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魔王の初めて

「なるほど。つまり、ぬしは連れの緊張をほぐすために愉快ゆかい冗談じょうだんを口にしたのだな?」

「そうなんすよ……。ただ、TPO(時間・場所・場面)に合ってなかったっぽくて……。そのまま無言で別れましたね。……あぁ、今頃絶対『変態勇者』……いやっ、『変態セクハラ変態』って言われてるよ……」

「『変態勇者』はだしも、『変態セクハラ変態』はもはや何者でもないぞ」



 勇者は自らの遺言を思い出すと同時にも言われぬ羞恥心しゅうちしんに襲われている。


 

 そして魔王は初めて聞く娯楽施設についての詳細を聞き、内容を理解するとともに勇者を不憫に感じていた。自らは考え抜かれた立派な文言とともに散っていったのに対し、勇者はくだらない言葉とともに死んだことになっているのだ。



「まぁそう気を落とすな。どれっ、気分転換にわれが手料理を振舞ってやろう」

「あぁ……あぁ……」



 魔王がそでまくって気合を入れるが、勇者はフラフラと寝室へと向かってしまった。


 

 魔王が、いや魔族が手料理を振舞うというのは並々ならぬ意味がある。


  

 どの種族よりも『力こそ正義』である魔族にとって、体をつくり活力をつける『食事』という概念は大変重要なものとされている。

 そして誰かに料理を作って食べさせるというのはこの上ない、『支え』や『励まし』の意味を含んでいるのだ。



 魔王は不憫な勇者を元気づけたいという一心で手料理を振る舞うことに決めたのだ。



「ユウよ、目覚めよ!」

「んへっ!? て、テバリア様っ!?」


 

 勇者はね起きる。誰かに起こされることが久しぶりだったからだろうか。

 


 ちなみにテバリアとはこの世界を創造したとされている神のことである。ここ、マルグレート大陸に生きる者でその名を知らない者はいない。

 


「違う。魔王だ。マザンジオだ」

「なんだ、マオさんか」



 勇者の目の前いるのはエプロン姿の魔王。なぜか家庭的には見えない。



「なんだとはなんだ。料理、完成したぞ。寝ぼけてないでさっさと降りてこい」



 そう魔王は呼びかけたが、勇者はベッドの上で十分近くグズグズしていた。

 結局勇者は魔王から引きり出されていく。おそらく勇者を引きることができるのはこの世界にただ一人だけであろう。



「おー、見栄みばえはそこはかとなくいいっすね」



 勇者の目の前には肉中心の豪勢な料理が並んでいる。決して「そこはかとなく」レベルの見栄みばえではない。



ぬしが遅いせいでもう冷めてきておる。さっさと食べろ」

「いただきまーす」



 勇者がひとたびブロック状の肉を切れば、ちぢみ切ったバネがはじけたように肉汁にくじゅうが飛び出てくる。

 そんな光景を見ても勇者は特に反応することはない。



「これって……何なんですか?」

「よくぞ聞いてくれた。それは先刻せんこくネメアが捕ってきた食材を鉄板で調理したものだ。名は知らぬが、魔界に“ワイルドディア”という似た動物が生息しているのでな。が城で出されていた料理を参考に見様見真似みようみまねで作ってみた。近くで採集さいしゅうしてきた植物も適度てきどに加えて、香りも楽しめる上々《じょうじょう》の一品になっていると言えよう」



 勇者は二つのことを察する。一つ目はこの肉が“マイルドディア”のものだということ。二つ目は口ぶりと雰囲気からして魔王はきっとこれが初めての料理だということ。

 しかし初めてにしては完成度が高すぎることを勇者は気にも留めなかった。



「……そうっすか」



 そして急に饒舌じょうぜつになった魔王に気圧けおされるがまま、勇者は料理を口に入れた。



「どうだ……?」

「んふぐんふぐんふぐ」



 勇者はじっくりと味わうように口に含んだ肉を咀嚼そしゃくする。 



「おいし……」

「おいし……?」



 魔王は勇者をじっくりと見つめる。魔王の「勇者に褒められたい欲」はいまだ満たされていないのだ。



「くないです。まぁまぁ? いや中の下……及第点のちょっと下? いやちょい上? 百点満点中、四十五点くらいですね。初めてにしてはなかなかなんじゃないですか?」

「……」



 一切褒められていない。いや、どちらかといえばけなされているに近い。

 仮にも、

 《《ちょっと前まで偉大だった魔王が直々《じきじき》に作った料理》》だ。


 それだけではない。

 

 《《料理初心者が食べる人のことをおもって丹精たんせい込めて作った料理》》だ。

 


 どの側面から見てもめられるべき一品である。



「ほう……。よかろう。わかったわかった」



 魔王の右手には力がめられる。その原因に魔王が悪魔であるということは一切関係がない。心優しい人間であろうと怒って当然の出来事だろう。



 ただ魔王の右手にめられた力は、エネルギーにして周囲数キロを吹き飛ばすもの。少々、規格外の怒りである。



「……一応聞いておくが、比較対象はなんだ……? 教えろ」



 勇者は仮にも大陸内でも最大級の富を持った王国に支援を受けていた存在。毎日、豪華な宮廷料理を口にしていたのかもしれない。

 魔王の脳裏のうりにはそんなことがよぎっていた。



「母さんの……料理です。小さいときに毎日食べてた母さんの……」

「……」



 なんとも怒りのやり場に困る答えが返ってくる。魔王はそっと右手の力を抜いた。

 再び訪れようとした災厄は勇者の母によって救われたのであった。



「聞くが、ユウよ。ぬしの家族は今どうしているのだ?」

「オレの家族ですか? もういませんよ。母さんと父さんは死にました。兄弟もいないっす」

「ん、まさかが部下によって……」

「いや普通に寿命じゅみょうやすらかに。割と高齢出産だったっぽいっすね」

「……そうか」



 人族の寿命はこの世界の種族の中でもかなり短い方である。当然魔王もそのことは知っている。



「でもオレが暮らしてたのは小さな村だったんで、村のみんなが家族みたいなものでしたね」

「そうか。会いたいとは思わぬのか?」

「別に……今は思わないっすね。まぁ会いたくなったらちらっと会いに行きますよ」

「ふっ。そうするがよい」



 魔王は優しく微笑む。

 


 そして聞かれたからには勇者も『魔王の家族』については気になるところである。一緒に暮らす中で頻繁ひんぱんに会話をするが、家族の話題は初めてであった。

 

 

 しかし、勇者には今言いたいことが他にあった。



「あ、マオさん、ありがとうございます」

「なにがだ?」

「いや、料理っすよ。お陰様でお腹が満たされました。もちろん心も」

「……む。ま、まぁよい」



 魔王の想いはちゃんと勇者に届いていたらしい。



「まぁおいしくはなかったですけど」

「殺すぞ」



 この日から魔王が料理に熱中し始めたのは言うまでもない。

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