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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女子高生になった僕は愛のために生きることにした

作者: いぬぴよ

東京都。

色々なところがあります。

東京都内で生まれ育った人でも、東京都内のすべての鉄道に乗ったことがある人は、むしろ少ないくらいではないでしょうか。

話の舞台のモデルはどこか想像しながら読んでみると楽しいかもしれません。

堤防の上の駅は、架空の駅です。


1、僕は男子高校生だった


 この話の舞台は、コロナ禍が起こる前の日本の東京での設定である。


 そして、その時、主人公である僕、佐藤律は、高校1年生であった。


 小学校の4年生から塾に通い始め中学受験をして、私立の進学校に合格した。しかし、高校三年生の時、時々めまいがおきるようになった。病院に行ったら、起立性調節障害と診断された。昔からよくある病気ではあるが、即効性のある治療方法は確立していなかった。僕が通っていた中学校は100年以上の歴史があったが、起立性調節障害の生徒の教育方法は何一つ持ち合わせていないようだった。僕は、出席日数が足りないということで、進学査定会議で高校への内部進学が認められなかった。ところで、学校は、「義務教育」とか「教育を受ける権利」とか「授業料」とかについてどう考えていたのだろうか。僕は、体調が悪かったし、他にやりたいことがあったし、事を荒立てるのを好まなかったし、おとなしくしていましたが。僕は、この中学校を卒業した後、よその通信制高校に進学した。


 四月のある日のことである。


 このころには、僕のめまいもだいぶ良くなってきた。

「少し、外に、出てみないか?」

 10歳年上の兄の修に言われて、僕は家の外に出て、電車に乗って、街に行った。

 本当に久しぶりだった。

 外の世界では、桜の花が咲いて散っていた。僕が部屋にこもっている間に、世界はどんどん変わっていた。街には多くの見知らぬ人がいた。僕は久しぶりに街に来たのだけれど、そんなこと全く関係ないといった感じでそれぞれが違った動きをしていた。人々がいるのは目に見える世界だけではない。乱立するビルの一つ一つの窓の向こうにも、道路を走る自動車一台一台の中にも、効果を走る列車の中にも、地下を走る列車の中にも、目には見えないところにも人がいて、それぞれが違った動きをしているのだ。昔ユングという心理学者が提唱した「集合的無意識」という言葉を思い出した。「集合的無意識」というのは、一人一人の人間は、無意識のさらに深層にある集合的無意識という領域でつながっている、みたいな考えである。(噓だろ。世界は僕とは関係ないところで回っているように見える。)

