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第15話 なんでこいつが出てきたんだ?

「えー、益子美代ますこ みよです。こちらは警視庁前でございます。現在私は大量爆破事件の容疑者が護送されるのを待っております」


 黒髪にダブルシニヨンの20代の女性がしゃべっている。豆類ずるいテレビのレポーター、益子美代だ。

 ずるいと読むが、テレビ局自体は貧乏でろくなスポンサーがいない。スタッフやアナウンサーも年配が多く、たまに入ってきた美代は割と好評であった。

 現在彼女は警視庁の前にいる。時刻はすでに夜で、あたりは真っ暗だ。それでも警視庁の窓から洩れる光が蛍のように見える。マスコミと野次馬が130人近く犠牲になった大量爆破事件の犯人を待っているのだ。

 とはいえ待っていたのは美代だけである。他のテレビ局や新聞社などは自社の社員が犠牲になったため、大混乱しているのだ。


「えー、容疑者は須国心太すぐに しんたといい、現場で確保されました。正確には現場に警察官が着た後、容疑者がひょっこり現れて、自首しました。現在は鑑識が現場検証の最中です。私はその現場を目撃しております」


 そう美代は須国の顔をカメラに撮ったのだ。正確にはビデオ撮影していた亀良満かめら みつるの前に、自己紹介したのである。

 50代くらいの強面の男だった。にかっと白い歯を見せて笑う姿は、とても大量殺人犯とは思えなかった。

 その男は現行犯逮捕され、警視庁に護送されたのだ。美代は真っ先に駆け付けたのである。


 パトカーが止まると、警察官が重い表情をしていた。いったい何が起きたのだろうか。

 次にサイレンの音が鳴り響いた。救急車だ。誰が読んだのか。

 警察官の一人が、美代の前に立つ。何事かと美代は身構えていた。


「容疑者、須国心太の心肺停止が確認されました。これから病院に搬送します」


 ☆


「で、結局容疑者はそのまま死亡、ね。なんともめちゃくちゃだわ」


 ここは喫茶店シュバリエ。店主の坊屋利英ぼうや りえはモーニングの準備をしていた。

 それを店員であり、甥である大安喜頓おおやす きーとんが手伝っている。二人はテレビを見ていた。

 

「彼は天使ワスレルだったよ。殺されたのかな?」


 喜頓はテレビに映る須国心太の写真を見た。天使ワスレルとして自分たちの前に現れたのだ。

 それがあっさりと死んだ。処刑されたのだろうか?


「違いますね。恐らく役目を終えて死んだのでしょう」


 まだ準備中の看板を下げているのに、勝手に誰かが入ってきた。40代後半の美人で、肩まで伸びた茶髪に、柔らかそうな雰囲気がある。首にはスカーフがまかれてあり、茶色い上着を着ていた。

 山茶花玖子さざんか きゅうこといい、職業は看護師だが、中身は天使ミカエルと呼んだ。


「あ、玖子さんおひさしぶりです」


「ええ、本当に久しぶりね。仕事が忙しくて手が回らなかったわ。受肉すると人間と同じように食事と睡眠が必要になるのよ。でも天使の力を使うことで、少しは病院の勤務も楽になったわね」


 玖子はカウンター席に座った。よほど疲れているらしい。天使の仕事に必要なのかと思った。


「精神体である天使は疲れるとか、お腹が空いたとか欲求がないのよ。逆に今まで得たことのない感覚に感動しているわね。特に食事は最高だわ」


「モーニングがあるけど、いかがかしら?」


「私としては朝は白米に味噌汁、納豆が好きね」


「それは別の店で頼んでほしいわ」


 利英と玖子が軽くやり取りをすると、テレビでは大騒ぎになっていた。

 レポーターの美代の前に大勢の人間が詰め寄ったのだ。恐らく被害者の家族であろう。全員険しい顔をしていた。


「はっ、犯人が死んだって本当ですか!!」「まさか警察が口封じに殺したんじゃないだろうな!!」「事件の真相が闇に葬られるなんて、警察は何をしていたんだ!!」


 彼らは口から唾を飛ばしながら興奮していた。彼らは家族を突然殺されて理解が追い付いていない。なぜ殺されなければならなかったのか、事件の真相が明かされずに容疑者が死亡する。一番あり得ない展開だ。彼らにとって親しい人間が意味も分からず死ぬほど苦痛なものはない。結果よりも過程を好むのだ。

 今の彼らは被害者の遺族だ。周りから可哀そうと同情されて当然だと思っている。美代に対して罵詈雑言の嵐であった。


「これがルシファーの望んでいたことですね。喜頓を利用してマスコミや野次馬を一か所に集め、一網打尽にする。飛んで火にいる夏の虫ですわね。さらに喜頓さんが事件と無関係と分かり、被害者たちがなぜ殺されたのか、容疑者の口から何も出なかった以上、被害者の遺族は負の感情を溜めているでしょう」


 玖子が説明した。今の東京は怒りと憎しみで満ち溢れている。殺人犯と思われていた男は実はうそつきであり、偶然ショック死したことになった。さらにマスコミと野次馬が推定130人も爆破されたのだ。

 短期間による膨大な犠牲者の数に、まともな人間は恐怖を抱き、頭がおかしい人間はこぞってSNSで陰暴論をぶちまけ、政府批判を繰り返している。


 東京は幕末に流行したええじゃないかブームが巻き起こっていた。

 正確には慶応3〜4年(1867〜1868)主に江戸以西の各地で起こった大衆的狂乱である。農村のおかげ参りの伝統から発生したもので、老若男女が「ええじゃないか」と高唱、乱舞し、地主・富商の家に入り込んで物品や酒食を強要したらしい。幕府の倒壊を目前にした世直し的な風潮を反映した騒動だという。


