第三十二話 同じ火傷を持つ者
――3分前。
脚力を強化し、俺は樹海の中を走って跳ね橋を目指していた。
(霧が濃くなってきたな……!)
鼻に、またあの匂いがきた。
死体の匂い……。
「勘弁してくれ……!」
また茂みに死体があった。さっき見た死体と同じ格好をしている。
(こいつも監視員か)
ゴォン!!!
「うおっ!?」
雷が落ちた音。跳ね橋の方だ。
「なんだ……? 落雷……じゃないよな」
音からしてかなり近い。けど、雷光は見えなかった。
霧があるとはいえ、落雷ならば雷光が見えるはず。
「着いた!」
跳ね橋に着いた……が、どうしたものか。飛び降りるのは危険すぎる。
悩んでいると、また大きな音が鳴った。なにかが、崩れる音だ。
「脚力強化!」
強化をかけ直し、音の方へ向かう。
(大体のとこまで来たけど……)
霧のせいで視界が悪い。
異常な空気は感じるが、その発生源がわからん。
「くそっ!」
どこだ? さっきの音の場所は――
「うわあああああああああああああああああああああああああんっっっ!!!」
泣き叫ぶ声が聞こえた。
その声は、俺の知っている少女のものだった。
「ラフコーラ!?」
ラフコーラが、こんな声をあげるなんて……。
とにかく、声のおかげで場所はわかった。
俺は泣き声が聞こえた場所へ向かって、走る。霧が段々と薄くなる。
「たすけてええええええええええええええええええぇぇぇぇぇっっーーーーーーー!!!!」
再びただならぬ声。
声の場所に辿り着く。
「――ッ!?」
2つの人影を発見。
1人の少年が拳をあげて、ラフコーラを殴ろうとしていた。
「白鉄槍……!」
護法魔導書を槍へ変化させ、2人の間に割って入る。
少年の拳を、槍の柄で受け止めた。
「げぼ――く……?」
「ご無事ですか? お嬢様」
◆
間に合った。
なんとか華麗に彼女の窮地を救えたようだ、しかし――
(おっっっもい!!! なんだよコイツの拳は!? 腕が伸びきる前に止めたのに、この威力はなんだコラ!!)
腕が死ぬ!? 余裕な感じで登場したけど、ギブアップ!
つーかコイツ、ラフコーラと同じチームのピースクリフだよな!? なんでコイツがラフコーラを襲ってる? なんでコイツがこんなにも強い!?
「おやおや、小さな騎士様の登場かな」
「一度会ってるけどお忘れですかね……!」
「どこかで会ったっけ? 男には興味ないからさ、顔よく見ないんだよね~。でも君の声に覚えはある。そうか……3日前に僕らに接触してきた子か」
拳がいっそう、重くなる。
「ぬううううううううっっ!」
「君……その火傷の跡……」
ピースクリフは俺の首元を見て、なぜか力を緩めた。
俺はその隙に、槍で拳を逸らし、ラフコーラを左腕に抱えて走り出した。
「下僕! どうしてここに!?」
「いまそこ重要かね!? アイツ、お前のチームメイトだろ!? なんで襲われてる!?」
「あ、あの人はピースクリフじゃありません」
「あぁ!?」
ラフコーラは真剣な顔つきで、
「あの人は――吸血魔アルヴィスです!」
「なんだと!?」
嘘言ってるようには見えないし、嘘を言う状況でもない。
本当にあの子供がアルヴィス……なのか?
「君、彼女は僕の餌だよ」
すぐ右に、奴は来た。
(速いっ!?)
左の裏拳が飛んできた。
ラフコーラを抱えながら、膝を折り、拳を躱す。
「ほう! 今のを躱すんだ」
俺は思い切り地面を蹴り、奴から距離を取る。
ラフコーラを降ろし、槍を構える。
「ラフコーラ、動けるか?」
「は、はい!」
ラフコーラは涙と鼻水を袖で拭う。
「おい。お前、本当にあの吸血魔アルヴィスなのか?」
「そうだよ。と言っても、証拠なんてないけどね」
アルヴィスがこんな若いはずがない……と言いたいところだが、
(若返りの魔法)
俺自身が若返りの魔法を受けちまってるから、その可能性は否定できん。
(いや……雰囲気でわかる。こいつはド級の殺人鬼だ)
意味もなく人を殺す奴、人間を家畜のように扱う奴、家族・恋人を解体して売りさばいた奴。色んな悪党を見てきた。だけど、こいつは別格だ。
そこに存在するだけで気持ちが悪い。底なしの悪意を感じる。
怖いのは、前にこいつを見た時に、一切そんなオーラを感じなかったことだ。完璧に自分の素顔を隠してやがった。
連続殺人鬼の共通点の1つ。こいつらは、一般人のフリがうまい。
「ラフコーラ。アイツが強化魔法を使ったのはいつだ?」
「わかりませんが、5分以上は前かと思います」
こいつの全身強化の効果量は遥か高みだ。この数秒のやり取りで、もう実力の差はハッキリとわかった。俺じゃ、強化状態のこいつに勝てない。
ランスと戦った時みたいに、強化が切れた瞬間を狙うしかない。
「もしかして、僕の強化魔法が解けた瞬間を狙おうとしてる?」
アルヴィスは「無駄だよ」と、忠告してくる。
「僕は強化魔法に関しては自信があってね。一度強化をかければ10時間は効果が解けない」
「10時間……!?」
ありえねぇ!!
「嘘だと思いたいならそうすればいい。ちなみに僕が全身強化をかけたのは11分前だ。あと9時間49分、頑張って耐えるといいよ」
アルヴィスは、なんの構えもせず、隙だらけの歩き方で近寄ってくる。
俺は槍を、アルヴィスの右眼に向かって伸ばす――
ガキン! と、まるで金属同士が当たったかのような音が鳴った。
「……っ!?」
言葉を失った。
俺の槍は、アルヴィスの眼球の角膜に……受け止められた。
「不思議だな……君を見ていると、あの忌々しい男を思い出す」
アルヴィスはシャツのボタンを外し、胸元を晒す。
アルヴィスの胸元には……俺の首にある火傷跡と、まったく同じ火傷跡があった。
「その傷は……!?」
アルヴィスは右手で槍を掴む。
「ネフィスト=オストリッチを……!」
そう言ってアルヴィスは槍を握りつぶした。