 修は、僕を、新しくできたゲームセンターに連れて行ってくれた。耳以外でも音を感じ、目以外でも光を感じたのは、とても刺激的だった。

 ゲームセンターの次、僕らは橋のたもとの牛飯屋に向かって歩いていた。

 その時、事件が起こった。

 まず、僕の目の前に、メイド服姿の女の子がビラを配りに飛び出して来た。

 その次に、その女の子が僕の顔を見て物凄く驚いた顔をした。

 そして、その次に、僕の記憶は途切れた。

 ・・・・・・。


 人だかりが見えた。

 その真ん中で、僕が、アスファルトの上に倒れているのが見えた。

 僕の顔は向こうを向いていてよく見えないが、頭の下が血の海になっていた。

 きっと、酷い顔をしているのに違いない。

 修が叫んでいた。

 僕が今まで見たことがないひどい顔をして叫んでいた。

「修にそんな顔をさせてはいけない。」

 僕はそう思った。

 僕の傍に、メイド服を着た女の子が倒れていた。

 厚底靴を滑らせて転んで頭を打って気を失っているようだった。

 女の子の上にフワフワしたものが浮かんでいた。

 ぼくは、それを取り除いて、中に入ろうとした。

 はじめ、それは嫌がって抵抗していたが、そのうち去っていった。

 それは、泣いているようだった。


 中に入った。

 ものすごい痛みが僕を襲った。

 右を向いても痛い。

 左を向いても痛い。

 上から読んでも痛い。

 下から読んでも痛い。

 痛いのは意識があるからだ。

 では、意識を無くそう。


 初期化。

 シャットダウン。

 再起動。


2、僕は女子高校生になった


 目が覚めた。

 天井が見えた。

 点滴の袋が見えた。

 僕は病院のベッドで寝ていた。

 上体を起こして、周りを見た。

 一人部屋のようだった。

 眼鏡を探した。

 眼鏡は無かった。

 なのにクリアに物がよく見えた。

 尿意を催した。

 点滴がぶら下がっているやつをカラカラと引きずりながらトイレへ行った。

 洗面台の鏡を見た。

 そこには僕の顔ではなくて知らない女の子の顔があった。

 鏡を見ながら、顔を触ってみたり、口を開け閉めしてみたりした。

 胸を触ってみた。

 トイレに入ってパジャマのズボンを下した。

 (無い!)

 これはいったいどうしたことだろう?それにしても、ずいぶんと地味な姿だった。転生物のライトノベルでは、こういう場合、超絶美少女になるものであるが。


 「失礼します。おはようございます。斎藤さん、あ、目を覚まされましたね。検温お願いいたします。」看護師が部屋に入って来て僕に体温計を渡して去っていった。

 (僕は、斎藤ではなくて佐藤だ!)

 しばらくして看護師が戻って来た。看護師は、体温計を回収し、血圧を測り、部屋を出て行った。

 しばらくしたら朝食が運ばれた。お粥とかではない普通食だった。僕は急に空腹を覚えた。

 (あれ?)

 箸を持とうとしたら、左手が出た。左手は器用に橋を操り、卵焼きを切り分けて僕の口に運んだ。

 (僕は、右利きだったはずなのに。)

 今度はやる気のない右手に無理やり箸を持たせて仕事をさせてみた。すると、ご飯を口の中に運ぶことすらできなかった。

 (これは一体どういうことだ?)

 やっとのことで完食した。看護師がトレーごと食器を下げてくれた。これからは、トレーを取りに行ったり、下げたりするのは、自分でするようにと言われた。

 

 食事を終えて、トレーを持って、病室を出た。

 病室の入り口に書かれている名前を見て驚いた。

 「斎藤律 女」

 (僕は、「佐藤律 男」だぞ!)

 配膳用の台車の周りには、中高年の女性達がたむろしていた。

 病室に戻ると、スマホを探した。その時あまりにも情報が少なすぎた。

 しかし、スマホは見つからなかった。


 僕は病室を抜け出して、エレベーターを探して、一階の待合室へ行った。

 TVがあった。

 ちょうど民放番組でワイドショーをやっていた。

 昨日僕が修と一緒に行った街が映っていた。

 マイクを持ったリポーターがしゃべっていた。

 「こちら、東京都××区の事件現場に来ています。昨日、ここで、男子高校生が、オートバイに乗った二人組に金属バットで撲殺される、という事件がありました。女子高生が一人、この事件に巻き込まれて転倒し病院に搬送されましたが命に別状はないという情報も入っています。」

 これを聞いて僕は呆然とした。

 (事件?)

 (撲殺?)

 (僕は、殺されたのか?)

 (僕は、誰に殺されたのか?)

 (僕は、何故殺されたのか?)

 僕を内部進学させなかった中学校の校長や、僕がこれから入学する通信高校の校長がTV画面に登場して何かしゃべっていた。

 (では、今いる僕は、何者なのか?)

 ぼんやりと、あの時の景色を思い出していた。アスファルトの地面の上の血だまりに横たわる僕の傍で、修が物凄い表情で叫んでいた。そして、その近くに、メイド服姿の女の子が転がっていた。

 (あの女の子、どんな顔をしていたかな。地味で、目立たないので、特に記憶に残らない・・・。あれ?今の僕の姿と同じではないか?)