 現在の東京も短期間で死者を出した東京知事や総理大臣を、非難するデモが繰り広げられていた。主に若者たちがコンビニやフードチェーン店に押し入り、金品を要求するなど行動はエスカレートしていったのである。


「まったく何を考えているんだか。災害が起きるたびに誰かのせいにしないと気が済まないのか」


 喜頓は憤っていた。


「彼らは本気で怒っているわけではないわ。人を攻撃する材料を見つけたので、それに便乗しただけよ。自分たちは被害者で相手は悪者。そうやって自分たちの犯罪行為を正当化したいだけなのよね」


 玖子は悲しそうに言った。天使である彼女は人間の愚かな部分を見てきたのだろう。もちろんまともな人間が圧倒的に多いが、声の大きいバカに限って脳裏にこびりつくから困ったものだ。

 

 そこにいきなり入り口が開いた。それは車いすに乗った女性だが、病人には見えない。

挿絵(By みてみん)

 30代後半で、暗い茶色のボリュームの髪に、整った顔立ちはハーフのようであった。

 両手にはおもちゃの光線銃が握られており、どこか目がいっているように見えた。


「ぎゃはははは!! ここに私の妹を殺した犯人がいるわけね!!」


「正確には容疑者ですね。お嬢様」


 車いすを押しているのは初老の老人だ。執事服をきっちり着こなしている。漫画に出てきそうな先頭に強そうな感じがした。さらに背後には黒メガネに黒スーツの男たちが店の前にずらりと並んでいる。明らかにカタギではない。


「あんたねぇ!! 私の妹を殺した男は!!」


 彼女は喜頓を見て叫んだ。光線銃を持ち、ピカピカと光らせている。


「正確には照代さまを殺害した犯人を目撃している方でございますね」


「あの、今準備中ですが。あなたたちはどちら様ですか?」


「申し訳ございません。この方は羽磨真千代わすれ まちよ様でございます。指定暴力団、羽磨組会長、羽磨輝海わすれ てるうみ様の長女でございます。わたしくは執事の雄呂血妻三郎おろち つまさぶろうと申します」


 雄呂血と名乗った老人は礼儀正しく頭を下げた。暴力団の娘が何の用であろうか。話を聞く限り、妹の照代が殺害され、喜頓が犯人を知っているような口ぶりだ。


「こちらをお尋ねしたのは、妹君の照代様の死を、大安喜頓氏が関わっていると調べたからです。照代様はホテルで恋人の男性とともに不可解な死を遂げたのです。犯人は或串太蔵あるくし たいぞうと判明しておりますが、真相を語らずに死亡したそうです」


 喜頓は混乱した。照代という女性に心当たりはないし、或串という名前にも聞き覚えがない。

 いや、あった。確か警察の榎本健美えのもと たけみが教えてくれたはずだ。


「まさか、あんたの妹は天使に殺されたのか?」


 喜頓は思い出した。利英に会う前に、公園のベンチで寝ていたが、ホテルの窓から奇妙な男が空を滑空していたのを見ている。さらにホテルの一室では男の頭が爆破されており、女性は腹を貫かれ背骨を抜かれていたそうだ。

 犯人は天使ハジケルといい、リバスとして最初に戦ったのである。


「やっぱり知っているのか!! 誰だ、妹を殺したのは!! すぐに教えろ復讐するから!!」


 真千代は興奮して立ち上がった。足が悪いわけではないようだ。


「いや犯人は死亡しているんだろう? それでいいじゃないか」


「いいわけないだろう!! 犯人が何で妹を殺したのか、その真相が明かされないまま犯人は死んだんだ!! 私にはあの子の死んだ理由が知りたいんだよ!!」


「真千代様と照代様は血の繋がった姉妹でございます。他にも腹違いの兄弟はおりますが、虎視眈々と跡継ぎの座を狙っており、心休まる相手はおりません。喜頓様、我々は独自の調査であなたを手繰り寄せました。犯人を知っているなら教えていただきたい。でなければあなたではなくそこにいる叔母の利英さんが大勢の男を相手にしなくてはなりません」


 興奮する真千代をしり目に、妻三郎は淡々と告げた。要は利英を人質にして喜頓から犯人を聞き出すつもりなのだ。


「犯人は天使ハジケルだよ。襲ってきたから俺がリバスになって倒したんだ」


「なんだとー!! なんでそいつを私に差し出さないんだ!! うちでもばらす前に尋問はするぞ!! このせっかちさんめ!!」


 真千代は興奮して、喜頓の胸ぐらをつかんだ。だが利英は違和感を覚えた。喜頓の言葉をあっさりと受け入れているのだ。普通なら馬鹿にするなと怒るか呆れるかのどちらかのはずである。


「天使や悪魔の話は有名でございます。警視総監の水谷主水みずたに もんど氏がリバスであることは裏業界では知られておりますゆえ。真千代様とわたくしも天使と悪魔は見ることができます」


 妻三郎の言葉に、全員が呆気にとられるのであった。

羽磨真千代:山田エヴァ万桜。

 羽磨照代は序章で天使に殺されたカップルの女です。伏線でもなんでもなく、思い付きで作りました。

 天使はフェニックス大が演じている設定です。


雄呂血妻三郎:大岡千恵蔵おおおか ちえぞう。時代劇の悪役が多い。剣術を習っており、主人公のライバル剣士を演じてきた。晩年は落ち着いた演技が評価を受けている。

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― 新着の感想 ―
ルシファー、やることがエグいですね。 でもこんな状況でも他人を叩く事に 躍起になる連中は絶えない。 今の日本と同じですね。
天使と悪魔が分かっている人間なのですね。
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