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イブと卵

作者: ホチ

 十二月二十四日、聖夜である。僕はコンビニでレジを打っている。

 何が悲しくてイブにこんなことをしているんだろう。先ほどから何組もの幸せそうなカップルがレジに並ぶ。その商品を袋に詰めながら、僕はこれからこのカップルが及ぶであろう行為を嫌でも想像する羽目になった。クソッたれ。

 やっぱり寂しくても家にいればよかった。こんなに惨めな思いをするくらいなら一人でケーキを食べる方がまだマシだ。

 店内の客が捌け、僕が半ばヤケクソ気味でレジ前のおでんをかき回していると、

 「そう荒れるな。おでんに罪はない」

 屈みこんで弁当を整理していたシフトがペアのアキラさんが弁当を見たまま僕に言った。

 アキラさんは僕より年齢が二つ上のバイト場の先輩で、身長180オーバー、冬でも坊主の見た目化け物だ。大学では剣道部に所属しているらしく、体格もガッシリ筋骨隆々、銭湯に行ったときに確信した、本当の化け物だった。初めは僕もその外見にビビり、ろくに話しもできなかったが、教え方は懇切丁寧でいつの間にか僕はすっかりアキラさんに懐いていた。

 「だってしょうがないですよ。さっきの男なんて水風船を二箱も買っていったんですよ。バカなんじゃないですかね」

 「そりゃバカに違いないな」アキラさんは笑った。

 「ですよね。使いきれるわけないのに」

 「もしかしたらそいつは今夜が初めてで、失敗も考えていたのかもしれないな」

 そう言われて僕のやさぐれた心は少し和んだ。急にさっきの男を応援したくなってきた。いつか僕も階段を上る日が来たら不安で二箱買うのだろうか。

 「しかしな」アキラさんはヌッと立ち上がった。一瞬暗くなったと思うほど影がデカイ。「カップルを見ていて腹が立つのは確かだ。独り身にアレは毒でしかない」

 「その通りですよ。生卵でもぶつけてやりたいですよ」

 僕は冗談のつもりだったが、それを聞いたアキラさんは二ッと笑った。

 「それ、やってみるか」

 「え?」

 「幸せな奴らに復讐だよ」

 アキラさんは薄気味悪い笑顔を崩さぬままバックヤードに戻っていった。

 後になって思えば、それは復讐なんてものではなく、ただの寂しい独り身の逆恨みでしかなかった。




 「アキラさん、めちゃくちゃ寒いんですけど」

 「年末だぞ、当たり前だろ」

 クリスマスイブと言わないのはせめてもの意地だろうか。

 「……マジでやるんですか?」

 「ここまで来たんだ。やらないでどうする」

 バイトが終わった夜の十時、僕とアキラさんはこの街で一番大きな公園に来ていた。アキラさんが手にぶら下げるコンビニのレジ袋には、コンビニをあがるときに買い込んだいくつかの武器が入っていた。

 「この寒い中、人けっこういますね。」

 「寒い中ご盛んなこって。――いや、寒いからこそ、か」

 僕らの目の届く範囲だけでも相当数のカップルがいた。ベンチにピタリと詰めて座る二人、手を繋ぎ歩く二人(恋人繋ぎだ!チクショー!!)。

 すごく幸せそうだ。正直うらやましい。嫉妬心が湧き上がる。だけどこの幸せなカップルたちに制裁を加えていいのだろうか。

 「僕、罰が当たりそうな気がしてきました」

 「今日独り身の時点で俺たちには罰が当たっているんだよ。それより隠れるぞ。こんなところで男二人が突っ立て居たら変な誤解されちまう」

 そういえば先ほどからチラチラと見られている。冗談じゃない、僕はこんなゴツイ男じゃなくて、小さくて、かわいらしい女の子女の子してる子が好みなんだ。

 僕らは茂みに入り、中腰になって移動を開始した。

 「卵はメインイベントだよな。まずはコレからいってみるか」アキラさんはレジ袋からコンビニで調達したクラッカーを取り出した。「行くぞ」

 息を殺した僕たちは一組のカップルが座るベンチの後ろに気づかれることなく位置取ることに成功した。

 「やっぱりやめましょう」

 ほとんど口パクといっていいほど声を殺し、僕はアキラさんに訴えた。ベンチの二人は互いに夢中でこちらにまったく気づいていない。

 今ならまだ間に合う。

 僕の口の動きをしっかり確認したはずなのに、アキラさんはクラッカーの紐に手をやり、照準をベンチに向けた。

 