 修の姿を思い出した。僕のために叫んでいた。メイド服姿の女の子にも家族がいるはずだ。彼女に何かあったら、やはり激怒するだろう。

 (今は、僕が斎藤律ではないということがバレないようにしなければいけない。)

 再び、僕の目は、TVにくぎ付けになった。何故ならば、中一の時同じクラスだったX君がいたからだ。X君はアイドルタレントの格好をしていた。X君がTV画面の向こうから僕に向かって話していた。

 「佐藤律君は、中学1年の時、同じクラスでした。とてもいい人なのに、こんなにひどい目に遭うなんて信じられません。一刻も早い犯人逮捕を願っています。」

 (僕がめまいをおこして家で寝ていた間に、あいつはアイドルタレントになっていたのか・・・。)

 再び僕は呆然とした。


 やっとのことで、病室に戻った。

 くたびれて、ベッドに倒れこんだ。

 医師が部屋に来た。

 「目を覚ましましたね。」

 MRI写真の結果などみても異常は見られなかった、順調ならもう退院してもいい、そんなことを話した。

 「念のため、質問させてください。あなたの名前は何ですか?」

 僕は言葉が出なかった。

 「文字は書けますか?」

 僕はうなずいた。ボールペンを借りると、左手が書きたがった。

 <ワカラナイ>

 僕は、生年月日も、両親の名前も、住所も、<ワカラナイ>だった。

 医師は少し考えた。

 「検査が必要だ。」

 と言って、部屋から出て行った。


 スーツ姿の女性が部屋に入って来た。

 警察手帳を見せて、自分は警視庁の者だと言った。

 僕は警察手帳を見てもそれが本物かどうかわからなかった。

 「体調が悪い時に失礼します。出来る範囲で調査に協力していただければと思います。」 

 スーツ姿の女性は僕に写真を見せた。

 僕は、驚いた。

 それは、僕の写真だったからだ。

 (僕は、殺されたのですか?)

 僕は驚いたけど何もしゃべることができなかった。


 スーツ姿の女性が帰った後、僕は昼食を食べた。

 とても、疲れていた。

 だんだん、おなかが痛くなってきた。

 そのうち、股の間に温かくてぬらぬらしたものを感じてきた。

 見ると、病衣の一部が赤くなっていた。

 血生臭いにおいがした。

 「●◇△♪$%&?!!!!!」」

 僕は涙をボロボロこぼしながら錯乱状態で暴れた。

 「律!律!どうしたの!?」

 女の人の声がした。

 「もう、大丈夫。」

 声の人は、僕を抱えて、ベッドのまだ汚れていないところに横たえてくれた。体と病衣をきれいにしてくれた。汚れものを片付けてくれた。

 僕は安心すると、泥のように眠ってしまった。


 僕は、真夜中の病室で目を覚ました。

 病室は、薄暗かった。

 他所の病室から、いびきが聞こえた。

 病室は寒くはなく、生暖かいくらいだった。

 全館空調で窓は締め切ってあったので、臭いがこもっていた。

 空気が動かない、はずだった。

 なのに、カーテンのすそが少し動いて、何かが部屋の中に入って来た気配がした。

 「斎藤律か?」

 僕が心の中で問いかけると、そいつは返事の代わりに、僕の鼻と口を封じた。

 「苦しい。息ができない。」

 僕の心臓がバクバクいいはじめた。

 「よせ。そんなことをすると死んでしまう。この体がなくなったらお前は戻るところを失ってしまうのだぞ!僕だってこの体の中にいるのは本意ではないのだ。お前が戻れる方法を見つけたら速やかにお前に返却するから!」

 ようやく、鼻と口が解放された。ハアハア息をした。

 「犯人を見つけなければいけない。協力してくれ。犯人は、本当は、お前を狙ったのかもしれないのだぞ。そうしたら、次狙われるのは、このお前の体だ。大丈夫。僕は、犯人が見つかるまで、お前の体を健康に保つと約束する!」

 再び、カーテンのすそが動いた。何かが、部屋から出て行った気配がした。


 翌朝、僕は病室で目を覚ました。

 朝食をちゃんと食べた。

 苦手だけど生理の手当ても行った。

 この体を健康に保つと約束したのだから仕方ない。

 この日は様々な検査が行われた。

 夕方、斎藤律の母親が病室に来た。

 医師が説明をした。

 「斎藤律さんは大変な事故に巻き込まれました。一時的に意識を失いましたが、今のところ命に問題はありません。この病院ですべき治療も終わりました。この後のことを考えなければなりません。」

