第14話 マスゴミ大量虐殺
そこはやたらと広い、砂利が敷かれた土地であった。周りは牢屋のような林に囲まれ、真ん中にプレハブ小屋が寂しくぽつんと立っているだけだ。中は夜のように黒いカーテンが下りてうかがえない。小屋には電線が引かれていた。
時刻は正午を回ったところで、もっとも暑い時間帯であった。空には雲一つなく、太陽の日差しが燦燦と降り注いでいる。
小屋の周りに大勢の人間が押し寄せていた。マイクを持った者にカメラを持った者などマスコミ関係が多い。さらに一般人がスマホを片手に騒ぎ立てていた。まるでお祭り騒ぎである。
その輪にぽつんと距離を取っている者がいた。20代後半くらいのボブカットで黒縁眼鏡をかけた赤いスーツを着た女性だ。顔は三人前だが愛嬌がある。豆類テレビのレポーター、益子美代だ。
隣には20代の青年がカメラを掲げていた。180センチの高身長だが、馬面故に純朴な印象が強い。野球帽子に水色のパーカー、紺色のジーンズを穿いていた。カメラマンの亀良満だ。
「まずいですよ美代さん。早くあの小屋に行かないと」
「その前に近所の情報収集よ。大体あの小屋が件の容疑者の息子の住処と判明したわけじゃないでしょう?」
「そりゃあ、SNSが元ネタですからねぇ。でも上は裏取りなどせず、さっさとインタビューしろとうるさいんですよ。下手すら首にされますよ。俺も道連れになっても構いませんけど」
満は美代をたしなめる一方で、上司の方針に不満を抱いているようだ。
あの小屋は大量殺人犯の大安喜一の息子、大安喜頓が住んでいるという。情報のソースはSNSで不確かなものだが、マスコミやワイチューバーなどが集まっている。さらには関係ない人間が殺人犯の息子は死ねとヤジを飛ばしていた。どいつもこいつも弱い者いじめを楽しむ人間のクズである。美代は彼らと一緒になるのが嫌だった。
そこに一人の女性が歩いてきた。30代ほどの金髪碧眼で着物を着た美人だ。胸元をはだけており、花魁に見える。手には蛇の目傘を持っていた。美代は彼女にインタビューを試みた。
「申し訳ありません。わたくし豆類テレビの益子と申します。ご近所の肩でしょうか?」
「イエス、ソノトーリデース。コイツハ、ナンノオマチュリデ、ショーカ?」
女性は片言の日本語で話し出した。名前はナンシー・キャリー・ブラウンという。英語の教科書に出てきそうな名前だ。本人も日本に来てからかわれて悩んでいると笑っていた。
「ナンシーさんはあの小屋のことをご存じでしょうか?」
「ヨクシラナイヨー。ツイサイキン、トチカッテ、ギョウシャヨンデ、コヤタテタネー」
「ではこのような人をご存じありませんか?」
美代は喜頓の写真をナンシーに見せた。カメラには写真は写さないように配慮している。
するとナンシーは厳しい顔になった。
「こんな子は見たことないね。土地を買ったのは50歳ほどの男だったよ」
「ナンシーさん日本語が流暢ですね」
「話が長くなりそうだから、地で話すよ。あの小屋は実に奇妙なんだよ」
ナンシーは突如きれいな日本語を話し始めた。まるで極道映画に出てくる女侠客のようなしゃべり方である。
彼女曰く、ひと月前に須国心太という男があの土地を買い、建設業者に依頼して土地を整地した。その後プレハブ小屋を購入し、電気会社に依頼して電線を取り付けたそうだ。さらにホームセンターから様々な家具を購入したそうである。
「それからだねぇ。毎日朝の7時から夕方5時にかけて、老若男女問わず、あの小屋にやってきたんだよ。一斗缶だの化学肥料だの、いろいろ持って来たね。その度に須国は相手に金を支払っていたよ。
さらに小屋の周りを掘って何かを埋めていたねぇ」
「へぇ、そうなんですか。何を埋めていたかわかりますか?」
「さぁねぇ。なんかベニヤ板でふたをしていたのは見えたよ。あとは変なコードが伸びていたね」
二人の話を聞いて、満の顔が蒼くなった。
「美代さん、もしかしたら相手は爆弾を作っていたかもしれませんよ」
「一斗缶でどうやって爆弾を作るのよ。簡単には爆破しないでしょう?」
「いや、俺ゲリラの本を読んだことがあるんです。一斗缶に爆弾を仕込むと、より爆風の威力が上がるんです。一斗缶が爆風を拡散させずに、収束するからです」
それがなんだと美代が口にしようとした瞬間、爆発音が轟いた。小屋の周りに火柱が上がったのだ。
どぉんどぉんと立て続けに鳴り響き、大地が揺れた。するとナンシーは傘を広げる。
ざざぁとにわか雨が降ってきた。それは血の雨であった。小屋の周りにいた人間たちで生み出されたものだった。
豆類テレビだけがその衝撃映像をお茶の間に届けたのだ。たちまちお茶の間は地獄絵図と化した。
さらに空から人間の生首や腕などがぼたんぼたんと落ちてくる。中には江来テレビのレポーター、根住宙助の首も混じっていた。
美代の絶叫とともに、映像は途切れたのであった。
☆
「なんだあれは……」
喫茶店シュバリエの店内で、金髪の少年、大安喜頓がテレビを見ていた。そこには先ほどの惨劇が展開されたのだ。
