第三話 下僕
「起きなさい、下僕」
そんな酷い言葉で俺は起こされた。
瞼をあけると見慣れた天井が見えた。
「俺の部屋……?」
気絶している間にマンションに運ばれたのか。
横を見ると、ベッドの側にラフコーラが立っていた。
「ルーランディア州へは明日旅立ちます。なので、今日はあなたの部屋に泊めさせてもらいます」
「ルーランディア? そんな州ないだろ」
「あなたが知らないだけであります。魔法使いのみが住む州です!」
ラフコーラは見慣れないアタッシュケースに近寄る。
「わたしはこれからシャワーを浴びます。覗いたら殺しますから!」
ラフコーラはアタッシュケースを開き、洋服などを引っ張り出した。
「誰がお前みたいなガキ覗くかよ」
「……リヴルド!」
ラフコーラは本を出した。
魔法を使う時、彼女は本のページを開いて呪文を唱えていた。あの本は魔法を使う上で欠かせないものだろう。魔法が弾丸なら本は銃の役割をしていると予測する。
つまり! いまやつは銃口をこちらに向けているのと同義なのだ!
「すみません。言葉に気を付けます……」
「わかればよろしい」
ラフコーラは部屋を出てシャワー室へ向かった。
「なんて生意気なガキだ……」
あんなかわいらしい見た目だから、これまでチヤホヤされて生きてきたんだろうな。躾がなってないぜ。
(そうか……俺、アイツに負けたからアイツの下僕になったのか)
負けたら下僕になる。負けたら魔法の存在を信じる。
その条件で勝負を受けちまったからなぁ……。
「むぎゃあああああああっっ!!」
「うおっ!?」
叫び声が聞こえた。シャワー室の方だ。
ラフコーラの声だが、ラフコーラらしからぬ叫びようだった。
「どうした!」
慌てて更衣室に入ると、ネックレスだけ首から下げた裸のラフコーラが抱き着いてきた。
「へ、蛇! 蛇がいました!!」
ぬいぐるみのように柔らかい体が絡みついてくる。
「蛇? そんなアホな……」
ラフコーラは俺の背広を掴んで後ろに隠れる。
俺はシャワー室に入り、中を見渡す。蛇なんて影もない。
「いないじゃねぇか」
「いますよ! ほらそこ!」
ラフコーラの指さす方にはシャワーがあった。
「お前……まさかシャワーのこと蛇だと思ってんのか?」
「え? アレが、シャワー?」
シャワーから水を出して見せると、ラフコーラは顔を赤くした。
「わ、わたしたちが使ってるシャワーとは随分違うのですね……」
「お前らが使ってるシャワーを見てみたいもんだ――あ」
俺は視線を下ろした。下ろしてしまった。相手と目を合わせて話そうとした結果だ。
ラフコーラの成長途中の裸体が目に映る。服の下も雪のように綺麗な白肌だ。ムダ毛なんて1本もない。服の上からじゃわからなかったが、こう見ると少し痩せ気味だな。
「あぅ……あぁ……!」
ラフコーラもようやく自分がどんな格好で俺に抱き着いていたか理解したようだ。恥じらいから泣きそうな顔をしたと思ったら、怒りで顔を歪めていく。
「リヴルド!」
「待て待て待てッ!」
「雷錬成ッ!!」
「ぬわあああああああっ!!?」
全身が痺れ、意識が暗く沈む。本日二度目の気絶である。