 医師の話を要約すると次の通りであった。

 ・言葉が出ない、自分の名前など身近な事柄を思い出せない、これだけをみると高次脳機能障害が疑われないこともない。高次脳機能障害と診断されると、身体障害者と認定受けられる。リハビリ施設に通うなど、援助をうけられる。

 ・しかし、今日行われた検査の結果、運動機能、知能、視覚、聴覚、・・・全て成城の範囲である。日常生活を行うには支障がない。ならば、高校一年生という年齢も考えると、通常通りの生活を行った方がいいのではないかと思われる。

 ・人間の脳は複雑で未だによくわからないことが多い。言葉が出ないなどの問題も、日常生活を送るうちに解決してしまう可能性もある。

 斎藤律の母は、「医療費がかかるのも困るし、毎日病院に来るのも大変なので、早く退院して欲しい。」と言った。

 僕もうなずいた。

 僕は次の日に退院することが決まった。

 

 その日の夜、寝室に何も訪れなかった。

 

 入院3日目の午前、僕は必死の思いでシャワーを浴びて、体をきれいにした。

 昼食を食べているところに斎藤律の母が来た。

 医療ソーシャルワーカーの相談室へ行ってから、退院の手続きをした。


 2人は、病院の建物を出た。



3、女子高生になった僕はアイドルタレントの夢を見た


 地下鉄の駅の入り口から階段を下りた。

 古い地下鉄の臭いがした。

 改札を抜けようとした。

 ピーピーピー

 引っかかった。

 左手でPASMOをかざしたのが原因だった。

 地下鉄に乗った。

 初めて乗る路線だった。

 その地下鉄は私鉄に乗り入れていた。

 初めて乗る私鉄だった。

 地上に出た。

 窓から見えるのは初めて見る景色だった。

 途中の駅で各駅停車に乗り換えた。

 高いところにあるホームだった。

 向こうに、コンクリートの街のなかで、まっすぐの川と曲がった川が合流する様子が見えた。

 何本か川を渡ったところで下車した。

 駅は川のすぐそばにあって、改札を出るとそこは堤防の上だった。

 堤防の上に踏切があった。

 鉄橋の上を電車が渡っていくのが見えた。

 堤防の上から階段を下りてしばらく歩くと太い道に出た。そこを渡って、交番の脇の道に入ったところに年季が入ったアパートがあった。そこの2階に、斎藤律は母親と2人で住んでいた。


 間取りは1K。玄関入ってすぐに洗濯室兼台所兼食堂。その隣に6畳程の部屋があった。どの部屋にも物が沢山あって、例えば、6畳には二段ベッドが置いてあるのだけど洋服がカーテンみたいにかかっていて一段目の様子が見えなかった。二段ベッドの上にも布団の他に鞄やら服やら何やらが乗っていてどうやってここで寝るのだろうといった感じであった。玄関には女物の靴が何足もうずたかく積もっていて、それらをよけて中に入らなければならなかった。食堂のテーブルにも椅子にも物が乗っていた。台所の流しの中の様子は、言わずもがなであった。

 

「久しぶりに、『月島屋』のもんじゃでも食べない?」

 斉藤律の母は、テーブルのものを脇によけてホットプレートを乗せると、そこでお好み焼きのドロドロのようなものを作って食べさせてくれた。お好み焼きのドロドロのようなものはお好み焼きに似た味がした。

 「これから、私、仕事だから。」と言って、斎藤律の母は家を出て行った。

 僕は、スマホを探した。が、その前に、この家の中を片付ける必要があった。

 物が多すぎた。2人しかいないのに、食器が沢山あった。しかも、色も形もまちまちであった。ハンカチとかティッシュペーパーとかお菓子とかあちこちにおいてあった。とりあえず、同じようなものをまとめて、形を揃えて並べてみた。それだけで、空間ができた。

 小さな仏壇があった。そこに写真が飾ってあった。『月島屋』という看板のお店の前に少女と中年女性と老女が並んでいる写真だった。皆、髪を一つにまとめて祭りの格好をしていた。日本髪を結って着物を着て三味線を弾いている若い女性の白黒写真もあった。

 部屋は少し片付いたが、スマホは見つからなかった。充電器やバッテリーもなかった。ルーターもなかった。もちろん、PCもタブレットもなかった。なんと、固定電話も、TVもなかった。

 何が何でも、明日から学校へ行こうと決めた。


 生徒手帳を見ながら、高校へ行く準備をした。


 ・複雑怪奇な組み立て式のセーラー服。

 (夏暑く、冬寒く、洗濯しにくい、非合理的な存在。)

 ・学校指定の靴下とスクールバッグ。

 (靴下とスクールバッグを学校指定にすることに教育上どういう意味があるのだろう?   

