第12話 とっても 残酷な展開になってます
「いいか喜頓、この世でもっとも罪深いのは嘘だ。嘘だけはつくんじゃないぞ」
金髪の男が男の子を抱き寄せながらに言い聞かせている。周りは草原で遠くで山が見えた。ハイキングでもしているのだろう。男は草むらにシートを敷いて座っていた。
「お父さんとお母さんは孤児だ。家族はおろか親戚もいない。子供の頃はよく人にばかにされ、いじめられてきたんだ。でもお父さんたちは腐らなかった。だっていじけて犯罪に走れば他の孤児たちの迷惑になるからね」
男の目は真剣であった。喜頓はまっすぐな目で見つめている。
「嘘をつくなと言っても、相手が嘘をつく場合がある。俺はそういった見分け方を、お前に叩きこんでやろう。そして大きくなったら喧嘩が強くなるよう鍛えてあげる。お前がひとりになっても生き抜ける力を育てるのが、俺の生まれてきた意味だから」
男の目は優しく喜頓を見つめる。喜頓はきゃっきゃと喜んでいた。
風が吹いている。ふたりは立ち上がり、空を見上げた。
☆
「嘘よ!! 喜一さんと利恵姉さんは火葬されたのよ!!」
坊屋利英が叫んだ。目の前に座っている喜一は、大安喜頓の父親なのだ。喜頓も死んだはずの父親を目に何も言えなかった。さすがの彼も人間は生き返らないことを知っているようだ。
喜一を自称する男はポケットから小瓶を取り出した。それはウィスキーだ。彼はそれをぐびっと飲んだ。
「……親父はウィスキーが好きだった。もちろん夜にしか飲まないけどな。あんたは親父に憑りついて何をしたいんだ?」
喜頓が喜一をにらみつける。父親が蘇ったのに冷静なままだ。これは父親の教育の賜物であろう。
「この男に憑依したのは偶然だよ。まさかこの体の主の息子がリバスになるなんて予測もしなかった。アヤツルも同じ気持ちだよ」
男はまたウィスキーを飲んだ。この男はいったい何をしに来たのだろうか?
「天使は憑依した体の持ち主の記憶をそのまま受け継ぐ。俺とお前の思い出が頭によぎるよ。お前さんの性格は喜一のおかげだろうな。すごい男だよ」
男は感心していた。だが喜頓も利英も相手をにらみつけたままだ。そりゃそうだ、自分の父親が天使に憑依されたのだ。内心穏やかではない。
「あっ、あなたたち天使は何をしたいんですか!! そんなに世界を破壊したいのですか!!」
榎本健美が興奮して立ち上がった。店内の客が一斉に彼女を見る。客は自分たちの話に夢中で、喜頓たちを気に留めていなかった。
「落ち着けよお嬢さん。でかい声でしゃべったら他の客の迷惑だぜ?」
隣に座っていたアヤツルが笑いながら言った。
「今日は顔合わせだよ。できれば君たちはアヤツルによって死んでほしかったな。君たちが苦しんで死ぬのは忍びないのだよ」
「だったらやめればいいだろう? 自分が気に食わないからといって世界を破壊するのは間違っているぞ」
ルシファーの言葉に喜頓が反論した。それを見て、ルシファーは優しく微笑む。
それを見た喜頓は疑問を抱いた。この男は本当に世界を、人類滅亡を望んでいるのだろうか。
「俺たちは人類滅亡を止めないよ。さて、俺たちは帰るとするか。お勘定をお願いします」
そう言ってルシファーはポケットから紙幣を取り出して、カウンターに置いた。アヤツルとワスレルも一緒に店内を出ていく。入れ違いに川田美晴が入ってきた。
彼女は喜頓絶ちの様子がおかしいので、何が起きたのか訊ねた。そして先ほど天使たちが来たことに彼女は驚愕したのだった。
「なんなのあいつら、頭がおかしいんじゃないの!!」
「悪魔のあなたがいうと何とも言えませんね。彼らは何がしたいのでしょうか。悪魔たちを草の根運動で皆殺しにするつもりでしょうか?」
「不可能ね。私たち悪魔は人間の数に応じて増えていくのよ。今は地球全体が人口増加で悩まされているからね。天使も似たようなものよ。腐魂弾で悪魔は殺せても、こちらが無抵抗で殺されるわけないでしょうが」
健美の疑問を美晴が答えた。悪魔と天使は人間から生み出された存在だ。悪魔は人間の魂が空気の代わりであり、天使は食料とする。どちらも腐った人間の魂は猛毒であり、劇薬となるのだ。
悪魔か天使を殺したければ人類滅亡しかない。発展途上国が安価な細菌兵器を開発しても、世界中にばらまくことはできないのだ。
「じゃあ、あいつらの目的は何かな? きちんとした目標があるからこそ、行動を起こしているんじゃないか?」
喜頓の言葉はもっともである。だが考えてもわからない。時間だけが過ぎていく。
突如、健美の携帯電話が鳴った。彼女は慌てて電話に出る。相手は笠置静夫警視だ。
『おい榎本巡査部長、今すぐ帰ってこい!! 大事件だ!!』
「わかりました、すぐ戻ります」
健美は携帯を切ると、喜頓たちに頭を下げて去っていった。相手の話を聞かず、すぐに警視庁に戻る。警察の鑑と言えた。
「ちょっ、おにぃみてよ!!」
客のひとりが立ち上がった。彼女、黒ギャルに見えるが男の娘だ。彼はスマホを持っていた。
「何よ、なんかあったの?」
客の美咲がどうでもよさそうに訊ねたが、彼は真剣そのものだった。
