第11話 デスゲームする羽目になりました
榎本健美は理解が追い付かなかった。天使アヤツルがいきなりやってきて、大安喜頓とマスターの坊屋利英に死のゲームを無理やり引き込んだのだ。
しかもアヤツルの体はマスターの元夫、芝三郎と来たもんだ。
その賭けの対象が、店に入ってきたのが男か女かを決める単純なものだ。
「あなたは正気ですか!! そんなくだらないことで人の命を懸けるなんて!!」
「そうだ!! 俺だけならともかく、叔母さんは今すぐ解放しろ!!」
健美だけでなく喜頓も怒りに震えていた。しかしアヤツルは涼しい顔をしている。
「世の中、くだらないことで命を落とすことだってあるだろう? 安心しな、俺が負けたら俺も死ぬからよ」
「確かにそうだな!! 俺の両親も交通事故であっけなく死んだから、人生はそんなものだろうな!!」
アヤツルの言葉に喜頓は納得した。あまりのものわかりのよさに、健美は頭を抱えたが、利英は冷静なままだ。彼女は甥を信じているのだろう。
「ではスタートだ。俺は女だ。お前は男な」
「あんた、強引だね。うちの人そっくりだよ」
「アンタの夫の記憶はすべて俺の記憶にある。あんたの作るオムライスが大好物だったようだ。すぐ作ってくれよ」
アヤツルは懐から千円札を取り出し、カウンターの上に置いた。利英はため息をつくも、調理の準備を始める。喜頓の選択で自身も死ぬのに、肝が据わっている。
カランカランと扉が開く音がした。強い風が吹いた後に、入ってきたのは金髪の女性だった。
「ほらぁ康、ここの店、チョコパフェがおいしいんだよぉ、えへへへへ」
「美咲、お前なんでそんな馬鹿っぽいしゃべり方するんだよ。もう少し普通にしゃべれ」
「ああん? 滅多に私とデートしねぇじゃねぇか!! 夜だけでなく昼間も甘えたいんだよ!!」
カップルの女が乱れた髪を整えながら切れた。二人は窓際の席に座る。喜頓は注文を取ると、利英に伝えた。
「チョコパフェひとつにホットコーヒーふたつ!!」
「あいよ」
賭けに負けたのに、二人は平然としていた。あと一回負ければ二人は死ぬ。健美は脂汗がだらだらと流れていく。なんでふたりは命を懸けているのに普通なのだろうか。凶悪犯を相手に取り調べをしてもこんな気分にはならなかった。
「大丈夫ですよ健美さん。所詮は運命です。俺が死んだらそれまでですって」
「元々私たちは親戚がいないんだよ。私と喜頓の両親は孤児でね。自分たちがいつ死んでも後悔しないように生きてきたのさ」
喜頓が答えると、利英はカウンターにオムライスを置く。次にチョコパフェを作る準備を始めた。
アヤツルはオムライスを食べる。にっこりと笑った。
「ああ、この味だな。三郎も孤独だった。利英が初めて作った不格好なオムライスが大好物だったんだよ」
アヤツルはしんみりした顔になった。死人の体を乗っ取った天使なのに、不思議に思った。
「三郎はな、やくざに殺されちまったんだ。金を返したのに、人の不幸を願うくずのせいで殺されたんだ。俺が憑依した後、復讐は果たしたよ」
アヤツルはオムライスを食べ続ける。その表情は人を喰った様子がなかった。アヤツルは持ち主の三郎の人生に何か思うことがあったようだ。
(悪いが、このゲームは俺の勝ちだ。俺の力で来る客は決まっているんだよ)
彼の顔は真顔であった。人を陥れて喜んでなどいない。むしろ二人を憐れんでいた。
窓からは親子連れが歩いていた。母親が野球帽を被った子供の手を引いている。
次にドアが開く、親子連れが入ってきたのだ。
しかし強風が吹き、子供の帽子が店内に飛んできた。先に子供が入ってきたのだ。
さらにフードコートを着た男も入ってきた。男はカウンター席に座り、ナポリタンを注文した。
喜頓は出来上がったチョコパフェとホットコーヒーをカップルの席に置く。
「その子は男の子のようだな」
「わかるのか? 男勝りな女の子かもしれないだろう?」
「いいや、俺の力は絶対だ。賭けに負ければお前らはすぐに死んでいた。二番目は俺の負けだな」
喜頓の言葉に、アヤツルはやれやれと手を広げていた。こればかりはアヤツルの誤算であった。
喜頓は冷静なままである。首の皮一枚繋がったのに、この落ち着きようは異常だ。
「……あんたが小細工をしているのは、わかっているよ。最初から出来レースなんだろ?」