  結局業者が儲かるだけじゃないのか?)

 ・髪型は、髪が型につくようだったら2つに分けて結ぶ。

 (ウルトラの母みたい。)

 ・前髪が眉にかかるようだったら結ぶかピンでとめる。

 (眉毛が目立つのでシェーバーとハサミで形を整えた。)

  

 鏡を見た。地味な女子高生ができあがった。


 斎藤律の高校の名前は見たことがある。中学受験の塾のチラシの下の方に小さく載っていた。偏差値50くらいの学校はこういう扱いをうける。僕の中学は上の方に大きな文字で名前が出ていた。偏差値と人数との関係が正規分布を描くとしたら、偏差値50が一番人数が多くて僕らは少数派だ。衆寡敵せず、という言葉がある。皆これに対してどう思っているのだろうか。

 

 学校へ行く準備ができたら眠くなった。

 照明を消して二段ベッドの下の段に入った。

 布団以外にも、ぬいぐるみや、服や、バッグなどがあったので隅に押しやった。

 窓のカーテンの隙間から街灯の光が差し込んで2段ベッドの上の段の裏側を照らした。

 「!?」

 思わず叫びそうになった。

 なんと、そこには、現在アイドルをしている僕の中学校の時の同級生の大きなポスターが貼ってあった。王子様みたいな恰好をして、爽やかな笑顔をふりまいていた。


 僕の夢に、彼が出てきた。

 「僕は、いつも君のことを見守っている。僕は、いつも君の味方だよ。」

 僕は、夢の中で、泣いていた。



4、女子高生になった僕は美少女に恋をした。



 炊飯器がご飯を炊く音で目を覚ました。

 おかずを作って、お弁当を二つ作って、残りを食べた。

 「お弁当が冷蔵庫にあります。」

 台所のテーブルに書置きをした。


 ブラウチックゴミの袋を持って家を出た。

 ごみ置き場にごみ袋を置いて、交番のお巡りさんに挨拶をして、階段を上って堤防の上に出た。

 「都会の川も、川は川だ。」

 川面を四月の風が渡っていくのを感じた。空が広がっていた。少し長めの24本ひだのスカートの裾が風をはらんで揺れていた。僕はスカートの中に短パンを履いておいたが脚がスースーした。

 堤防の上の駅から電車に乗った。

 ガタン、ゴトン。

 電車が鉄橋の上を渡っていった。

 水面が近いせいで音がすぐに跳ね返って来くるのを足の裏で感じた。


 学校の最寄りの駅で下車した。

 歴史はありそうだが春先なのに真冬の寒々しさを感じる駅前だった。

 同じ制服の女子高校生達に混ざって学校へ行った。

 斎藤律の高校は女子校だった。


 学校の事務所に行った。

 斎藤律の母は、学校に何も説明していなかったらしく、僕はいちいち紙に書いて説明しなければならなかった。この日は応接間で過ごした。


 斎藤律の家に帰って冷蔵庫の掃除をした。

 冷凍庫に古い冷凍食品が沢山あったが、食べると変な臭いがした。冷蔵庫の中の干からびた調味料とか、賞味期限切れの食品とか、廃棄した。そうしたら、食べられるものが少ないことがわかった。この家は物が沢山あるのだが本当に必要なものは少なかった。

 

