最終話
破壊された槍は護法魔導書に戻る。
俺はすぐに護法魔導書を手元から消した。出していても無駄だと判断したからだ。
(こいつ、いまたしかに……)
ネフィスト=オストリッチ。
間違いなく、兄貴の名前だ。
こいつ……兄貴と面識があるのか?
「雷錬成ッ!」
ラフコーラの叫び声で我に返る。
ラフコーラが放った雷撃は、アルヴィスの手元の護法魔導書に伸びていく。
「なるほどねぇ」
アルヴィスは簡単に雷撃を躱す。
「本体に雷撃が効かないから護法魔導書を狙う、か。僕が先生なら、君に花丸をあげてるよ。さすがマサムネの娘だ、良いセンスをしている」
アルヴィスは護法魔導書を手元から消した。
「君たちなら肉体強化だけで十ぶ――」
俺は飛び蹴りをアルヴィスの顔面にくらわせる。
「……話してる途中だよ?」
「やっぱ無傷か。無理無理、俺達が敵う相手じゃない」
地面に着地し、ラフコーラに指示を飛ばす。
「ラフコーラ! 助けを呼んできてくれ。俺が時間を稼ぐ」
「ですが……」
「いいから行け! 2人固まってても意味はない!」
ラフコーラは頷き、場を離れた。
アルヴィスはラフコーラを追わない。
「追わなくていいのか?」
「うん。彼女より、君に興味が湧いてきた」
アルヴィスは足を引き、拳を握り、構えを取る。
構えを見ればわかる。この男は武術にも長けていると……!
「ふっ!」
アルヴィスは小さく息を吐き、拳を突き出す。
俺は横に移動して躱す。
続いて回し蹴りが顔面目掛けて飛んでくる。それも俺は足を曲げて回避する。
地面から砂をすくい、アルヴィスの顔に投げる。アルヴィスは容易く砂を躱して、俺の背後に回った。
(速すぎるっての!)
すぐに振り向くが、もう拳が目の前まできていた。
咄嗟に右腕でガードする。ボキッ! と綺麗に骨が折れる音が鳴った。
(ハイ腕逝った!)
すぐさま後ろへ退く。
「君のその目……すごくいいね。僕の拳を完璧に見切っている、その目に体が追い付いたら、君に攻撃を与えるのは困難になりそうだ。それに腕を折られても悲鳴1つあげない精神力……どこか熟練さを感じる姿勢。なぜだろうね」
アルヴィスの声が、急に近くなった。
耳元で、アルヴィスの声が響く。
「君からは、僕と同じ匂いがする。君……本当に子供?」
すぐ目の前に、アルヴィスはいた。
気づいたら、腹に張り手をくらい、7メートルほど吹っ飛ばされていた。
(息が……!?)
体の中の物、全部吐き出した気分だ。
呼吸が、整わない……!!
(強すぎるこいつ……! 機転とかでどうにかなるレベルじゃねぇ!!)
「迷うなぁ。ここで殺しておいた方が良さそうな気もするし、でも生かした方が後々僕のためになる気もする」
(どうにかして、時間を稼ごう)
体は動かない。動くのは口だけ。
ならば、
「なぁ、ずっと気になってたんだけどよ」
「なんだい?」
「お前ら殺人鬼は人を殺すことをなんとも思わないか? 罪悪感とかないのかよ?」
このアルヴィスという男、けっこうおしゃべりだ。
なんとか会話で時間を稼ぐ。もうできることはそれしかねぇ。
「罪悪感か。0ではないよ。昔は罪悪感が怖くて、歪な欲求を抑え込んでいた」
――のってきた!
「いつ道を踏み外した?」
「サラリーマン2年目さ」
「そのままサラリーマンを続けていた方が、幸せだったんじゃないか? なんだって、殺人鬼なんていう鬼の道を選んだ?」
少しだけ、本音混じりの質問だ。
「君はさ、人生の勝ち組ってどういう人間を言うと思う?」
勝ち組? そりゃ……、
「いっぱいお金を稼いだ人? 多くの人に尊敬された人? いっぱいセックスした人? それとも夢を叶えた人? 僕はね、全部正解だと思うんだ」
「……どういう意味だ?」
「人生の勝者とは、『多くの欲求を満たした人』さ。欲望を抑え、上司にペコペコして地位を築き、結婚して子供を作って平凡に生きた自分と、こうして欲求のまま女の子を殺し、血を吸って生きている自分。勝ち組なのは後者さ」
アルヴィスは無邪気な顔をする。
「うん。そういう意味だと『道を踏み外した』って言い方は違うね。逆さ。あの日、はじめて女の子を殺した日に、僕はようやく、『道を歩き出したんだ』。『人生』という名の道をね」
上っ面で話を合わせるつもりだった。
でも、無理だこれは。
こんな自分勝手なセリフを、ぶちぎれずに聞くことはできなかった。
「今の台詞でわかった。テメェは罪悪感なんて一切抱いてねぇよ。
――クズが。とっととくたばれ」
「酷いこと言うね」
アルヴィスの歩みが、再開する。
瞬間、風を切る音が聞こえた。
「そらっ!!」
槍を持った少年が、木の影から飛び出てアルヴィスの額を刺した。
「うげ、無傷かよ!?」
俺の前に、3人の子供が現れる。
「お前らは!?」
槍使い、斧使い、剣使い。
ランスのチームだ。
「とびっきりに強そうなやつだな。燃えてきたぜ」
「ランス! お前……」
「お助けに来たぜ。レイヴン」
助けに来てくれたのはありがたいが、生徒レベルが来てもどうにもならねぇ!
「馬鹿! お前らじゃそいつには勝てねぇ! 俺を見捨てて早く逃げろ!!」
「そうはいかねぇよ。お前とはエロ本を取り返す約束をしているからな。……ハイネがいま、教員を呼びに行っている。先生方ご到着まで、なんとか耐えるぞ!」
遅れて、ラフコーラが現れる。
「助けを、呼んできました!」
(馬鹿野郎……! こいつら呼んだところで死体が増えるだけだろうがよ!!)
やれやれ、とアルヴィスは溜息をつく。
「君達が、僕の足止めできると思ってるの?」
「ああ、できると思ってるぜ」
「リヴルド」
アルヴィスは護法魔導書を出し、ページをめくる。
(やべぇ、なにかデカいのがくる!)
護法魔導書が光り輝く。
「レイヴン君とラフコーラちゃんを残して、まとめて消えるといいよ。轟覇――」
アルヴィスが魔法名を口にしようとした、
――その時だった。
「炎錬成ッ!!」
どこからか聞こえたテオの言葉と共に、
アルヴィスの護法魔導書が――燃えた。




