第七話 殺人鬼の娘
「ずっと……ずっと友達だったのに。どうして、俺を虐める?」
12歳の俺が言うと、親友はこう返した。
「だって、お前の兄貴が放火魔だから」
16歳の時、俺は夜道でナイフを持った男に襲われた。
「どうして、俺を殺そうとする?」
俺が聞くと、男はこう返した。
「お前の兄のせいで……! 私の妻と娘は死んだんだ! 大切な家族を奪われる悲しみを、お前の兄にも味わわせてやる!!」
罪には罰を。当然の話だ。
だけど、兄貴が殺人鬼だからって、どうして俺が罰を受けなくてはならないんだ?
怖かったのは、彼らは皆、悪気がなかったこと。
正義をかざしていたこと。
ふざけるな。
こんな理不尽を――俺は正義だとは認めない。
◆
「ハイネちゃん……」
「ラフコーラ……!」
ラフコーラとツインテ少女――ハイネと呼ばれた少女が向かい合う。
「アンタ! その女と居るとロクなことにならないわよ!」
海から上がった少年2人はハイネの横に並び、ラフコーラを睨んだ。
「その女の父親は何千人と人を殺した殺人鬼なんだから! アンタだって聞いたことぐらいあるでしょ……切り裂き魔マサムネの名前を!」
「マサムネだと……!?」
知っている。
20年ほど前、世界中で活動していた殺人鬼の名前だ。
被害者総数は2340人。
老若男女問わず殺された。殺し方は刀による斬殺オンリー。被害者に共通点は1つだけあり、それは誰も彼もが一定以上の戦闘能力を有していたということ。フェンシング、剣道、ボクシング、ムエタイ、空手、柔道、他にも多数の業界のスペシャリストが襲われた。FBIの人間も何人か被害に遭っていたはずだ。
奴の犯行は12年前にピタリと止まるわけだが、20年前から12年前のこの8年の間、世界中の武術が衰退した。
第五迷宮・切り裂き魔聖十坊正宗。
「ふん! その様子だと知らなかったようね」
「……まぁな」
「わかったら早くそいつから離れなさい! いつ斬り殺されるかわからないわよ!」
ラフコーラの方を見る。ラフコーラの肩は震えていた。
ラフコーラは腰につけていたポーチを取り、俺の手に握らせた。
「……このポーチの中に必要な物は全て入っています」
「おい――」
「ここへあなたを連れて来た時点で、わたしの役目は終わりました。あとは1人で頑張ってください。では」
ラフコーラは俺の言葉を待たず、背を向けて走り去ろうとする。
「待てって!」
俺はラフコーラの手を引っ張って止める。
「……任務の都合上、目立つわけにはいかないはずです。わたしはこの通り、目立つ立場にあります。わたしと一緒に居れば、任務に不都合が出ますよ」
反論しようと口を開こうとした時、ラフコーラはこっちを振り向いた。
「……っ!?」
その涙を溜めた目を、悔しそうな顔を見て、言葉が出なかった。トラウマが頭に過った。
彼女の姿に、12歳の自分の姿が重なった。
脱力した俺の手を、ラフコーラは振り払い、走り去っていった。ラフコーラが走っていく様を見て、ハイネは満足そうに笑った。
「あたしに感謝することね! あと少しで、あんたは殺人鬼の娘と同類に思われたんだから」
ラフコーラの姿はかつての俺を思い出させた。
そして、ハイネの姿は、かつての親友を思い出させる。
「ところであんた、キーハート魔法学園の新入生よね?」
俺が反応していないにもかかわらず、ハイネは話を続ける。
「あたしたちも今年の新入生なの。よかったら一緒に行動しない? その……弟以外でまだ友達がいなくて、あんたさえよければあたしの友達にしてあげてもいいわよ! あんた強いし、それに顔も結構タイプ……」
「うるせぇ」
「え?」
俺は苛立ちからハイネを睨み下ろす。
「テメェは俺が一番嫌いなタイプだ」
ハイネが泣きそうな顔をするが、気にせずラフコーラの行った道を辿る。
だが、ラフコーラの姿は見つからず。知らない街の中、俺は1人になった。