 次の日は、生ごみの日だった。

 それとは関係ないが、学校へ行く前に病院へ行った。

 「普通の高校生活が送れるという診断書をもらってきてください。」

 と学校の先生がいったからだ。

 (普通の学校生活が送れる、ってどういうことか?)と思ったが、言われた通りにしてしまった。

 病院で文書料を支払ったら、斎藤律の財布の中身は素寒貧になってしまった。

 午前中に、学校に着いた。

 保健室で診断書を先生に渡してからホームルームへ行った。増改築を繰り返したためだろう、学校の建物は迷宮のようになっていた。曲がりくねった廊下を抜け、数々の段差を乗り越え、時には突き当りを引き返し、どこからかミノタウロスが出てきそうな気配におびえながら、時間を費やした。黴と錆と埃の臭いがした。

 ホームルームでは英語の授業の最中だった。

 僕は前のドアから入った。先生は授業を中断して僕を見て困った顔をした。

 「あなたは誰ですか?」

 斎藤律のこと、この先生には伝わっていないらしかった。特に私立の学校は時間給講師の割合が多いから、生徒の情報が伝わっていないことはよくあることである。

 「私は斎藤律です。事件の後遺症で話せません。主治医と相談して学校に通うことにしました。今日は初めて教室に来ました。」僕は左手でチョークを使って黒板に書いた。

 先生は学籍簿を確認してから空いている席に座るように指示した。

「!」

 教室内に数多いる女子高生達の中にひときわ輝く美少女が一人いた。そして、何と、その隣があいていたのである。

 他の女の子は目に入らなくなった。

 僕の心臓はバクバクいいだした。

 僕は美少女の隣の席に座った。

 美少女は氷のように冷たい目をして僕のことを無視していた。いかにも退屈でつまらないといった風情だった。僕は美少女に気付かれないように美少女を見た。

 目がきれいだった、瞳の色が最高だった。睫毛が素敵だった。眉毛の形がいかしていた。肌が透き通るようだった。髪の毛がつやつや輝いていた。いい匂いがした。

 あまりにも凝視していたので美少女にばれてしまった。美少女は残酷な笑みを浮かべた。その時の唇の色も形も最高だった。瞳がギラギラと光った。

 僕は真っ赤になってしまった。こめかみの動脈が破裂しそうだった。

 「律、だっけ?」

 声が最高だった。この声で僕の名前を呼ばれてしまったので僕は彼女の下僕になってしまった。

 男子校出身の僕が女子校に来たのだから他にも色々感想がありそうなものだが、下僕になってしまった僕は他のことは考えられなくなってしまった。

 彼女の名前は「深泥碧」と書いて「みどろみどり」といった。

 碧は僕という下僕を手に入れてご機嫌であった。「律!」「律!」と呼んではベタベタ触って来た。そのたびに僕は真っ赤になった。


 意を決して、放課後は図書室に行った。

 図書館司書を兼ねている国語科の教員を見つけ出して、連れ出して、図書室を開けさせて、PCを立ち上げさせて、ようやく、PCを使うことができた。

 まず、ここの学校のサイトにログインして、行事予定の確認などをした。

 次に、修の研究室のサイトを見た。見学の申し込みをしようとしたが、自分はアドレスを持っていなかったことにきがついて、事務所に行って学校からメールを送ってもらった。その前に職員室へ行ったのだが、専任の先生の殆どは塾訪問などで不在だった。


 家に帰ると、翌日の朝食と弁当の下ごしらえをしながら夕食の用意をした。斎藤律の母親の分は、いつかえってくるかわからなかったので、特に用意しなかった。ご飯を多めに炊いておいた。入浴をしながら洗濯をし、その後、洗濯物を片付けた。学校で片付けきれなかった宿題をやって、明日の用意をして、寝た。