さすがの叔母でありマスターである坊屋利英とウェイトレスであり悪魔の川田美晴も絶句していた。
「ふむふむ、音の振動でわかるよ。相当な事件が起きたようだね」
黒い鎧を着た警視総監、水谷主水がクリームソーダを飲みながら言った。彼は盲目で耳が聴こえないらしいが、音の振動で会話は把握しているらしい。さすがにテレビの映像まではわからないようだ。
「小屋の周りに爆弾が仕掛けられていたようです。マスコミと野次馬はそれに巻き込まれて死亡したといったところでしょうか。まったくなんで私がこんなことに……」
笠置静夫警視がため息をついた。キャリア組の彼は天使案件を忌々しく思っているようだ。それでいて仕事に手を抜くつもりはないのが彼らしいと言える。
「まさかこれが狙いなのか? 大勢の人間を大量虐殺するために」
喜頓の顔は険しくなっていた。マスコミや正義に酔った野次馬を一か所に集め、爆弾でまとめて殺害する。あまりの非道に喜頓は義憤に駆られていた。
美晴も天使のやり方に嫌悪感を抱いている。
「その通りだね。連中の目的は純度の高い腐魂弾だ。一人一人でも作れるけど、腐った魂の持ち主を一つにまとめることで、さらに強力な腐魂弾を作れるのさ。でもそんなものを作っても殺せる悪魔は限られている。というか魔王級でも必要ないと思うけど、悪魔の君はどうかな?」
主水が美晴に訊ねた。
「……あなたの言う通り、魔王様を殺すには十分だけど、過剰すぎるともいえるわね。大体魔王は私たちのまとめ役だけど特別な力を持っているわけじゃないわ」
美晴は答えた。魔王はあくまで称号に過ぎず、腐魂弾を撃ち込まれたら当たり所によっては死んでしまうらしい。人間も急所を外せば障害は残っても生き残るだろう。腐魂弾は撃たれたら確実に死ぬわけではないのだ。
「総監、帰りますよ。おそらくこの事件で総監の指示を求められます」
「おいおい、親がいなけりゃ何もできない子供かね? なんのための組織だよ」
笠置は主水に帰るよう促すが、主水は馬耳東風である。確かにトップの指示をいちいち煽っていては組織は成り立たない。もっともSNSでは総監がすぐ支持しないことに腹を立てていた。
「陰口しか叩けない奴の言葉なんか聞く必要はないよ。まあ、僕はその手の声が嫌というほど聴こえるからまいるよねー」
主水はカラカラ笑っている。この男にとって世界は闇のはずだが、世界の誰より物が見えて聴こえている。
笠置は苛立ってはいるが、主水に対する信頼は厚い。だから何も言えないし、口を出すつもりもない。
「……喜頓君。君は警察官になりたまえ。キャリアじゃないから署長には出世できないけど、下っ端だからこそできることがある。君は離婚してひとりぼっちの利英さんのために、ここで働いているのだろう?
彼女は大人なんだ、寂しいとは思っていないし、自分が甥の将来を邪魔していると思っている。力を持っているならそれを正しく使うべきではないのかね? ではまた」
主水は立ち上がると、財布から金を取りだしてカウンターに置いた。
そして笠置とともに店を出ていったのだ。
「喜頓、水谷さんの言う通りだよ。あんたがこの店に来たのが私のためだってことは知っていた。だけど喜一義兄さんも言っていたはずだよ。人間はいつだってひとりだ、わたしだって義兄さんからひとりで生きることのすべを習っている。あんたが私に気を使う必要はないんだよ」
「でも叔母さんは俺の家族だ。家族を放置することはできないよ」
「家族でも四六時中いる必要はないよ。私も離婚した後、いい人と出会えたんだ。あんたもきっと出会えるさ。あんたはもっと自分の幸せを求めてもいいんだよ」
利英の言葉に喜頓は言葉を詰まらせる。彼は両親を失ったが、叔母の利英はいる。口では寂しくないと言っても喜頓はまだ子供だ。唯一の肉親に甘えたい気持ちはある。
その様子を美晴は見ていたが、テレビでは緊急特報が流れていた。
そこには笠置の姿があった。恐らく録画だ。
『えー、警察からの発表です。大安喜一は偽証罪として再逮捕しました。彼は2か月前に亡くなった大安氏の名を騙り、偽りの殺人を偽証しました。そもそも事件当時は喫茶店にいたことが証明されています。
さらに被害者169名の解剖が終了し、全員がショック死であることが判明しました。
極めて珍しいケースであり、この事件には加害者はおりません。不運な事故なのです。よって故大安氏のご子息の写真を拡散させたものを、肖像権違反として逮捕します」
この放送は全国に衝撃を与えた。全員がショック死で、犯人がいない。しかも犯人は嘘をついてだましていた。犯人は雨卒亀太郎といい、喜一に恨みを持っていたという。整形手術をして、事件を起こそうとしたが、ちょうどいい事件があり、便乗したという。もちろん、誰も信じないが。
ナンシー・キャリー・ブラウン。セイレーン所属のタレント。都都逸を得意とするアメリカ人。
普段はキャラづくりに片言だが、実際は仁侠映画の影響で、流暢にしゃべれる。
亀良満:江鱚寅夫。舞台俳優。知名度は低いが確かな演技力を持っている。
須国心太。弥生双伍が憑りついた男の名前。




