勇者のフォロー
「やっと完成っすね!」
「そうだな。褒めて遣わすぞ、勇者よ」
勇者と魔王は森の中に建った、大きくも小さくもない家の前で笑い合う。
「だから『勇者』って呼ばないでください」
「我は人間の名は覚えられぬのだ。仕方ないであろう。それにお主も『魔王』と呼んでいるではないか」
「いやオレは『まおさん』って呼んでるんすよ。マザンジオ。略して『まお』」
「そうか」
魔王は困った顔をする。
「んならせめて『ゆう』で止めて下さい。別にオレの名前は覚えなくていいんで」
「なるほど。勇者の『ユウ』か。わかったぞ」
二人はベランダにある、くつろぎやすそうなイスに腰を掛ける。
「この数か月大変であったな……」
「そうっすね。魔王の遺言作成、現場づくり、資金繰りと住まい探し、そしてこの家の建築……」
勇者はここ数か月を振り返る。彼の表情は疲れ果てている。
「家づくりとはもっと簡単なものと思っておった。我はどうも苦手らしいな。魔王城建設に関わった部下たちにはもっと褒美をやるべきだったのかもしれないな」
「確かに大変でしたね。まぁ魔法使えば一瞬なんすけど」
「……は?」
魔王の一言と同時にその場が文字通り凍り付く。並の人間ならば意識を保てないだろう。
「どうしました? マオさん」
「今、何と言った?」
「いや、魔法を使えば家なんて一瞬で建てられるって言ったんすよ」
「なぜ……なぜそうしなかった!?」
「だってこういうのって愛着が重要じゃないすか。ちょちょいって建てた家より、苦労して建てた家の方が大事に使うことができますよ」
「……はぁ。まぁよい」
自らの怒りに対して全く動じず、飄々《ひょうひょう》と理由を述べる勇者に対して魔王は言葉を失ってしまった。
「ユウよ、次はどうする?」
魔王は勇者へと尋ねる。最強の魔王から、最強の勇者への質問。
「? 何もしませんよ」
「もう何もしなくていいのか?」
「はい。もう全部終わりました。後は自由です」
「……そうか……そう、なのか……自由……なのか」
「何泣いてるんすか」
「泣いておらぬわ」
魔王の瞳には輝く雫があった。初めて自分の夢を理解してくれる存在と出会い、共に夢を掴み取った。それが魔王にとってどれほど大きなことであったか。
「にしてもお主、変わったな。前は『勇者』の名に恥じぬ姿であったというのに、今の主からは覇気が全く感じられん。髪の色はどうした?」
「覇気なんていらないっすよ。あと金髪も目立つんで無しですね。なんか希望の象徴?にだったらしいですけど」
「そうか。黒髪も合っていると思うぞ」
「あざます」
二人は柔らかな太陽の日差しを浴びながら談笑を続けている。そして、急に勇者は魔王を見つめ始めたと思えば、恐る恐る口を開いた。
「あのというかマオさん、やっぱり女性だったんすね……」
「知らなかったのか?」
「いや知りようがなかったです……。戦ってるときはなんか禍々《まがまが》しい装備つけてたじゃないですか。声も重々《おもおも》しかったし。分かんないす。普通」
「まぁ我が男だろうが、女だろうが、どうでもよかろう」
勇者はそうすね、と口にしながら再び青空を見上げた。
もし、最初からそれを知っていたとすれば、一緒に暮らすことに多少なりとも抵抗があったかもしれないが、今となっては魔王の性別など本当にどうでもいい。だってこの人は……、と頭の中で言おうとしたところで中断する。
「ユウよ。今、我を『ババア』と愚弄したな?」
遅かったらしい。
「いやいや! してないですしてないです! 全く! 確かに二百歳超えてるって聞いた時には『うわぁ』って思いましたけど、今は何とも思ってないですって!」
勇者が魔王に対して敬語を使うようになったのは年齢を聞いてからのことである。
「主が若すぎるのだ……。それに我は悪魔の中ではまだまだ若い方であるからに……」
魔王は勇者との年齢差を気にしているらしい。
「そうっすよ! マオさん若いですって! あんなにお強いんですから!」
若者からのフォローはフォローにならない。むしろ傷つくだけである。
「もうよい! 我はそこらを歩いてくる!」
魔王は旅立ってしまった。もちろん夜には帰ってきたのだが。