「テロ事件だよ!! 政治家の阿玉丘椎蔵がデモに参加して殺されたって!! しかも信者も一緒に殺されて、計13人だって!!」
阿玉丘椎蔵は野党の政治家である。過激な発言が目立ち、災害の被災地ではパフォーマンスのために大騒ぎするなど問題行動を繰り返していた。さらに彼に陶酔する人間もおり、周囲の人間に暴行を働くなど暴君と呼ばれていた。
その男が何者かによって、信者もろとも殺害されたという。東京でテロという前代未聞の事件だ。
「なっ、ジェンダー問題を訴えている金尾暮世も殺害されたって!! デモを起こしている最中に、団体のメンバーとともに13人も犠牲になったらしい!!」
客の康が叫んだ。さすがの彼も畳みかける事件に混乱しているようだ。
金尾暮世はジェンダーフリーを訴えているが、実際は東京都から金を引き出し、自分の贅沢のために使っていた。他の団体が募金活動していると、縄張りを荒らしたと言ってかみつき、SNSでは相手に対して罵詈雑言を並べ立てるなど、こちらも問題行動ばかりの女であった。
「あっ、タレントのジーニアス群馬も、イベント最中に殺されたって。スタッフとマスゴミが犠牲になったらしいよ。こちらも13人だ」
「あー、馬鹿之介だっけ? いっつもテレビで美咲っちをガイキチ女とか、知的障碍者と罵っているクズ野郎だよね。死んでざまぁみろだわ」
「歩、そういうのは本当のことでも人前で口にしちゃだめよ。嫌いな相手でも悪口や陰口を言えば、私らにもしていいことになるんだからね」
歩がけらけら笑っていると、美咲がたしなめた。ちなみにジーニアス群馬は本名、群馬鹿之助といい、高学歴を謡ったタレントだ。テレビでは政治の話ばかりしているが、どちらも頓珍漢な内容が多く、専門家にあっさり否定されることが多かった。だが本人は専門家に指摘されると逆切れし、SNSでは彼らを与党の手先と称して攻撃するのが日課だった。
その彼がスタッフや取材に来ていたマスコミもろとも殺害されたという。これは大事件だ。
1日で3か所も別な場所で、13人も殺害されるなど、日本史上最悪の事件と言えるだろう。
さすがの利英も不安を覚える。だが事態はそれだけでは終わらない。
この一時間で13か所、13人が犠牲になったのだ。合計169名が殺害されたのである。
これはさすがに異常だ。健美が呼び出されて当然と言えるだろう。
「あれ、犯人が捕まったって。早いねー!」
スマホを見ていた歩が答えた。喜頓は店内にあるテレビのスイッチを入れる。
テレビでは先ほどの事件がすでにニュースとして流れていた。
ボブカットの20代の女性レポーターが、警視庁を背景に映っている。
『えー、益子美代です。今日は連続殺人事件の犯人が逮捕されたので、警視庁の前にいます。正確には犯人は自首したそうですね。犯人の名前は、大安喜一といい、44歳の無職だそうです。さらに現場では被疑者の免許証や、保険証などが落ちており、警視庁は緊急逮捕したそうです』
これは喜頓たちも驚いた。大安喜一ことルシファーは先ほどまでこの店にいたのだ。
それが都内13か所で、13人も殺害するなどありえるだろうか。他の天使たちを使えば可能であろう。まさかこんな蛮行を起こすとは思わなかった。美晴は悪魔だがさすがにこの所業は戦慄していた。
「あっ、犯人には18歳の息子がいるんだって。名前は大安喜頓っていうらしいよ」
「なんだそりゃ。まだ決定したわけじゃないのに、犯人呼ばわりした挙句、息子の写真まで流出させたのかよ」
歩の言葉に康は憤っていた。だが3人はこちらを見たが全く騒がない。
喜頓は注文を聞きに、3人のいるテーブルに向かった。
「お客様。私がその大安喜頓でございます」
利英と美晴は慌てた。いきなり自分の正体をばらすなどありえないからだ。だが3人の様子がおかしい。
「あなた何言っているの? あなたは赤毛のそばかすで、でぶっちょだよね?」
美咲の言葉に利英は驚いた。すぐに察してカウンターから出ていく。そして美咲に自分のことを尋ねた。
「お客様、私はどんな姿をしているでしょうか?」
「白髪のおばあちゃんだよね。しわがなくてかなり若く見えるよ」
こちらは歩が答えた。美晴は驚いた。利英はすぐにカウンターの中に戻った。
「こいつはワスレルの仕業だね。あいつは私と喜頓に何かをした。それがこれというわけだな」
利英は真剣な顔になった。恐らくワスレルの術は、喜頓たちの認識を捻じ曲げているのだろう。
SNSで喜頓の顔写真が出ても、誰も彼を探すことはできない。
マスコミは彼に取材することができないのだ。
「でもあいつらはなんでこんなことをしたのかな」
美晴は疑問を抱いた。喜頓は殺人犯の息子になったが、誰も喜頓を探せない。恐らく美晴や、悪魔と天使が見える人間しか認識できないだろう。
喜頓たちを苦しめるわけではない。なぜこんなことをしたのだろうか。
しかし喜頓たちは思い知ることになる。ルシファーの策略がえげつないことだということを。喜頓たちは骨の髄まで叩き込まれるのだった。
益子美代:豆類テレビの現役レポーター。
幼少時の喜頓。子役武人。セリフはなく、金髪のかつらを被ってます。




