第八話 ロンドリッヒ洋服店
「はああああぁぁぁ~~」
ドデカ溜息を吐く。
なにやってるかなぁ、俺。あそこは男らしく引き止める場面だろうに。過去のトラウマが鎖みたいに巻き付いてきて動けなかった。
「……」
なんだろうな、この複雑な感情は。
ラフコーラが殺人鬼の娘だとわかって、トラウマを思い出して嫌な気分になった。
だが同時に、俺と同類の人間が居ると知って――嬉しかった。
俺の気持ちがわかる人間が1人でも居るんだなって、嬉しかったんだ。
アイツは、ラフコーラは、俺が殺人鬼の弟だと知ったらどう思うのだろうか。
「なに考えてるんだ俺は……」
落ち着けブレイヴ、本来の目的を思い出せ。
俺はここになにしに来た? 任務のためだろ。
実際問題、アイツと関わると浮くだろうしな。よく知っている。殺人鬼を家族に抱えるということが、どれだけの注目を集めるかを。任務を優先するのなら、ラフコーラとは関わるべきじゃない。
(それにアイツも今年の新入生なんだから、焦らずともいずれ会えるだろ)
気を取り直し、俺はラフコーラから貰ったポーチを開く。
ポーチの中には財布が1つと折り曲げられたいくつかの紙きれが入っていた。
・財布(金貨20枚 銀貨5枚 銅貨5枚)
・ルーランディア州〈ネプトゥヌス街〉地図
・入学に必要な教材リスト
・明日のタイムスケジュール
財布の中には見知らぬ通貨が入っていた。この州固有のものだろうな。
ふと露店を見ると、料理などが大体銀貨1枚で売っている。果物は1個銅貨1枚、宿は一泊銀貨5枚。いま、銀貨1枚の料理を金貨1枚で買い、銀貨9枚をお釣りにもらっている奴を見た。つまり銀貨10枚=金貨1枚ってわけか。
オッケー、大体の相場は理解した。
入学は明日。だから今日中に教材を買い揃えなきゃな。
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教材リスト
・制服 ロンドリッヒ洋服店
・教科書 グランマ書店
・バッグアニマル シーマルのペットショップ
・リヴルドネックレス シャルロット宝石店
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教材の下に書いてあるのは店の名前だろう。この店に行けば目当ての物が手に入りそうだな。
「はっくしょい!」
水浸しの服を着ていたせいでくしゃみが出てしまった。
……まずは洋服店だな。
「すみません」
頭にバンダナを巻いた男に声を掛ける。
「ロンドリッヒ洋服店ってどこにあるかわかりますか?」
「銀貨1枚」
「は?」
「銀貨1枚で連れて行ってやるよ」
男は小船を指さす。
「タクシーってやつさ」
「なるほど!」
俺は銀貨を払い、船に乗せてもらった。
◆
「はい、ここがロンドリッヒ洋服店だよ」
ロンドリッヒ洋服店に到着。
銀貨1枚を手渡す。
「あと、ついでに教えてほしい場所があるんですけど……」
俺はグランマ書店、シーマルのペットショップ、シャルロット宝石店の場所を聞いた。
「ペットショップは運河を挟んで反対側だ」
「あ、ホントだ」
「書店はペットショップの前の道を暫く行ったとこ。宝石店はその隣だよ」
「ありがとうございます」
船乗りの兄ちゃんは船を漕いで別の客を探しに行く。
船に乗りながら街を見ていたが、治安は悪くなさそうだな。
「失礼しまーす」
洋服店の扉を開けて入る。
ピンクアフロヘアーの店員は俺を見ると、ビジネススマイルを浮かべた。
「いらっしゃいま……ちょっと待ったぁ!」
「うおっ!?」
店員は俺を部屋の外まで押し出し、「リヴルド!」と唱え、本を手元に出す。
「おい、何する気だ!?」
魔法を撃たれると思い身構える。
「そんなビショビショな恰好で入られると困りますよお客様。――乾燥熱風ッ!!」
熱風が飛び出してきた。熱風に触れたビショビショの俺の服は嘘のように乾いていく。感覚としてはドライヤーの風を受けているみたいだな。
「はい、乾燥完了。中へどうぞ」
店員について店の中に入る。
「私の名前はロンドリッヒよ」
「レイヴン=キッドです」
「レイヴンちゃんね。なにをお求めで?」
「キーハート魔法学園の制服です」
「だと思ったわ。採寸するから、そこに直立」
店のど真ん中で背筋を張って立つ。
ロンドリッヒはゴホンと咳払いし、呪文を唱える。
「採寸眼鏡」
ロンドリッヒの本が星形の眼鏡に変化する。
ロンドリッヒは眼鏡で俺を見ると、「身長152cm、体重47㎏。スリーサイズは……」と呟く。
ロンドリッヒは眼鏡を外し、店の奥に10分籠った後、膨れ上がった紙袋を持ってきた。
「はい。指定のワイシャツ(白)三着、ズボン(黒)二着、ブレザー(黒)二着、腰布二着、防寒コート一着、ネクタイ(赤)二本。合計で金貨9枚と銀貨8枚ね」
「腰布……は必要なんすか?」
「あなた、もしかして外部生?」
「はい」
「そうなの、じゃあ知らなくても仕方ないわ。魔法使いはね、武器や道具をベルトに括り付けて管理するの。それらを相手に見せないよう、腰布を付けて隠すのよ」
「でも、あなたやこれまですれ違った人たちはつけてなかったですけど?」
「そういう事情もあって、腰布を巻いていると『武器を隠し持ってますよ』って威嚇になっちゃうのよ。私みたいな商売人はお客様に威圧感を与えないため、腰布をつけてないわ」
なーるほど。だからタクシーの兄ちゃんも付けてなかったのか。
「それにちょっと古い考え方だしねー。今も腰布を付けてるのなんか、キーハート魔法学園の教師と生徒ぐらいよ。ま、入学式にはちゃんとつけていきなさいね。怒られるから」
「はい」
面白いな。魔法使い独自の文化だ。
「あと、すみません。服のサイズが合ってるか確認したいので、試着してもいいですか?」
「はいはい、こちらへどうぞ~」
試着室で制服に着替える。
――サイズは完璧に合っていた。