第五話 空港
どうも、ブレイヴです。
今日は魔法使いの里、ルーランディア州に行く日です。
「はやく来なさい! 下僕!」
「待てって! まだこの体に慣れてねぇんだからよ!」
いまは魔法使い専用の空港に向かって街道を歩いている。
手にはアタッシュケースを持っている。
体は軽く、周囲の建物はいつもより高く見える。
身長150cm、体重45kg。それが今の俺の体だ。
なぜ俺がこんな体になっているか、それを説明するには今日の朝まで遡る。
◆
朝、俺が目を覚ますと、
「おはようございます。下僕」
ソファーで眠る俺に、馬乗りになって手にハンマーを持つ少女が1人。プリティーなお尻がおへその上に乗っている。
「……なにしてんの?」
「叩き起こそうと思いまして」
「方法が野蛮すぎる!!」
ラフコーラを振り落としながら体を起こし、距離をとって身構える。
「冗談ですよ。このハンマーはわたしの天賦魔術、逆帰りの小槌です。物理的なダメージは与えられません」
「なに?」
ハンマーはピンク色で、装飾もファンシーだ。市販されている物とは思えない。
「これで頭を叩くと肉体年齢を下げられるのです」
「それがボスの言ってた若返りの魔法か。なんで俺が寝ている間にやろうとした?」
「物理的なダメージはないんですけど、痛みはあるのです、本当にハンマーで殴られたような痛みが。寝ている間にやった方があなたのためかなと」
頭をハンマーで殴られる痛み? それってめちゃくちゃ痛いのではありませんこと?
「ま、麻酔とかないんですかね……?」
「ますい? 聞いたことないですね」
「じゃ、じゃあ俺が用意するからそれまで待っててくれるか?」
「もう! めんどくさいのでさっさと済ませますよ! 痛みは一瞬です!」
「一瞬でも怖いモンは怖いんだよ!」
「仕方ないですね……リヴルド!」
ハンマーが本に変化した。魔法を使うための本だ。
「おい……まさか」
「気絶してれば痛くないでしょう?」
「雷撃は雷撃で痛いだろうが!」
「つべこべ言わない! ――雷錬成ッ!!」
「おわあああああああああっ!!?」
雷撃を受け気を失い、目が覚めた時には子供の体になっていた。
◆
歩幅は小さい。目線は低い。筋肉もまだ未熟だ。
子供の体はこんなにも不便なものだったのか。ただ胃痛も腰痛もなくなっている部分は感謝する。
「到着しました。空港です」
「ここが?」
ラフコーラに案内された場所は洋館だ。それもお化けでもでそうなボロボロ具合である。
「いらっしゃい、まーせ!」
クルクルとワルツを踊りながら、洋館から人影が飛び出した。
丸眼鏡を掛けた男だ。口髭と顎鬚を生やしていて、細身だ。高そうなスーツを着ている。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん。ご予約はとられてまーすか?」
独特なテンポで話すやつだな……。
「はい。8時半の便に予約しているラフコーラです!」
「2名様でご予約ですーね。いま、ご案内しまーす!」
話し方は変だけど、物腰は柔らかいな。
おっさんについて中に入る。洋館の一階には多くのガラスケースが並べてあった。
ガラスケースの中には、色んな種類の紙飛行機が入っている。
「ほう……今日の飛行機は完成度の高い物が多いですね」
「ありがたき、おことーばです」
紙飛行機の良し悪しなんてさっぱりわからん。全部同じに見える。
「おいラフコーラ。俺達はルーランディア州とやらに行くんじゃないのか?」
「そうですよ」
「そうですよって……こんな紙飛行機見てる場合じゃないだろ!」
「なにを言っているのですか! この紙飛行機に乗ってルーランディアに行くのです! しっかり見て選ばないでどうするのですか!」
「はぁ? 紙飛行機に乗っていく? なに言ってんだお前」
ラフコーラは「黙っていなさい! 下僕!」と強めの声で言ってきた。
はいはい、もう知りません。僕は黙ってます。
いじけること10分。
ようやくラフコーラは紙飛行機を選んだ。
「それでは滑走路でお待ちくださーい」
俺とラフコーラは洋館の庭に案内される。庭はとくになにも置いていない。だけどかなり広い。公園ぐらいは広い。しかも――
「なんか、すげぇ風の音が聞こえないか?」
「目には見えませんが、この庭には竜巻が設置されています」
「竜巻って設置するモンだっけ?」
庭に落ちた桜の葉が、風に巻かれていく。
桜の葉は風に巻かれるとその姿を消した。
「竜巻の中に入った物体も全て、外部からは見えなくなります」
「これも魔法か……」
「上を見てください。雲がありますよね?」
「あるな」
「あの雲はステーションクラウド。あのステーションクラウドに入るとルーランディア州の真上のステーションクラウドに移動します」
雲から雲へワープするのか。
凄いことなのに、段々魔法に慣れて驚きが少なくなっている俺であった。
「どうやってあの雲まで行くんだよ?」
「紙飛行機に乗っていきます」
「飛行機じゃなくて?」
「紙飛行機です!」
紙飛行機はどれも踏みつぶせるぐらいの大きさだった。乗れるわけがない。
ツッコミを入れようと思ったら、さっきの髭男爵が「お待たせしましーた」と庭に出てきた。
髭男爵は手に紙飛行機を持っている。先ほどラフコーラが選んだ紙飛行機だ。
「それでは準備はよろしいですーか?」
「準備?」
「下僕! 荷物を持ってください! 乗り遅れますよ!」
ちょっと言ってる意味がわからないのですが。
「では、離陸しまーす!」
そう言って、髭男爵は不可視竜巻に向かって紙飛行機を飛ばした。紙飛行機が手から離れた瞬間――紙飛行機が巨大化した。トラックと同じぐらいの大きさだ!
「飛び乗ります!」
「ちょ、マジかよ!」
俺はアタッシュケースを持って空飛ぶ紙飛行機の羽に掴まる。ラフコーラは俺と反対側の羽にしがみついた。
「うおぉ!?」
なんとか紙飛行機の上に乗ってしがみついた。すると状態が安定した。
同時に、紙飛行機は竜巻に突入する。
ブォン! と紙飛行機は急上昇を始めた。竜巻に乗ったのだろう。真上に向かって飛び上がり、ステーションクラウドまで一直線だ。風の音で耳がふさがっているため、なにも聞こえない。そして雲に入ったから視界も真っ白だ。
うるさい風の音。
視界を支配する雲。
そのどちらも晴れた時――俺は島を見た。
「見えました! アレが――」
「ルーランディア州か!!」