喜頓が言うと、アヤツルは目を細めた。逆に健美が憤る。
「なんですって!! 最初からいかさまをするつもりだったなんて!!」
「昔からよく言うだろう? ばれなきゃいかさまじゃないってな」
アヤツルはけんもほろろだ。その途中、利英は出来上がったナポリタンをカウンターに置く。男はそのまま食べ始めた。
「とはいえこいつはそれを承知で賭けに乗った。大した胆力だよ。さすがはあいつの息子だな」
「父さんを知っているのか?」
「おっ、最後の客が来たぞ。これで勝負が決まるな」
ドアが開くと、金髪黒ギャルが入ってきた。だがアヤツルが糸が切れたように、こと切れた。
ギャルは先ほどのカップルの席に向かっていく。ギャルの後ろには男がおり、こちらはカウンター席に座った。
「ちょっとみさきっち。あーしのかれぴをこんなところまでさらうなんて、ありえなくね? 今日はおにぃとホテルでハッスルするつもりだったんだけど?」
「あぁん? こんないい天気、風は強いけど、ホテルにこもるなんて愚行するわけないでしょうが!! ねぇ康?」
そう言ってカップルの美咲は康の右側に座り、腕を組んだ。
それを見たギャルはむすっとした顔になる。康の左側に座った。
「おにぃはあーしと遊ぶのが好きなんだよねぇ。こんな三十路のくそばばぁなんかを相手にしないよね?」
「誰がくそばばぁじゃ!! あんたこそ男のくせにギャルファッションしてんじゃないわよ!!」
「二人ともやめろ!! 他のお客さんの迷惑になるだろうが!!」
言い争う二人に康は立ち上がり、雷の如く声を荒げた。ふたりはしょんぼりしている。
先ほどの話だがギャルの正体は男の娘のようだ。
だからアヤツルは賭けに負けて死んだのだろう。
「……あなたはすべてを見越しているのですか?」
「違うよ。俺は運命を受け入れただけだ。こいつが小細工をしようと運命が俺を生かしたんだ」
健美の言葉に喜頓は毅然とした態度で答えた。
「……やはり、利英のナポリタンはうまいなぁ」
喜頓の右側に座っていた男が答えた。男はフードを外さず食べている。
男はアヤツルの頭にチョップを入れた。するとアヤツルは目覚める。きょろきょろと周りを見回していた。
「まったくお前は先走りすぎる。少しは面倒な家事を押し付けられた俺のことを考えろ」
「あんた!」
アヤツルは男をにらむ。フードの下から金髪が見えた。喜頓は思い出す。この男は天使ルシファーだ。
「敵の親玉がこんなところまで来るとはな。リバスでなきゃ俺を殺せると思ったのか」
「お前さんたちは殺さないよ、今日は細工をしに来ただけだ」
ルシファーがナポリタンを行儀よく食べていると、利英がへんな声を上げた。彼女の後ろに男が立っていた。天使ワスレルだ。油断した喜頓の額に人差し指を突き刺す。彼の体に薄い紫色の膜が包んだ。
「なんだこれは!!」
「視える人には通用しないから安心してくれ。正直あんたらはアヤツルの手で安楽死してほしかったよ。余計な苦しみを味合わせたくなかったんだ」
喜頓の言葉にルシファーは冷静なままだ。そこに利英が声をかけた。
「あんた、あたしの名前を知っていたね。誰から聞いたんだい?」
「もちろん利恵に決まっているだろう?」
「利恵ですって!!」
利英は声を上げた。利恵は彼女の姉であり、喜頓の母親の名前だ。喜頓も驚いている。
「利恵は料理が下手で、喜頓の離乳食もお前が作ってくれたよなぁ。結局、家事はともかく料理だけは俺の仕事だった。あっはっは」
ルシファーの言葉に喜頓の頬から汗が流れた。この男が緊張感を持つのは珍しい。
「……あんたまさか、俺の親父なのか?」
ルシファーはフードを外した。そこには金髪の美男子が現れる。利英はその顔を見て驚愕した。
「喜一義兄さん……」
「そうだよ。俺は天使ルシファーであり、大安喜頓の父親でもあるのさ」
カップル:秋本美咲。演歌歌手。
カップル:岩佐康。美咲のマネージャー。
ギャル:黒姫やすむ。人気Vチューバーの中の人。
監督が秋本美咲の友人なので出演してもらった。マネージャーと一緒を承諾させた。
親子連れ:岡三恵。母親役が多い。
子供:子役武人。子役。
最初からこの展開を構成したわけではないです。なんとなく第一話の話を無理やり伏線に繋げました。