 


 炸裂音はもちろん錯覚だが僕の人生で一番大きな音のように思えた。

 あまりの音の大きさに一瞬頭が真っ白になったが、

 「走れ!」

 アキラさんの叫び声でハッと我に返ると、僕を置いてすでに逃げ出しているアキラさんを慌てて追いかけた。後ろを振り返ると、ベンチの二人はポカンと逃げる僕たちを眺めていた。さぞや混乱しているだろう。イブの夜にこれほど馬鹿なことをしてい奴はそうはいない。その餌食になったのだ。年末ジャンボに当たるより珍しいかもしれない。

 やった。やらかした。この人アホだ。前を走る大きな背中に僕はある意味で尊敬した。

 イブの夜に公園を走る二人の野郎はさぞや痛い奴だっただろう。バカバカしくて僕は走りながら「ふひひ」と変な笑い声をあげてしまっていた。


 全力で走り(逃げ)続け、人気がなくなったところでようやく一息付いた。運動不足体の僕の体は酸素を欲して呼吸が荒く、寒いのに汗も噴き出した。一方のアキラさんはさすが運動部といったところか、平気な顔で笑っていた。

 「さっきの奴らの顔見たか?鳩に豆鉄砲ってきっとああいうのを言うんだろうな」

 「僕は冷や汗ものでしたよ。それになんだか申し訳なくなってきちゃいました」

 「バカ、反省は家に帰ってからしろ。まだやること終わってないんだから」

 「まだするんですか?」

 「お前が提案した卵が残ってるだろ」

 「いや、それはさすがにマズイですよ」

 「けど買っちまったしな。やるしかないだろ」

 アキラさんはレジ袋を掲げて目線に上げた。中にはコンビニで買った生卵六個入りが走ったのに割れずに入っている。

 この人マジだ、どうしよう。止められるの僕だけだし。

 「しようにも無理じゃないですかね?さっきの僕らの行為だいぶ目立ってましたからみんな公園から離れちゃったんじゃないですかね?この公園には痛い奴らがいるって」

 「そのときはそのときだ。とりあえず行ってみようや」いたらするのか。卵なんて言わなきゃよかった。おでんをかき混ぜていたせいだ。あのときの僕の行動を恨む。げんなり。「行くぞ、私についてきたまえ」

 アキラさんのキャラが変わってきてしまっている。自分の行動でテンションがおかしくなっている。

 止めるか。それとも死なば諸共、そもそも提案したのは自分なのだし最後まで付き合うか。頭の中で良心の委員長とかまって欲しいやんちゃ坊主がケンカを繰り広げながら僕はアキラさんの背中を眺めながら歩きだした。



 

 かまってちゃんが勝った。アキラさんの広い背中を眺めているうちに、「この人にだったら自分を任せてもいいかもしれない」とおかしな納得を最終的に下してしまった。

 ここで一つ注意しておきたい。先ほどから僕はアキラさんをアホだと言いつつも信頼を寄せている。が!だからといって僕は決してそっちの方面ではない。それだけは誤解してほしくない。