 その夜はとても楽しい夢を見た。とても美化された佐藤律君が深泥碧とデートをしている夢だった。目が覚めて、それが夢だと気づいた時、とても悲しかった。


 瓶と缶のごみを持って家を出た。

 土曜日、公立の学校の多くは休みだが、私立の学校は授業があるところが多い。斎藤律の学校もそうだった。

 終礼の後、修の大学に向かった。弁当を持って行ったのだが、深泥碧に見つかって食べられてしまった。そうされても、僕には抵抗するすべがなかった。

 懐かしい鉄道に乗った。

 修の研究室に行った。

 懐かしい修の顔を見た。

 修はよそいきの顔をしていた。

 僕は修にメモを渡した。

 「個人的に話したい。」

 修は変な顔をした。

 僕は自分を指さして一生懸命言った。

 「!!!!!り、り、り、り、りつ!」

 「えっ?」修がいぶかしげな顔をした。

 「律!僕、律です!」僕の口から言葉が出た。

 「もう少し、待ってくれないか?後でゆっくり話を聞かせてもらいたい。」修が言った。



5、女子高生になった僕は愛のために生きることにした


 土曜日、日曜日、斎藤律の母は帰ってこなかった。

 家の中の食料が少なくなってきた。

 なけなしのお金をつかって、交番の近くの八百屋でキャベツを一つ買ってきた。

 体が新鮮な野菜を欲していた。


 月曜日、生ごみの日だったけど、捨てなかった。

 捨てようにも、ゴミ袋が無かったからである。

 堤防の上の駅に行く途中、雨雲が見えた。

 学校へ行ったが、深泥碧は休みであった。

 教室の中の女子高生達を見ていると、男子高校生に比べて体重がありそうだな、と本人たちが聞いたら激怒しそうなことをぼんやり考えていた。

 学校の勉強は楽だった。ありがたい。勉強する心のゆとりがなかったからだ。

 お昼に炭水化物だらけの弁当を食べたら、腹が痛くなった。何か悪いものを食べたせいかもしれないと思い、トイレに行った。

 女子校のトイレだから、小便器は無く、個室の扉だけがずらりと並んでいた。光瀬龍の『千億の昼と百億の夜』に出てくるゼンゼン・シティのコンパ―メントを思い起こさせた。

 個室の一つに入った。

 「!」

 真っ赤な血を見た。

 「●◇△♪$%&?!!!!!」」

 僕は泣きながら教室に戻ると、荷物を持って、職員室に行って、そこら辺にいた先生に「早退します。」と言って出て行こうとした。

 「なんですって?待ちなさい。」といいながら先生は追いかけてきた。

 職員室は机の上にも足元にも物でいっぱいだった。慌てた先生は転んで僕にぶつかった。僕は机と机の間を吹っ飛んだ。両手で荷物を抱えていたので手がつけずコンクリートの壁に顔面から激突した。

 「ゴキッ。」

 左目の瞼がみるみるうちに膨れ上がった。

 僕は泣きながら家へ帰った。

 そして、二段ベッドの下で眠った。


 目が覚めた。

 左目が開かなかった。

 鏡を見た。

 左目の周囲が黒く変色して膨らんでいた。

 『四谷怪談』のお岩さんみたいだった。

 家から出られないと思った。


 風呂に入って、汚れ物を洗濯して干した。


 腹が減ったので、ご飯を炊いてキャベツの千切りを作った。


 玄関のドアの鍵が開く音がした。

 ドアが開いた。

 誰かが入って来た。

 

 僕は無視しながらキャベツの千切りを作っていた。

 「おい、律。無視することねえじゃないか。」

 中年男の声がしていきなり胸を触って来た。

 

 僕は包丁で相手の手をつついた。

 「ぎゃあ。」

 相手がひるんだすきにフライパンで頭を殴った。

 「ゴン。」

 僕は急いで交番へ向かった。


 しばらくしたら、男が交番にやって来た。

 とても怒っているようだった。

 「ここに、女子高生が来なかったか?人様に対して、包丁とフライパンで暴力を振りやがった。おー、いてててて。」

 警察官は、男に対して、書類に記入するように言った。そして、男の話を丁寧に聞いた。

 「あなたが言う女子高生とは、この人のことですか?」

 別室からお岩さんの顔をした僕が出てきた。

 「ぎゃあ。」

 男は、別の場所で、言いたいことをもっと聞いてもらえることになった。


 交番に、僕、佐藤律のお母さんが来た。

 身元引受人になってもらうためだった。

 修に電話して、説得してもらった。

 僕は、修に再開した日から、常に腕に修の電話番号をマジックで書いてバンドエイドで隠していた。

 

 お母さんはタクシーで迎えに来てくれた。

 そして、タクシーで僕を連れて帰ってくれた。


 僕の家は、JRの駅の近くのタワーマンションの上層部にあった。

 タクシーを下りて、エレベーターで懐かしの我が家に帰った。

 

