阪東妻三郎ばんどう つまさぶろうを意識しました。雄呂血は出演作です。

 大岡越前に出演した片岡千恵蔵を意識してます。体型は嵐寛寿郎あらし かんじゅうろう氏ですね。


 天使:南利子みなみ としこ。漫画家でスーツアクター。名古屋出身で、河井実雄監督作によく出演している。名前の由来は喜劇俳優の故南利明氏です。

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― 新着の感想 ―
真千代、確かにエキセントリックすぎる性格だ。 そしてサイドカーでカチコミ。 この怒濤の展開に少し唖然としてます。 さてさて、今後の展開が楽しみなってきました!
悪魔に天使にヤクザ。 凄い組合わせですね。
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