第四話 ピザとコーラ
気絶から目を覚ました俺は仕事用のスマホを手に、ボスに電話をかけた。ボスはワンコールで出てくれた。
『リーラだ』
リーラとはボスの名前だ。
「ブレイヴです。あの、任務について色々と聞きたいことがあるんですけど」
『会議室で言ったことが全てだ。お前は魔法で若返り、魔法学園に今年の新入生として潜入する。お前のバッグにはすでにキーハート魔法学園の学生証を入れておいた』
「え?」
俺はバッグをひっくり返し、中身を全部出した。すると見慣れない学生証があるではありませんこと。
学生証の表には俺が12程度の頃の写真と、“レイヴン=キッド”という名前が入っていた。
「レイヴン=キッド……?」
『魔法使いとしてのお前の名前だ』
「写真は……」
『12歳の時のお前の写真だ』
12歳……よりにもよって12歳か。
『なぜ教師としてではなく、わざわざ魔法を使ってまでお前を学生として送り込むか。理由はわかるな?』
「俺に魔法は教えられませんからね」
『そういうことだ。いいかブレイヴ、よく聞け。お前……というか、家系に魔法使いがいない者が魔法に関わることは本来禁忌だそうだ。協力者であるラフコーラとキーハート魔法学園学園長シャドーマン以外には素性を晒してはならない』
「どうして学園長は禁忌を犯してまで俺の潜入を許してくれたんですか?」
『どうも学園長殿は吸血魔の捜査に難儀していたらしい。それで我々に捜査資料の提供を求めてきたんだ。上層部は捜査資料を渡す代わりに、捜査官を1人学園へ潜入させてくれと頼んだ』
「その捜査官が俺ですか。上層部の目的はなんですか?」
『もちろん、迷宮を解決することだ。迷宮はFBI永遠の汚点、迷宮を解決することはFBIの悲願だ。それも、あくまで自分達の手でな』
面倒なプライドだな。付き合わされる身にもなってほしいものだ。
「潜入期間は?」
『吸血魔アルヴィスを逮捕するまでだ』
――――――
潜入期間:第三迷宮解決まで
設定年齢:12歳
偽名:レイヴン=キッド
目的:第三迷宮の解決
協力者:2人
――――――
無理無理。
俺の手に負える任務じゃないっすよ。
「やっぱり、俺が潜入するのはどうかと思いますよ」
なんとか理由をつけて、この任務から外してもらおう。
「兄貴のせいで俺の顔は世界中に知られている。12歳の時の俺なんてモロメディアに晒されていた時期だ。大体、なんで俺が今回の件で指名されたんですか?」
『シャドーマン学園長がお前を指名したらしい』
「……なんでぇ?」
『私も知らん。それにブレイヴ、お前はお前が思っているほど有名人ではない。当時のお前はまだ未成年だったからな、実名も素顔も保護されていた』
「そうですかね……タチの悪い奴らは俺の素顔をばら撒いてましたよ」
そのせいで、俺は……。
『そんなもの数えるぐらいしかなかったはずだ。気にすることはない』
どうしても俺に行かせたいみたいだな。
まぁあっちの指名を無下にもできんか。
『後のことはラフコーラに聞いてくれ』
「最後に1ついいですか?」
『なんだ?』
「どうして、あんなガキが協力者なんですか?」
『若返りの魔法、とやらがラフコーラにしか使えないらしい』
なるほど。そういう事情があるのか。
『あと彼女もお前と同じ今年の新入生だそうだ。同じ新入生に協力者を置きたかった、という理由もあるのかもしれない』
「曖昧な言い方ですね」
『私も深い事情までは知らせてないんだ』
しかし――やる気が出ないな。
潜入なんてただでさえ面倒なのに、その潜入先が魔法学園とか。やってられん。
「はぁ……」
『やる気が出ないか?』
「そりゃそうでしょう」
『そうか。ならやる気が出る情報をくれてやる』
ボスは一呼吸置き、
『いいかブレイヴ……魔法使いにはな』
「はい」
『美人が多い』
「……ボス。必ずやこの任務完遂してみせます。後はお任せください」
通話が切れる。
さすがだボス。俺のツボを心得ている。
魔法使いには美人が多いかぁ……そうだよなぁ、魔法の力を美容とかに活かせたら必然的に美人は増えるよな。ラフコーラもまだガキとはいえ、綺麗な体をしていたしな。あれがあのまま成長したと考えれば……いいね。
「なにを鼻の下を伸ばしているのですか? 気持ち悪いですよ」
風呂上がりのラフコーラが髪を拭きながらやってきた。
「下僕。わたしはお腹が空きました。ご飯を用意なさい」
「ああ、もう昼飯の時間か」
作るのは面倒だし、出前で済ますか。
ラフコーラに出前のチラシを7枚渡す。
「その中から好きなモン選べ」
「み、見たことのない料理ばかりです……!」
ラフコーラはチラシを交互に見ながら考え込む。ケーキ屋でケーキを選んでいる時の子供みたいだ。
「このピッザという料理を所望します!」
「はいはい」
ピザ屋に注文して30分ほどでピザは届いた。
リビングの食卓で待つラフコーラにピザを持って行くと、
「フォークとスプーンは?」
「ないよ。手で持って食べるんだ」
ラフコーラは上品な手つきでピザを手に取り、「はむ」と一口食べる。
「む!」
一口食べてからは小学生男子のようにがっつき出した。
口元にチーズを付け、ラフコーラは称賛を口にする。
「これがピッザ! なんと美味な食べ物なのでしょう!」
お気に召したようでなによりだ。
「これはなんですか?」
ラフコーラが指さしたのはドリンクに買った瓶コーラだ。
「なんだお前、ラフコーラって名前なのにコーラを知らないのか?」
「知りません」
「俺が飲むために買ったモンだが、まぁいいか」
瓶の蓋を開け、シュワ―ッと泡を垂らす瓶コーラをラフコーラに渡す。
「ほれ、飲んでみろ」
「い、いただきます」
ラフコーラはコーラを1口飲む。
「これは……!」
コーラもラフコーラの舌に合ったらしく、ぐびぐびと飲み進める。
でも大丈夫か? そんなに勢いよく飲むと――
「うっ!」
ラフコーラは口を塞ぐ。
ラフコーラの頬が膨らんでいく。必死に我慢しているようだが、無駄な努力だろう。
「げっふ!!」
可憐な少女から下品な音が漏れる。
ラフコーラは口を押さえながら、うるうるとした目で俺を見てくる。
危険察知! 逃走せよブレイヴ。
「じゃ、じゃあ俺は部屋に戻るから、お好きにどうぞ」
俺はピザを数キレ皿にとって自分の部屋に退散する。また雷撃を浴びせられたらたまったもんじゃないからな。
「……はぁ。明日から魔法使いの州に行くのか」
美人が多いとはいえ、面倒くさい気持ちは抑えきれない。
しかし、魔法使いが存在するのなら……。
「兄貴……」
俺は部屋に飾ってある家族写真を見る。俺と兄貴が肩を組み合って笑い、その後ろで両親が笑っている写真だ。
“七つの迷宮”の犯人たちは魔法使いと呼ばれることがある。もしも、本当に奴らが魔法使いならば、
兄貴も――
「やめよう」
兄貴のことで、悩む人生はもう終わりにしただろうが。
俺は写真立てを倒し、ピザを食べ始めた。