 風呂に入って、佐藤律の服に着替えた。


 「夕食、食べる?」

 とお母さんが言った。

 懐かしいご飯だった。

 父と母は同じ村の出身で、米も味噌も野菜も村から送ってもらっていた。

 僕は、村の美味をしみじみと味わった。

 「こうして見ているとあなたは本当に律なのね。」

 母は不思議そうに言った。


 修が帰って来た。

 「お帰り、律。」と、言った。


 父が帰って来た。

 父はいつも何かを考えているようだった。

 「お世話になっています。」と僕が言った。

 「うむ。」と父は言った。


 懐かしい僕のPCやタブレットやゲーム機は、触らないでおいた。

 僕を殺した犯人が未だつかまっていないからだった。


 僕はここでずっと過ごした。

 そのうち、黒く変色して膨らんでいた左目が、治って来た。

 「律、運動した方がいいわよ。」

 母が言って、子どもの頃通っていた体操教室に通わせてくれた。


 「サイトウさん!」

 同じ体操教室に通う小学生男子が僕のことを呼んだ。

 ゲームの登場人物のサイトウさんに僕が似ているらしい。

 僕は小学生の頃の自分を思い出した。

 少年と僕は仲良しになった。


 真夜中のことである。

 満月が南中していた。

 それを見ながら僕は思った。

 家族のこと、アイドルになった元同級生のこと、美少女のこと、体操教室の小学生のこと・・・。

 「愛している。」

 僕が、彼らを思う気持ちは、絶対である。

 世の中には、理不尽なことがある。

 でも、この気持ちは、変わらない。


 僕は、愛のために生きることにした。



6、女子高生の私は愛のために生きることにした。


 都内某所。

 とあるオフィスビルでのこと。

 「社長に会いたい。」

 フーデッドスウェットシャツの人物が受付で言った。

 後で聞いたところによると、丁度この時間エンジニアと面接する予定があったので、その人かなと、受付係は思って通してしまったのだそうだ。

 その人物は社長室に入るとこう言った。

 「何故、私を殺そうとするのですか?」

 そして、赤ん坊のように泣いた。

 「うえーん!」

 社長は驚いた。

 「お前はいったい何者だ!何でそんなことを言う!」

 社長のそばにいた女の人が言った。

 「あなた、お話を聞かせて頂戴。」


 とある女子校。

 「おい、斎藤律。お前、進路希望票出したか?」

 中年の男性教師が、とある女子高生に声をかけた。

 「出したよ。私、保育園の先生になるの。」

 斎藤梨と呼ばれた女子高生は答えた。左目に薄っすらと黄色いシミが残るが、怪我はだいぶ良くなっていた。

 「今度、私のパパの彼女に弟ができるの。あいつバカだから私がしっかり弟を守らなきゃいけないの。」

 彼女は、しっかりとした顔をしていた。

 「パパの結婚式に私も出席するの。パパの彼女が、『是非、出席して頂戴。』と言ってくれたの。ドレスをレンタルするの。美容院で髪の毛をセットするの、・・・。」

 このあたりになると、普通の女子高生の表情に戻った。


とある駅前のタワーマンションの一室。

 「お母さん、今日の夕食のメニューは何?」

 「茄子の鍋しぎよ。」

 「お父さんの大好物だね。」

 「そういえば、お父さんの今日の予定帰宅時刻、律、聞いてる?」

 「ううん。」

 中年女性とスマホロボットが台所で会話していた。


たねあかしです。


最初に出てきた地下鉄は、都営地下鉄浅草線です。

日本で一番古い地下鉄です。


都営地下鉄浅草線に乗り入れている私鉄は京成電鉄です。


川が見えた駅は、青砥駅をイメージしています。


堤防の上の駅は、かつての荒川駅をイメージしています。

私はこの駅で降りたことが無いのでよくわからないのですが・・・。


斎藤律の高校の最寄り駅は国府台駅をイメージしています。

校舎は、日大鶴ケ丘高校とか都立武早高校とかをイメージしています。


佐藤律のタワマンの最寄り駅は三鷹駅とか武蔵小金井駅とかをイメージしています。

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