 戻ってきてしまった。いくつもあるベンチには先のことは何もなかったかのようにカップルで埋め尽くされていた。

 「やっぱ決行だな」

 もはやノリノリなアキラさん。

 「シャレじゃすまなくなりますよ」

 これはもちろん僕だ。

 「お前はもう黙っとけ。何も言わず俺に任せておけばいい」

 ――いけない、不覚にもドキッとした。

 このままじゃいろいろといけない。

 アキラさんは僕を連れ、またも茂みに潜り卵をパックから取り出した。

 「アイツ等だな、いちゃいちゃしすぎだ。見ているだけで目玉が溶けそうだ」

 じゃあ見なきゃいいじゃないですか。とは言えるはずもなく、僕は隣でヒヤヒヤしているしかなかった。

 卵を軽く握りアキラさんは立ち上がる、

 「せーの!」

 卵はきれいな線を描き……



 

 目を疑った。

 アキラさんが投げた生卵は、アキラさんから少し遅れて立ち上がった彼氏さんが割れないよう優しくキャッチしてしまった。

 やばい、どうしよう。逃げないと。そんな言葉が頭の中を百編駆け巡った。指示を仰ごうとアキラさんを見上げると、僕を見てげらげら笑っていた。

 何だ?どうなっている?

 何がなんだかわからず突っ立っていると、今度は向こうのベンチからも笑い声が聞こえてきた。茂みから出て見ると、狙われたカップルも笑い転げていた。

 「え?どういう……」

 「悪い、ドッキリだったんだ。お前を驚かせてやろうと思ってさ。ま、俺からのクリスマスプレゼントだと思ってくれや」

 息を整えながらアキラさんは説明を始めた。ご丁寧にも目尻に涙を浮かべたままで。

 

 卵をキャッチしたカップルはアキラさんの剣道部の友人だという。僕が卵の一件を言ったときにアキラさんはこの計画を思いついたらしい。コンビニのバックヤードに戻ったときに友人と連絡をとり、恋人と公園に来てもらったそうだ。彼女さんもこんなことに付き合わされてさぞ迷惑だったに違いない。

 どおりでアキラさんは自信満々だったわけだ。見ず知らずの人に嬉嬉として生卵をぶつけようなんて、人として大事な部分、おそらく倫理が欠落している。それを頼もしく見えてしまった僕は、ほとほと馬鹿野郎だ。

 「あれ?じゃあクラッカーをかましたカップルも知り合いだったんですか?」

 「あれは違う、俺が本気だってことをお前に見せておきたかっただけ。あの二人には悪いことしちまったなあ」

 やっぱりアキラさんには不足した何かがあるのかもしれない。

 「とにかくこれに懲りて金輪際卵を人様に卵をぶつけようなんて考えないことだな。俺とだったからよかったけど、違う奴とマジでやったら下手したら警察にお世話になっちまうぞ」

 「いや、だから本当にやろうとは思ってなかったですって」

 「人間わからないもんよ?特にこういう日はやさぐれやすいからな。実際俺はアイツと似たようなことやらかした経験あるしな」

 アキラさんはベンチに座る彼氏さんを指さした。彼女さんといちゃいちゃと楽しそうに話し込んでいる。

 「それじゃあアキラさんは警察にお世話になったことあるんですか?」

 「ノーコメント」

 「いいじゃないですか、僕にこんなドッキリかましたんだからそれくらい教えてくださいよ。それを聞いたら僕はますますビビって二度とこんなくだらないこと考えないかもしれませんよ」

 アキラさんはフンと鼻を鳴らした。

 「反省文、原稿用紙五十枚。おまけに坊主」

 こういうとき僕はどう返したらいいのだろう。こんなことしか浮かばない、

 「坊主はよかったですね。もとからですし」

 「馬鹿言え。そのときの髪は長かったし染めてたんだよ。……まぁ、そのときの坊主がやたら評判よくて、以来これなんだけどな」

 自分の頭を撫でるアキラさんを見て、僕は心の中で大納得した。


 


 その日、といっても日付は変わってしまっていたが、アキラさんの家でご馳走になった巨大な蟹玉(もちろんあの卵を使った料理だ)は、焦げてはいたがストレス、疲れ、空腹のスパイスにより絶品だった。

 そしてそれを調理したのがアキラさんの妹で、妹さんと僕がその後どうなっていくのかは、また別のクリスマスの話になる。

読んでくれてありがとうございました!

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